大事なお役目
 初めて搭乗したメルカバは、小型ながらも高性能な艇だった。
 なにしろ各国に影響力を及ぼしている七曜教会擁する聖杯騎士団を束ねる、最高位の守護騎士ドミニオン専用艇である。各々の騎士の好みや都合に合わせて多少のカスタマイズはなされているものの、基本的な性能に差はない。
 乗り心地は至極快適だ。かなりの速度で飛んでも揺れは少なく、音も静か。もしかしたら、必要に迫られればエンジン音を大きくするなどという一見無駄なことまでやってのけられるのかもしれない。ありとあらゆる状況を想定して対応できるようにされているはずだから。
 メルカバは全部で十二隻ある。歴史を通じて常に十二人現れるという守護騎士の位階に合わせてそれぞれ壱号機、弐号機と番号が振られていて、今乗っている艇は伍号機。自分の後ろに立っている青年が守護騎士第五位に数えられるケビン・グラハムその人なので、まあそれは当然ではあるのだが。
 そして守護騎士にはその仕事をサポートする従騎士がつく。ケビンの従騎士は規定より少なくたった二人。その二人は直前の任務で捕えた犯罪者を護送していたため、影の国に引きずり込まれることはなかった。よほど心配していたのだろう、通信で連絡を取ったらありえないほどの速度でリベールまで取って返してきた。生真面目そうな青年二人が男泣き一歩手前、というのはそうそうお目にかかれる光景ではない。自分――リースが、しばらく先輩に対する自己紹介も忘れてまじまじと観察してしまったくらいだ。
 心配されていた当のケビンはといえばあっけらかんとしたもので、いや一応思うところはあったのか素直に心配をかけたことを謝ってはいたけれど。これにこりたら単独行動は控えてくださいとの言葉には、それは面倒だから嫌だとぼやいた。
 とにもかくにも街から離れた場所でメルカバを着陸させ、現在状況説明の真っ只中である。
「…………輝く環も聖痕も、我々には計り知れないほどの力を持っているのですね」
 一人が感心したようにつぶやき、もう一人がうなずいた。
「原理とかは今になってもようわからんのやけど」
「アーティファクトはわからないことだらけですよ」
 従う騎士という呼び名であっても、聖杯騎士団の従騎士はある種のエリートだ。それぞれ得意分野はあるものの総じて知識量は豊富で、教会のない村などを訪れた際には教師役を請われることもある。少なくともこの生真面目そうな二人の知識は相当なものだろう。正騎士には及ばずとも、上司を助ける目的や自身の興味で従騎士があるテーマに特化して専門家のようになる例もままある。それなのにこんな言葉を引き出すとは、アーティファクト恐るべしである。
「まあ、方石はエリカ博士が研究始めたし。ブラックボックスで終わる可能性が高いけどなあ。もうそっちはええんや、それよりリース」
 言って、ケビンは今まで無言だったリースの肩に手をかけて前に押し出した。
 一歩踏み出して、振り返る。促すような表情で、彼は軽くあごをしゃくった。延びに延びていた自己紹介を今すませろというのだろう。意図を察して、リースは両手を膝の前でそろえた。
「リース・アルジェントと申します。このたびドミニオン第五位ケビン・グラハム卿の従騎士に任命されました。よろしくお願いいたします」
 深々と頭を下げる。
「こちらこそよろしく。私はセサル」
「私はマーカスだ。……しかし総長も考えたものですね。グラハム卿は無茶ばかりされますから、そろそろと思われてはいたのでしょうが」
「は?」
 きょとんと青い目を見開いて、ケビンが間の抜けた声をあげた。リースにもマーカスの発言の意味がわからない。首をかしげていると、次に口を開いたのはマーカスでもセサルでもなくケビンだった。
「なんや、女の子が入ったから嬉しいとかならまあわからんでもないけど。それとオレの無茶と何の関係があるねん」
「もちろん場が一気に華やぐという点では女性の存在は歓迎すべきものですが」
「……ああ、なるほど。やっとわかったよ、マーカス」
「わかったか? 総長にとってはグラハム卿は部下であると同時に教え子でもある。口には出さずとも心配されていたんだろ」
 守護騎士筆頭のアイン・セルナートは、リースにとっても教官である。ケビンとリースの関係を知り、かつリースの姉ルフィナと親友だったのだという彼女。ただ、私情のみで人員を配置するとは思えない。単純に馴染みやすいだろうというのと、ケビンの従騎士が少ないから配属されたのだと思っていたが、違ったのだろうか。
「いやまあ心配されてないことはないやろけど……心配……心配なあ……」
 ケビンは納得のいかなさそうな顔でうなっている。そんな上司にかまわず――生真面目ではあっても順応してある程度話を流すすべも身につけているらしい――セサルがにっこりした。
「つまり泣き落とし要員ですね」
「…………」
「………………は……?」
 今度こそケビンはあんぐり口を開けた。リースは言葉が出ない。というか従騎士として認められるには、学問だけでなく武術も法術も厳しい試験を潜り抜け合格を勝ち得なければならないというのに。それはセサルもマーカスも重々承知しているだろうに。そんなに頼りなく見えるものなのだろうか。
「ちょっ、ちょお待ちい」
 先に立ち直ったのは上司だった。手のひらを振って、それからびしりとリースを指差す。失礼な、とのつぶやきは皆に流された。
「こいつは戦闘要員やぞ!? それも過激派バリバリの! 前線! 大活躍! しかも突っ走り系!」
 そこまで言われるほど修羅になっていた覚えはないのだが。まあちょっと煉獄から現世へ続くと伝えられる煉獄門を、開かないなら破壊してみようかなとかそういう類のことを口走った気はする。がしかし、あの場合別段不適当な発言ではなかったはずだ。外からセレストが開いてくれたおかげで、実現はしなかったけれど。
 マーカスが力強くうなずいた。
「ええ、なにしろ総長お墨付きですからね。戦闘能力は期待していますよ。でも泣き落とし要員です」
「いや、だからな」
「だってグラハム卿、我々が何度申し上げても聞き入れてくださらないじゃないですか」
 セサルが追い討ちをかける。
「そうですよ。卿のお力は存じ上げていますが、何もご自分で全部すませてしまわれることはないんです。なんのための従騎士ですか、メルカバですか。我々の泣き落としがきかないなら女の子に頼ります」
「君ら泣き落としとかしたことないやん!」
「泣き落としに見えていなかったんですね……無念です」
「落ち込むなよセサル、これからだ。私たちは心強い味方を得た」
「いやだから訳わからへんし! ……あかん、メチャクチャや……」
 リースは意外な気持ちで騒ぐ三人を眺めた。
 ケビンは誰にも心を許していなかった。今はともかく、以前は誰にも。それは注意深く観察していたリースにはわかったし、本人も渋々ながら認めたことだ。この二人の従騎士に対しても、内面深く踏み込ませることは決してなかっただろう。それどころか話しぶりでは任務に深く関わらせることすらも避けていたような印象を受ける。けれど彼らは、リベルアークでの戦いをともにしたあのあたたかな人たちと同じように、今よりもっと前からケビンを受け入れ愛していたのか。
 二人は、影の国で彼の内面が劇的に変化したことまではまだ気づいていない。でもすごしてきた時間がか細いながらも絆を作り上げ、そして彼らは今軽口を叩きあっている。
 言われたときは一瞬思考が止まったが、それなら案外二人の言葉は正しいのかもしれない。泣き落とし。泣き落とし。影の国では途中から何もかもに必死で、自分の態度の違いによるケビンの表情の差異は気にかけていなかったけれど。そういえば泣いているとき、泣きそうなときはやたらに優しかったような記憶がないでもない。つまり効果ありか。
「……では、私はタマネギを常に持ち歩くべきでしょうか」
 声に出すと、三人はぴたりと騒ぐのをやめてこちらを振り返った。すかさずツッコミが入る。
「いやリース、タマネギはかさばるよ。目薬で充分じゃないのかな」
「確かに目薬ならばかさばりませんが……食料は常に持ち歩いていますので、内容を変えるだけです。タマネギは特に脇役として優秀ですし、あって邪魔ということはないかと」
「そうか? そこまで言うなら……ああでも、匂いが外に漏れないように気をつけないといけないだろ。腐敗対策はどうするんだ」
「腐敗する前に消費します。泣き落としに使っても使わなくても同じことです。問題ありません」
「なんで合意の方向で話が進んどるねん、っつーか嘘泣きかい!」
 うるさい。リースはじろりとケビンを睨めつけた。
「……では本気で泣きましょうか、グラハム卿。なんなら今すぐにでも。私はいつでも泣けます。なにしろ色々ありましたし」
 ぐっ、とケビンは変な音をたてて息を飲み込んだ。眉を八の字にして情けなさ全開だ。紫苑の家にいた頃は、ヘタレゆえにとても馴染み深かった表情が、数年遠いところにあった。どころか失われていた。今更ながら離れていた時間の長さを思い知るが、とりあえずやり込めたことに満足して、セサルとマーカスに向き直る。
「この件については後ほどゆっくりご相談させてください。まずはメルカバの機能など把握しておきたいのですが、教えていただけますか」
「そうだね、いつまでも遊んでるわけにもいかないし」
 遊ばれたといじけ始めた上司は全員で放置である。
「……まあええわ、ほな案内したってくれ。オレは報告書書いとる」
「了解しました」
 浮ついた雰囲気から一転、二人は生真面目な従騎士に戻った。きびきびした動きで通路をたどり、自動開閉ドアがぷしゅっと音をたてて開く。
 ドアが閉まる瞬間、その声は耳に滑り込んできた。
「…………泣き落とし言うたって……そもそも本気か嘘かなんて一発でわかるに決まっとるやろ…………」
 空耳かと思った。けれど確かに聞こえた。
 振り返った視線の先にあったのは無味乾燥な白い扉だったけれど、その向こうでふてくされているケビンの顔が見えたような気がして、リースはちいさく笑った。
--END.
セサルとマーカスがよくわからない…
一応口調を少し差別化してみましたがほんとに少しだし。てかグラフィック同じじゃないですかあの人たち?
従騎士二人はちゃんとケビンのこと好きで、心配していたんだとは思います。ただケビンがアレなので。
ケビンも心を開くとまでは行かずとも二人のこと部下としては信頼していたと信じたい。
結局これからもケビンと行動を共にする機会が多いのはリースになりそうですが。そんでちょっと不満そうにしながらも「まあ男よりは女の子のほうがいいですよね、わかります」とか言ってるんだよきっと(笑)
(2008.08.17)