「最近ラナがかまってくれない」
 卓に手をつき、訴えると。
 それぞれ非常に“らしい”反応が返ってきた。








嗚呼素晴らしきは友情也










 そのとき同席していたのは、最初に言葉を発したセリス――年若く、女性と見紛うほどの繊細な美貌の持ち主ではあるがれっきとした解放軍の“親玉”である――と、それから彼の父方の従弟であるレンスター王子リーフ。それから、父の親友の息子であるアグストリア王子アレスだった。
 事前に何か約束を交わして集まったわけではない。おいしいお酒をもらったから部屋においでよ、一緒に飲もう。そう言ってセリスが二人を誘ったのだ。夕食後、彼の部屋で適当な会話を交わしつつ順調に杯を重ねていたのだけれども。
 まずリーフが、年のわりにあどけない茶色の瞳をくるんとまわした。
「そうなの? それはご愁傷様」
 次にアレスが、自分の杯に手酌で新しい酒を注ぐ。こちらは言葉もない。ひたすら無言である。
 しかし目は口ほどにものを言う。鮮やかな碧眼に浮かぶ光は「突然何言い出しやがるそんなことは俺には関係ない」とでも言いたげだった。いや間違いなくそう語っていた。
「何さその反応! 二人とも薄いよ!」
 両の拳を固め、卓を叩く。だん、と音がして傍らの杯から赤い液体が少しだけこぼれたが、リーフは緊張感のない声で「あーもったいない」とつぶやいただけだった。アレスに至ってはこの期に及んでもまだ無言である。
「えー、だってさあ。わざわざぼくらに訴えるほどのことでもないじゃない。かまってほしいならラナにそう言えばいいんだし……だいたい、みんな忙しいんだよ。ちょっとくらい一緒にいる時間が少なくなったってそれは当たり前でしょ?」
 顔色ひとつ変えずに杯を干しながら、従弟殿は至極まっとうな意見を吐いてくださった。しかしその余裕がセリスには癪だ。それでも一応ちゃんと会話してくれるリーフはまだまし。アレスの態度はもっと癪だ。
「くっ……他人事だと思って! 自分たちだったらどうなんだよ!」
「えー」
「くだらん」
 だいたい色恋沙汰になんか興味ありません、という顔をしておきながら、二人ともしっかり熱愛中の恋人がいるのだ。その仲は、セリスとラナのそれ(そもそも二人は未だ恋人同士ではないが)よりも強固で、安定している。たまに喧嘩をするのはご愛嬌、すぐに仲直りしてラブラブ熱々光線をところかまわず振りまいてくれるのだから、目下片思い中の解放軍の面々には目の毒である。もっとも、セリスは自分の想いが一方通行であるなどとはこれっぽっちも思っていないのだが。
 それでもおおっぴらにいちゃつける位置にはまだ、ない。だから余計に腹が立つのである。
「しかもなんべん言っても二人きりのときですら“セリスさま”のままだし! ちっちゃい頃は呼び捨てにしてくれてたのに!」
「……はあ」
「リーフならわかってくれるよね、このもどかしさ」
「うーん」
 アレスはもともとの出自は王族だが、祖国アグストリアは現在グランベルの属国となっており、彼自身は従えるものもなくただの一傭兵として育った。恋人は旅の踊り子。対等に互いを呼び捨てにする彼らと比して、リーフの置かれている立場はセリスのものと近い。
 件の姫君は、主を決して名のみで呼ぼうとはしない。彼女の母親はアグストリアの王族だが、父親は違う。父の意向に従い臣としての立場を貫こうとしているのだ。
 だからわかってくれると思っていたのだが、リーフは微笑みながら可愛らしく――そりゃもう憎たらしいほどに可愛らしく小首を傾げてみせた。
「うん、もうあきらめたよ。その代わり結婚したら呼び捨てにするって約束してくれたからね」
「……そうですか」
「うん」
 何か聞きたくないことを聞いてしまった気がするが、今更時間は巻き戻らない。さらに濃くなった疲労を背負い、セリスはがっくりとうなだれた。
 ああ、みんな戦争中だってのに順調に愛を育んでいる。それに比べて自分はどうか。通常とは違う、まして明日の命も知れない環境の中では恋愛感情は育ちやすいらしいと聞くのに、むしろ昔よりも距離が開いている気がする。
 なんでだろう。
 アレスは相変わらず黙々と飲み続けている。あー殴りたいなあ。でも確実にやり返されるなあ。向こうのほうが背は高いし、取っ組み合いは不利だ。剣持ってたらともかく……ああ、ミストルティンあるから駄目か。ティルフィングがあればなー。
 なにやら投げやりな気分になってきた。物騒な目をしてぶつぶつつぶやいても取り合う様子も見せない。
 さすがに気の毒になったのか、リーフが杯を置いてこちらに身を乗り出してきた。いや手におつまみの木の実をいくつか握りしめているが、この際それは無視。
「かまってくれないっていうかさ、セリスさ」
「何さ」
 矢のように鋭い視線でもって応えても、たくましすぎる従弟はまったく怯まなかった。
「きみ、ラナと一緒にいたいって言いながら、この頃よくユリアと一緒にいるよね」
「? うん」
 セリスはきょとんとしてうなずいた。ユリアは解放軍軍師であるレヴィンがどこからか連れてきた少女だ。出自は知れないが、すさまじい魔力を持っている。加えて癒しの杖も扱えるため、怪我の絶えない軍では殊更重宝されている。
 透けるような白い肌に、淡く紫色の混じった銀髪。紫水晶のような瞳をしていて、顔立ちも愛らしいというよりはむしろ美しい。いつもおとなしく物憂げな雰囲気をまとう彼女に懸想する男性は引きもきらないのだと聞いた。具体的に誰が、とは知らないが。風の噂で。
「ユリア、美人だよね」
「? うん、そうだね。可愛いね」
 もっとも、セリスは美人を見ても「わあ綺麗だなあ」くらいにしか思わないのだけれど。美姫と讃えられたエーディンに育てられ、自身も母親そっくりだと言われ続けてきた。人形のように整った美貌の人間ばかりを見慣れているから、正直美醜にはあまり関心がない。ラナをのぞいては。
 ユリアが美人だというのは否定しないが、だからどうだというのか。
 リーフは何度か瞬きした。
「…………えっと。話戻すよ。どうしてユリアと一緒にいるの?」
「相談受けてるから」
「相談?」
「うん」
 ある日、ユリアが打ち明けてきたのだ。真白な頬を赤く赤く染めて見上げてきたものだから、よほど重大な相談事なのだと思った。内容は案の定で――知られたら、やっぱりくだらないと一蹴されてしまうのかもしれないけれど。同じように切実な想いを抱えたセリスには他人事だとは思えなかったし、頼られたのは嬉しかった。だから協力してあげたかった。
 計画は目下順調に進行中である。目標とユリアの距離は、日々確実に縮まっている。向こうも彼女を憎からず思っているようで、なにせわざわざセリスが対抗相手となり得るのかどうか探りを入れてきたくらいだから。
「内容はまだ言えないけどね、成功したら教えてあげるよ。もう可愛いんだよユリアったら、一喜一憂するんだから。初めて会った頃はすっごい無表情だったけど、どんどん人間らしくなってきて微笑ましいったら」
 ユリアは華奢で儚げで、なんとも保護欲を誘う。頭をよしよしとなでたくなるというのか、ともかく妹みたいで可愛いのだ。他人の色恋に口出しするのは不謹慎かなとも思うけれど、引っ込み思案な彼女はとても一人では動けないだろう。手助けくらいしてあげてもきっと罰は当たらない。先日もユリアの想い人の出撃計画と後方支援の当番のつき合わせを行ったばかりである。
「…………あー。きっとそれだよ」
「へっ?」
 従弟は木の実を握っていないほうの手で顔をおおってため息をついた。
「だからさ、ラナはさ。気を使ってるんじゃない?」
「なにに?」
「…………何って」
「放っておけ、リーフ。結局自業自得だろうが」
 今まで我関せずとばかりに黙っていたアレスが、初めてまともに口を開いた。かと思えばなんとも辛辣なことを言う。むっとして睨むと、彼はがしがしと乱暴に金髪をかきあげた。
「……お前な。他の奴にかまけている場合か? あれを遠ざけているのはお前自身だろうが」
「あれとか言わないでよ。ラナだよ」
「………………名前を呼んでも怒るだろう」
「うん。なんかアレスに呼ばれると減りそうな気がする」
「…………」
 アレスは今度こそ口をつぐんだ。巌のように静かになり、微動だにしない。あ、怒ったかな。ちらと思ったが、べつにどうでもいい。いや、アレスの気持ちなどどうでもいいということではなく。この程度の応酬で自分たちの絆が揺らぐはずがないという自信があるからこそ、なのだが。……たぶん。きっと。
 しかし今のやりとりで、なんとなく理解できた。
 酒気を帯びて火照っていた頬が、すうっと冷めてゆく。ついでに朦朧としていた頭もはっきりしてきた。
 つまりは、ラナは。ユリアの恋に一生懸命協力するセリスを見て勘違いしたわけだ。だから距離をとった。
「あ、わかったんだ」
 表情の変化を察し、リーフが緊張感のない声でつぶやく。
 ええ、わかりました。嫌というほどわかりました。内心で独りごちて、でもやっぱり腑に落ちなくて、セリスは首をかしげた。
「……ねえ。でも、どこをどう見たら誤解できるの?」
「そりゃぼくらはわかるけど。セリス、きみ、ラナに優しくするだけで好きだって言ったことないんじゃないの?」
「………………あー……そうかも……」
 頭を抱える。
 そういえばそうだったかもしれない。傍から見れば態度の違いがあからさまでも、自分のことは案外わからないものだ。ましてのんびりおっとり、そのわりにやたら漢らしくさっぱりしたところもある(心の底から褒めている)ラナだ。自分が特別だなんて、そうそう考えられないに違いない。
 立ち上がると、座っていた椅子がひっくり返って騒々しい音をたてた。それは放っておいて、戸口目指してすたすた歩き出す。
「セリスー? どこ行くの?」
「ラナに好きだって言ってくる」
 振り返らず扉を開けると、廊下にはしんと暗い闇が広がっていた。明かりは申し訳程度にしか灯されていないが、夜目は利くほうだ。問題ない。
「がんばってー」
「…………くだらん」
 リーフの激励とアレスのつぶやきを背に、セリスは歩きだした。











「……ていうかさ、あれ相当酔っ払ってるよね」
「どうせ普段とそう変わらん」
「そうかなあ? ま、お酒のおかげで色々しがらみから解放されてるみたいだし、ちょうどいい機会だったよね」
「……………………この酒。アルスター産だな。もしかして焚きつけたか」
「ん? うーん、背中を押したと言ってほしいなあ」
 その後セリスとラナがどうなったのかは、本人たちのみぞ知る。




















--END.








|| INDEX ||


あとがき。
えーと、すいません(へこり)。
いや、「セリラナ」と聞いて大半の人が想像する内容からはおおいにかけ離れていたんじゃないかなとかもごもご。しかしこれはセリラナです。そう言い張ります。
書くうちにずれていったわけではないのです。間違いないです(笑)
この三人が阿呆な会話してるの大好きです。
あ、ちなみにうちのセリスとユリアは血縁発覚する前からほのぼの仲良し兄妹でお願いします。ユリアの思い人は誰でしょうねえ〜〜



ちなみにセリスの知らない酒入手経路。リーフ→フィン→レヴィン→セリス。
なんでリーフ様が影のドンみたくなってるんでしょうか…?(超疑問)



私の中では精神的たくましさはリーフ>セリス>アレスだったりします。
聖戦だけだとセリスが一番かなーと思いましたが、なんかトラキアちょろっと見たり読んだりしたらなんか…駄目だ、リーフ様最強だ。そうとしか思えなくなった。
あとお酒もリーフ>セリス≧アレスで。
リーフはザル、セリスは強いけど一定量を超えると性格が変わります。アレスも強いけど性格も顔色も変わらないけど、突然寝ます(笑)
あ、なんか書いてたらアレスもいとおしくなってきた…この子繊細ですよ絶対。んで常識破りな二人に挟まれて苦労してるんですよきっと…(ああどんどん妄想が妙な方向に)

(2007.05.06)