一歩進むごとに、息があがっていくのが自分でわかる。
 最初はいつものように、歩いていたはずだったのだ。それがだんだん気が逸ってきて、ゆっくりしてなんていられなくなって、ついには走り始めた。
 下草や積もる落ち葉は気にならない。横から飛び出す枝を避けるのだって慣れたもの。幼い頃から歩き回っていたのだから、庭も同然だ。
 やがて探し人の姿が目に入って、アリーシャは顔をほころばせた。
 その髪も衣装も森の中に当たり前にある色ばかり、彼はいつだって緑に違和感なく溶け込んでいる。
 だけど、見過ごすことは絶対にない。
 だって、いつも探しているのだから。



今はまだ、未来を願うだけだけれど





「ルーファス!」
 弾んだ声が木々の間に響き、青年はゆっくりと振り返った。予想していたとおり、あどけない相貌に喜びをいっぱいにたたえた少女が駆けよってくる。
 彼女はそのまま勢いを殺さずにルーファスに飛びついた。どん、と重い音がするがもう慣れたもの。華奢な体躯をやわらかく受け止めて、挨拶代わりに軽く抱きしめ返してから離す。
「よう、ひさしぶり。しかしまあ、毎度毎度よくもわかるもんだな」
 アリーシャは肩を揺らしてはいるけれど、その顔に疲労はうかがえない。ということは、ほぼ一直線にこの場所めがけてやってきたということになる。知らせてもいないのに、見事なものだ。
 彼がこの土地に足を伸ばすのは、そう頻繁なことではなかった。しかも、村の周囲に広がる森の中という条件こそついているものの、気が向いたところでぼんやりしているだけだ。どこと決めているわけでもない。
 それなのに、虫の知らせとでも言えばいいのだろうか。アリーシャはいつもルーファスの居所をちゃんと探し当てて走ってくる。それこそ、どこかその辺りの木に別の目でもついているんじゃなかろうか、と思わせるくらい正確に。
 感心して言った台詞だったのだが、しかし彼女には揶揄に聞こえたらしい。薄紅色の唇がわずかに尖った。
「……だって。ルーファス、村の中まで会いに来てくれないじゃない。だったら私が探すしかないでしょう?」
 眉根をよせていても、心底から不機嫌でないことは容易に読み取れる。彼はちいさく微笑んだ。
 事情を知らないものからすれば、二人はよほどつきあいが長いのだろうと見るに違いない。けれど、出会ってから経過した年月はともかくとしても、彼らがともに過ごした時間は実はたいしたものではないのだ。
 一瞬にも感じるほど短い逢瀬を、両手の指で数えられるくらいの回数だけ重ねて。もっとも、時間はさして重要ではない。絆は確かに存在している。
 てらいなく言い合えるのもその証だ。肩をすくめてみせると、皮肉の気配を察知したか、アリーシャが身構えた。
「それで? 今日は大丈夫なんだろうな、仕事を放り出して後で叱られて泣く……なーんてことになるなよ?」
「なりません! 水汲みも鶏の餌やりもちゃんとすませてきたもの。もう、何年も前のことをいつまでも引き合いに出すなんて意地悪よ!」
「はは、悪いって。いやでもな、さすがにあれは忘れられねえよ。ひどいおしおきされたんだって、ぼろっぼろに泣いてたもんなあ」
 あのときは、可愛いやらおかしいやらで笑いをこらえるのにひどく苦労した。
 幼い少女が涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも語ったところによれば、お尻を叩かれたらしい。まあ、ちいさな子ども相手にはよく使われる手だ。身体に悪影響を与えるわけでもなし、ただし痛いのととんでもなく恥ずかしいので思い出にくっきりと刻み込まれる類の。
 今では笑い話にしかならないが、当時のアリーシャは大真面目だった。子どもの自尊心を傷つけないよう相槌を打ち、なおかつ慰めるために、ルーファスはひどく苦労した記憶がある。ことあるごとに思い出したとて、彼に罪はないだろう。
 ……たぶん。
 しかしそれは本人にとっては恥以外のなにものでもない。案の定、彼女は真っ赤になった。
「…………ルーファス〜!」
 ぽかぽかとちいさなこぶしが彼の胸を叩く。叩かれるにまかせ、ルーファスはそのまま後ずさりした。アリーシャは気づいていない。前進しながらも青年を小突くことに一生懸命になっている。今にも笑い出してしまいそうな己を戒めつつ、彼はしばらくは口を出さずに様子を見るつもりでいた。
 だが、そう甘いものでもなかったようだ。
「うおっ!?」
「きゃあっ!?」
 木の根に足を取られて、ルーファスは背中から転んでしまった。どうやら少女で遊ぶことに夢中になりすぎて、足下が疎かになっていたらしい。必然的に巻き込まれる形でアリーシャが倒れこんでくる。
 無数の小枝が折れ、大地に落ち着いていた枯葉が舞い上がった。
 折悪しくゆるく斜面になっている場所だった。そのままもつれるようにして、転がる。回る視界の中で木の幹が目に入り、彼はとっさに少女を強く抱きしめた。続いて衝撃が来るが、一瞬のこと。腕の中ではアリーシャがうめいているが、それは痛みのせいでなく突然すぎて驚いたためだろう。
「……おーい。大丈夫か?」
 かなりの勢いでぶつかってしまったけれど、もちろん自身が受身を取ることを忘れていたわけでもないので平気だ。ぶつけた背中が少々痛むものの、立てと言われればすぐに立ちあがってみせることができる。ただしそれは、上に居座っている重みがどいてくれればの話。
 ふ、と吐息が鼻先をくすぐった。馴染みのない感覚に、瞬きをする。
 気づけば少女の顔がすぐ目の前にあった。
 硬直したまま動かない。予想もしていなかったのだろう。
 もっともそれはこちらも同じことで、常ならばすぐに逸らしていたかもしれない瞳を至近距離でみつめる。忘れかけていた疼きが甦って、彼は知らず息を詰めた。
 碧の瞳は湖水の色だ。深い森の中、霧にまぎれて、誰も近づかないような。静寂と悠久を内包する色。あの頃と、変わらない――矢のように駆け抜けた、あの悲しくも懐かしい日々よりそっていた少女、の――
 しかし感慨を覚えたのはルーファスだけのようだった。アリーシャの頬には、すぐに怒りからではない朱が差して、みるみるうちに上気する。
 今触れたらきっと熱いんだろうな――どこか的外れな感想を、おずおずとした声が打ち破った。
「…………ルーファスにとって……私はいつまでも、子どものままなの?」
「へっ?」
 彼は思わず間抜けな声をあげ、少女の顔をまじまじと見返した。
 確かに、二人の年齢は大きく離れている。きっと彼女もうすうす感づいてはいるだろう。
 出会ってからずっと、年をとるのはアリーシャだけで、ルーファスは見た目がまったく変わっていない。疑問に意識的に蓋をしているのか、それともそんなことどうでもいいと開き直っているのか。どちらにしても、大人と子ども、どころか老人と赤ん坊と表現してもまだ足りないほどの長い長い時間の隔たりは、およそ人の身では理解しがたいに違いない。
 けれど、子ども扱いしたつもりは毛頭なく――いや、子どもをあしらうような態度だったことは認めよう。しかし、それはくるくると表情を変えるアリーシャを見るのが楽しいからだ。あの頃の記憶がない少女と、それでもあの頃と同じように笑いあえることを確認して、安心したいからだ。
 アリーシャは戦乙女の器という運命から逃れ、新たな命を得た。だから本当は、会いに来るべきではなかったのかもしれない。覚えてもいない、かつての生の中で寄り添っていた男の未練などで振り回すべきではないのかもしれない。
 でも。
 この想いをどうしても捨てられなかった。そして気づけば、ここにいた。
 しかしアリーシャは目の前の青年の葛藤など気づかないふうだ。ひたと据えていた視線をわずかにそらし、ちいさくつぶやく。
「……私ね、来月十六歳になるの。そうしたら、…………結婚してくれって……言われたの……」
 ルーファスは、がん、と頭をなぐられたような衝撃を覚えた。
 誰に、とか、いつ、とか、申し出を受けたのか、とか。ありとあらゆる疑念が胸の中に押し寄せて、すぐには声が出ない。
 少し考えてみればわかることだったのに、今までそんな可能性など思いつきもしなかった自分に呆れる。
 アリーシャは愛らしい。たとえルーファスでなくとも同意するだろう。
 陽光に透ける金髪、緑がかった青い瞳、花びらを落としたかのような唇。しなやかに伸びた手足は綺麗な曲線を描いていて、どれだけ長いこと見つめていても飽きない。
 王宮の豪奢な調度に囲まれてさえ劣らず輝いて見えた彼女が、山奥のちいさな村で目立たないはずはないのだ。思いを寄せているのは一人や二人ではあるまい。そういえば、男の子も混じって遊んでいるのを遠くから見たことがある。あの中の誰かかもしれない。
 地に着いたままの指先がぴくりと動いた。
 いっそのこと、このままさらっていけたらどんなにいいだろう。
 でも、違うのだ。それは彼の本意ではない。ルーファスが望んでいるのは何よりもアリーシャの幸せ。たとえ自分の心がどれほど悲鳴をあげることになろうとも、彼女が望んで別の誰かの手をとるというのであれば、邪魔をしようとは思わない。この笑顔を曇らせるような真似だけはしたくない。
 アリーシャはこちらを見ない。瞳を伏せて、じっと地面を見つめている。
 何か、何か言わなければ。気の利いたことでなくてもいい、気詰まりな沈黙をなんとかしたい。
「あー……そうか。じゃあもしかして、俺が来るのまずいか? 考え直さないといけないよなあ」
 返した声は、自分でも空恐ろしいくらいに明るかった。







 アリーシャは弾かれたように顔をあげた。
 今のは空耳だろうか。そうであってほしい。
 いや、たとえ現実だったのだとしても、駄目だ、そんなの嫌だ。急速に熱くなる目許に必死に力を込めて、彼女は青年の緑柱石にも似た瞳をにらんだ。
「わた、しが」
「アリーシャ?」
「私が、ルーファスに会えるのをどれだけ楽しみにしてるのか、知らないの? ルーファスはいつもそうよ。なんでも知ってるような顔して、なんにもわかってない。気が向いたときだけふらっと出てきて、少しだけ話をして、すぐに帰ってしまう。私がどんなに会いたいと思っても、呼んでも来てくれないくせに、そん、そんなの……!」
 勝手よ、と続けようとした言葉は嗚咽の中に溶けた。
 途端に端正な容貌が狼狽するのがわかったが、すぐに涙に歪んで見えなくなってしまう。
 彼が人でないことには、とっくに気づいていた。初めて会ったのはアリーシャが五つか六つのとき、あれから十年は経つのに、すでにいい大人だったはずのルーファスの姿はまったく変わらない。どこから来るのかも聞いたことがない。神話に語られる神かエルフか、いや、たとえ不死者なのだとしても。そんなのは問題ではない。どうでもいいことだった。
 やわらかく微笑む緑の瞳が大好きで、少し皮肉げに歪む唇も大好きで、優しく名前を呼んでくれる声も大好きだ。今胸を焦がす感情の名前を知らなかった頃から、自分の心の大半は彼のためにあったのに。
 それなのにルーファスは、あっさり手を離してしまえると言う。彼が消えてしまったら、この想いはどこへ行けばいい? 大きく育ってしまった恋慕をとどめるすべなど知らない。姿を見せない青年を想い続けて身を削れとでもいうのだろうか。耐えられるはずがない。
 そうだ、いっそのこと。
「連れていって……!」
 彼女はルーファスの胸にすがりついて懇願した。
 どこだっていい、彼といられるのならば。人ならざるものたちが住まう世界であっても、彼と会えない日々を重ねることを思えば怖くなどない。
 離れたくないのだ。矛盾しているのは自分でもわかっているけれど、いっそずっと子どものままでいられたらよかった。彼と一緒にいる未来だけを夢見ていた幼い思考の中には、誰か他のひととともに歩む自分を想像する余地などなかったのだ。
 他の可能性を考えてしまえる自分が嫌だ。申し出てきた幼友達には冗談に紛らせて断ったけれど、そんなふうに別の道を見せられることは、ある意味で恐怖だった。
 どうせ狭量だ。もっと大きな目で周りを見ないかと言われてしまえば、反論などできない。
 それでもすがりつく。離れたくない。
「…………アリーシャ」
 ああ、声が困っている。けれど、駄々っ子のように首を振って、アリーシャは手に力を込めた。
「アリーシャ。落ち着けって……連れていきたいのはやまやまだけどな、家族はどうするんだよ。友達は? いきなり全部捨てられるのか、お前」
「……それは……」
 アリーシャは答えあぐねて視線を彷徨わせた。一番好きなのは誰かと問われれば、もちろん迷わずにルーファスだと答えられる。
 でも、そうだ。家族を悲しませたくはない。友人たちも。彼女がいきなり姿を消せば、心配することだろう。彼らにしてみれば、ルーファスはいきなり現れたどこの馬の骨とも知れない男だ。たとえ会わせて紹介して、この人と一緒に行くのだと告げたとしても、不安が消えるわけではない。
「ほら見ろ」
「……でも……だって……!」
 新しい涙がたまっていた雫を押し流して、視界が少しだけ明瞭になった。ルーファスは子どもをあやすような笑顔を浮かべている。ああ、だから、子ども扱いはしてほしくないのに。もう結婚だってできる年になったのだ。
 その背中を追いかけて、追いかけ続けて、ようやく隣に並ぶとはいかないまでも手を伸ばせば届くくらいにはなれたと思っていたのに。まだ駄目なのだろうか。
 それでも優しく頭をなでられれば、嘘のように気持ちが落ちついた。しゃくりあげて苦しくなっていた呼吸が楽になってくる。今更ながらずっと彼の上に乗っていたことに気づいて、アリーシャは身体を離して地面に座り込んだ。ルーファスがすぐそばに胡坐をかく。
「そうだ」
 彼は少女の手をとって、明るい声をあげた。
「そっちはともかくとしてさ、アリーシャ、お前もう少しで誕生日だって言ったよな。何か欲しいものとかないか? 俺にできることだったらなんでもしてやるよ」
「欲しいもの……」
 つぶやく。何を考えていたわけでもないのに、言葉がするりと口をついて出た。
「その指輪」
「へ?」
 緑の瞳が、虚を突かれたように見開かれる。そのままぱちぱちと瞬きいくつか。よっぽど驚いたのか、固まったまま動かない。心の中でみっつ数えても、まだそのまま。
 アリーシャは心底後悔した。
「……ごめんなさい。ごめんなさい、ちょっと意地悪を言ってみたかっただけなの。忘れて」
 ルーファスは左手の薬指に指輪をはめている。彼は、それをとても大切にしているのだ。
 無意識の仕種なのだろうが、愛しげなまなざしで赤い石をみつめ、口づける姿を何度も見た。そのときの彼はあんまり綺麗な目をしていたから、恋などという言葉も観念も知らなかった幼心にも、すぐに理解できた。
 あれはきっと、誰かとの約束の証だ。アリーシャがルーファスを忘れられないように、彼にも忘れられないひとがいる。
 そうだ、そんな基本的なことも忘れていた。忘れて、自分の望みだけを口走って困らせた。痛みに疼く胸を押さえて息をつく。大丈夫、大丈夫。心の臓は締めつけられているかのようだけれど、涙はもう乾いた。彼が自分のものにはならないのだとしても、一緒にいられればそれで幸せなのだから。何か他愛もないおねだりをして、笑ってもらおう。
「あのね、ルーファス」
 しかし目論見は成功しなかった。
 まるで時間がゆっくり流れているかのようだったけれど、実際は一瞬だったに違いない。
 彼はあんなに大切にしていた指輪を躊躇いなく引き抜いて、アリーシャの指に通した。
 左手の薬指。もちろんぶかぶかだ。そんなの当然だ。
 いや、そうじゃない。そうじゃなくて。
「ルー……」
 気を遣わなくてもいいのに、と言おうとした唇が、空気を求めて喘いだ。
 ルーファスが、少女の手を恭しく捧げ持ち、指輪に唇をよせる。かすかに触れたその場所から、血液が一気に全身を駆け巡った。
「……あ……あの……」
 頬が熱い。いや頬どころではない、きっと耳まで真っ赤になっているだろう。しかしこちらの混乱をよそに、彼は上目遣いにこちらをうかがうのみだ。口許が笑っている。なんだかやけに嬉しそうなのは、どうしたことか。
「ルー……ファス?」
「もう少しだけ、持たせておいてくれ」
「え? なに、を……」
 わからずに聞き返す。しかし、すぐに指輪のことだと思い至ってアリーシャは首をかしげた。
 持たせる? 何を言っているのだろう。そもそもこの指輪はルーファスのものではないか。
 永遠にも思えた一瞬は去り、ぶかぶかだったそれはアリーシャの指を離れていった。再び青年の手に収まるのをぼんやりと眺める。指輪の行方より何より気になるのはルーファスの真意だ。
 彼はいったい、何を思って――……
「……どうして?」
「ん? 何が」
 聞かないほうがいいのかもしれない。自らの心に引導を渡すような真似をするなど、馬鹿だと思う。それでも、尋ねずにはいられなかった。
 あれは錯覚なんかじゃない。あんなに切ない瞳ができる理由など、彼女には他に思い当たらない。
 それなのに、何故。
「大切なものじゃないの? どうして、私なんかに」
 青年の大きな手が、ふうわりと両の頬にあてられた。アリーシャは反射的にその手首をつかんだが、振り払われる気配もない。親指だけが器用に動いて、残っていた涙の跡をこすった。
「そりゃ大切なもんだけど……お前が思ってるようなこととは違うぜ、たぶん」
「そう、なの?」
 アリーシャは瞬きした。割れた欠片を繋ぎ合わせるように、徐々に、徐々に言葉の意味が浸透してくる。つまりは素直に受け取ればいいということだろうか。彼の心は自分にあると? そう、信じろと、行動で示してみせてくれたのか。
 どっと涙があふれる。それをごまかすように彼女はかぶりを振り、未だ頬を包むルーファスの手を外させた。すかさず抱きついて、腕にぎゅっと力を込める。
 抱きしめ返してくれる腕は、夢見ていたとおり力強かった。ああ、これは恋人の抱擁だ。今までのように、ただ親愛を表すためだけのものとは違う。鼓動の音が重なり合って、まるでひとつになっているような錯覚さえ覚えて、幸福感が全身を満たす。
「ごめんな、今はまだ駄目なんだ。連れていけない。……けど」
「私、忘れなくてもいいんでしょう?」
 なおも続けようとするルーファスの声をさえぎって、アリーシャは下から彼の顔をのぞきこんだ。
「私、一緒にいていいのよね? また会いに来てくれる? 待ってるから。……待ってるから」
 ルーファスはきっと、こういうことで人をからかったりはしない。それでも今までずっと、ごく近くにいながらもふわふわとつかみどころのなかった青年が、今日初めて同じところまで降りてきてくれたような気がした。にわかには信じられなくて、畳み掛けるように確認してしまう。
「具体的にいつとは言えないけどな。……でも、いつか、絶対に」
 いつか。はるか先を歩くルーファスに追いついて、手を繋いで歩けるようになったら。
 アリーシャはそれまで走り続けなければならないのだろう。転んで泥だらけになるかもしれない。傷つくこともあるかもしれない。しかし彼女にとっては、横たわる障害よりもその先にある未来のほうが重要だ。みっともないと笑われたってかまわない。
 そう遠くない日、隣に、並んで。そうして。
 ――行けるところまで、一緒に――
 唐突に記憶の片隅を横切った言葉に首を傾げる。聞いたのはいつだったろう。ひどく優しい声。どうしてか思い出せない。
 ちいさく息をつくと、額に唇が降りてきた。目を閉じる。



 誓いは誓いであって、形を成すものではない。
 今はまだ、未来を願うだけだけれど。
 アリーシャはいつだって、ルーファスを探している。
 そして彼はいつでも、笑顔で振り向いてくれるのだ。







--END.




|| INDEX ||


あとがき。
はい恒例ED後捏造開始ですよー。
ED、完全に納得はしていないような気もするけど(前作を考えると)、でも今作だけで見るならあの展開が一番しっくりくるかなー思いながら見てました。
いやあ、途中経過が途中経過だからさ。愛の奇跡にも限界はあるんだよきっと…
ルーファスはアリーシャ転生後、一年に一回か二回くらいの割合で顔を見に足を伸ばしているのだと妄想。そんな中でルーファスに懐きまくるアリーシャを妄想。
まだ姫様が幼いのでヘタレが主導権握ってますが、十八歳くらいから徐々に逆転し始めて最終的には尻に敷かれるがいいさ。
前世の記憶は…まあ潜在的にってことで。
十八以降は少しずつ思い出していくってのでもいいし、“なんとなくそんな気がする”程度でもいい。
まあどっちかっていうと思い出すほうが楽しい妄想ができるかもしれませんな。
何が言いたいかっていうと要するにルファアリラブということだ!(無理やり締め)

つーか長。長。最初書き始めたときはこの半分くらいの量を予想してたのに…萌えすぎたか。

(2006.07.15)