風向きがわからない
 人の気持ちなど、知らないで。
 とは、わりに頻繁に込み上げる思いだ。
 たぶん今自分は、弱りきった顔をしているのだろう。声はかけてこないくせに、ニヤニヤとこちらをうかがう視線を感じる。弱みというほどではないが、あまり見せたい姿とは言えない。
 なんでこうなったんだっけ、と天を仰いでも、視界に入るのはもちろん馴染んだ意匠の天井だけだった。




 久しぶりに訪れた故郷は、記憶にある姿となんら変わっていなかった。
 風牙の都は他の部族領に比して空都との距離が近い。国王代替わりの際に圧力をかけられたこともあって、中央から誰かしら派遣されていて雰囲気が変わっているのではないかと思っていたが、そんなこともなかったらしい。
「というかんなことなくたってヤバイだろ、絶対ヤバイだろ」
 差し出される徳利からの酒はきっちり受けつつ、ハクは未だ割り切れない気持ちを持て余してぶつぶつつぶやいていた。
 彼は現在、国家の最高権力からひそかに追われる身である。罪状自体は濡れ衣もいいところで、理解者も得た。頼めば短期ながら匿ってくれる場所も増え、以前ほど四面楚歌という状況ではなくなってきたものの。
「風牙はさすがにヤバイだろ……下手したら部族ごと反逆者扱いだぞ。なんで呑気に酒なんぞ飲んでるんだ俺は、というか俺らは」
「ええい、ごちゃごちゃとうるさいわ」
「何しやがるジジイ……!」
 ぺしんとはたかれた頭は予想外に痛かった。横合いをねめつけて両手を出す。同じように手が伸びてきて、指ががっと組み合わさった。そのまま押し合いが始まる。日ごろ怪力と揶揄されているハクと競るには目の前の男は年を取りすぎていたが、衰えはあまり感じさせなかった。なかなかしぶとい。いや本気になれば骨を砕くことなど容易いのだが、身内の戯れでそれはあまりに大人げないというものだ。
 ふっと力を抜いて受け流すと、白い眉の下の目が訝しげに細められた。何か言いたげに口をもぐもぐとさせ――結局視線を逸らす。
 何事もなかったかのように飲酒を再開する男たちのもとに、やはり何事もなかったかのように部族の女たちが退避させていた皿と徳利を持って戻ってきた。
 彼らは今風牙の都に滞在していた。いや、滞在という表現はおかしいか。まだここに来て丸一日も経っていない。
 今朝のこと。偶然近くを通った際に、主である姫が遠目にでも都の様子を確かめたいと言い出したのだ。無闇に姿を見せるわけにはいかない、こちらの事情の巻き添えにしてしまう。けれどシンアの目があれば民の様子くらいはわかるのではないかと、そんな提案にうっかり乗ってしまったのは仕方がないのではないか。あの時はとにかく早く関係を絶たなければと大急ぎで出てきて、感慨にふける暇も何もなかったのだから。育った場所を気にかけるのは人として自然な情だ。
 そうしてうっかり近くまで行ったら、うっかり偵察に出ていた風の民に見つかった。それがよりによってテウとヘンデだったものだから、部族長が何やってるんだと突っ込む暇もなく捕まって、あれよあれよという間に都の中まで連れて来られてしまったのだ。
 あくまでひっそりと、だから民の大半は知るまい。近しい幾人かに大喜びで迎えられ、一晩だけでも身体を休めて行けと言われて断りきれなかった。というか祖父の迫力に負けた。
 曰く、勝手に縁を切って勝手に出ていって、便りもよこさないとは何事か。
 いや便りなんぞ寄越したら危ないだろ、と正論を返したら、わかっとるわ! 言ってみたかっただけじゃ! と怒鳴られた。訳がわからない。いや、わからないでもないが理不尽だ。
 そして次にはせっかく屋根があるというのに姫様を野宿させる気か無礼者! と言われた。
 状況を考慮できないムンドクではない。やっぱり言いたかっただけなのだろうが、なんだかその言いぐさが妙に懐かしくて嬉しかった。ただし長年染みついた感覚は消えない。反射的に口と手が同時に出て、すわ怪獣大戦争か、となったところで鶴の一声、すなわちヨナの「一晩だけお世話になる」という言葉がその場を収めた。
 言い尽くせないほどの心配をかけていたことはわかる。だから元気な顔を見せられたことは良かったのだろう。だが、たとえ一夜だけでも、彼らの姿がこの都に存在することで出る影響はいかほどのものか。考え始めると胃のあたりがずしんと重くなって、酒の味もろくにわからない。
「心配ないっしょー、ハク様」
 相変わらず顔も声もユルいヘンデがユルい足取りでやってきて、どっこいしょと隣に腰を下ろした。
「密偵は間違いなく入ってるだろうけどー、王都に知らせも行くだろうけどー、でもたぶんそれだけ」
「オイ待て、それだけってことはねえだろうが」
「だって明日には発つでしょ? 今から知らせたって間に合わないのですー」
「俺らは大丈夫でもな……」
 ハクや同行者たちは、奇襲をかけられても適切に対処できる。皆警戒の仕方はとうに覚えているし、この酒盛りが始まる前には館の部屋や通路の位置も教え込んでいざというときの退路を確保した。長の館は厳重に警備されて……いるべきだが、風の部族はわりとその辺り適当なので、手抜かりはないようにしてあるつもりだ。というか、基本的に警備兵より警備されている側の人間のほうが強いせいでそういう現象が起こってしまうわけなのだが。ともかく、自分たちに関しての心配はあまりしていない。
 問題は、一行が立ち去った後の都の安否だった。反逆者を匿ったとして軍勢がやってくれば、戦士の多い風の部族であっても対抗することは難しい。数を頼みにされればあっという間に攻め滅ぼされるだろう。一瞬情に流されただけでそのような事態を招いてしまったとあっては、悔やんでも悔やみきれない。
「問題ねえよ」
 みじかく声が降ってきて、ハクは顔を上げた。今まで姿の見えなかったテウがやってきて、こちらは長老の斜め前に座る。もう上座も下座もないぐちゃぐちゃ状態、こういうところも故郷のらしさが出ていて懐かしいが、今はそれは問題ではない。
「それこそスウォン陛下は馬鹿じゃない。今はそれどころじゃねえだろ。何日もいたらヤバイけど、一晩じゃ密談するにも時間が足りない。見ないフリしてくれるさ、たぶんな」
「…………まあ、そうだろうな」
 わかってはいたことだ。だがどうにも気が急いて仕方がなかった。
 もう部族長の位を譲った身だ。これ以上口出ししても仕方がないだろう。無理やり割り切ることにしてハクは盃をあおった。ヘンデとともにゆるーく門番をしていたテウも、ずいぶん目の色が変わったなと思う。本質は昔のまま、けれど高みに昇ればそれだけ見えるものも増えてくる。都を出て、考え方の大いに異なる人間たちに触れて。狸のあしらいも、少しは覚えたのだろうか。
「大丈夫、都は俺たちで守るさ。あと今晩の警備も心配しなくていいからな、俺とヘンデと、あと何人かで詰める」
「お前ら……それで飲んでねえのかよ。俺には飲ませといて」
 どうせハクはいくら飲んだところでまったく無警戒に休むことはできないだろう。部族の仲間たちを信頼していないというわけではなく、それはもう変えられない習慣だった。
 いつだって彼女の前に一番に立ちはだかるのは自分であるべき、それなら一瞬たりとて気は抜けない。あの夜からではない、たぶんもう、何年も前から知らず身につけてきた。
「たまにはハク様もきっちり休むべきー」
 気の抜けた声の中に、確かな気遣いを感じて薄く笑む。できるできないの問題は置いておいて、気持ちはありがたい。何よりいつも神経を尖らせている龍たちも疲れを癒すことができる。ジェハなどは部族の女たちを見て、だらしなく顔を緩めていたが。緩めすぎではないかとも思ったが。ここならば生真面目なキジャとシンアも安心して休めることだろう。
「久々の柔らかい布団だしな。お言葉に甘えてゆっくり休ませてもら……」
「ハク!」
 突然名を呼ばれ、彼は視線を巡らせた。主――ヨナが、こちらを目指してやってきていた。後ろから慌てた様子で少年も後を追ってくる。
 割合大きな声だったからだろうか、一緒にいた面々も少女に注目している。よたよたと、危なげな足取りでやってきた赤い髪の少女は、転びそうになりながらハクの正面に正座した。かと思えば、鋭いとさえ表現できる目つきでじっと凝視してきた。
「……何かあったんですか、姫さん」
「ごめん雷獣、ヨナお酒飲んじゃったよ! しかもけっこうたくさん」
「はあ!?」
 ついてきたユンの台詞に耳を疑う。
 ヨナには確か、彼がずっとそばについていたはずだ。好奇心で一口二口嗜むことはあっても、それ以上は許さないと思っていた。少年の表情を見るに、予想外の事態ではあったらしい。眉を八の字にして申し訳なさそうな目をしている。肩を軽くゆすって、「ねえもう寝たほうがいいよ」と小声で囁きかけたりしているのだが、ヨナに耳を貸す気配はない。というより聞こえていなさそうだ。
 改めてヨナの様子を注意深く観察する。大きな瞳は潤み、頬はぽうと上気していた。少し息が乱れていて、そのせいで苦しいのか唇が半開きだ。首筋までほの赤く染まっていて、妙に扇情的な雰囲気に喉が鳴りそうになる。咳払いでごまかして、ハクはユンに水を向けた。
「……相当酔っぱらってるじゃねえか。どんだけ飲ませたんだ、お前」
「俺じゃないよ! キジャが酔っちゃって、ちょっと介抱してたんだ。目を離した隙にジェハが……気づいた時にはもうだいぶ飲んじゃってて」
「…………タレ目…………」
 低く低く呟いても、当の本人に声は届かない。部屋の隅に座っているのが見てとれて、剣呑な目で睨んでみたが、にっこり笑って手を振られた。彼は彼で、風の部族の女たちにちやほやされて大層ご満悦と見える。いいご身分だ。
「ハク」
「あ、はい」
 後でシメる。そう心に誓って、ハクは目の前の少女に向きなおった。
「姫さん、もう休んでください。部屋はさっき案内したとこです。ユンと一緒に先に行っててもらったら、俺らも後から行きますから。なんならゼノとシンアもそろそろ」
 本来ならば女性であるヨナを一人別室にするべきだが、安全を考慮して結局旅の仲間皆が同じ部屋で寝ることになっていた。万が一夜中に脱出せねばならなくなった事態を考えてもそのほうが都合がいい。部屋の割り振りについてきり出した時はムンドクとテウどころかヘンデまで目を丸くしていたが、理由を話して押し通した。微妙に憐れむような視線を向けられたのを思い出す。あ、なんだか腹が立ってきた。憐れまれる筋合いなどどこにもないというのになんだあの目。
 できるだけ優しげに言い聞かせたはずなのだが、ヨナはうなずかなかった。何か腑に落ちないような顔をして、じっと見てくる。とにかく見てくる。
「姫さん?」
 ハクは落ち着かない気分になって身じろぎした。誘っているようにしか取れないのでやめてくれないだろうか。などと思うも、彼女にこちらの胸中など読めるわけがない。
 そうこうしているうちに、すう、と手が伸びてくる。しなやかな指を頬に感じて、彼は不覚にも肩を跳ねさせてしまった。近い。近い近い近い。なんだこの状況、ちょっと待て落ち着け。いや落ち着くのは俺か。どっちだ。
 ずりずりと腰をずらして後ずさりするも、下がった分だけ距離を詰められる。眉間に皺が寄っているのが救いだ、これで以前のような縋る目をされたらもう手を出さずにいられる自信がない。って、だからそうじゃなくてなんだこの状況。
「ハク」
「っ、はい?」
 声が上ずってしまうのはもう仕方がなかった。祖父や仲間たちは茶化すでもなくたしなめるでもなく、固唾を呑んで状況を見守っている。こんな時だというのに視界の端でシンアとともにアオと遊んでいるゼノが目に入った。誰でもいいから助けてくれ。
「ハク。笑いなさい」
 ひたすら名を呼ばれるのかと思ったら、そこで一応要求らしき言葉が出てきた。
 が、予想外すぎて一瞬思考が止まる。
「………………はい?」
「だから、笑いなさい」
 人を思いきり睨みつけながらいう台詞だろうか、それは。思わず瞬きして、至近距離にあるヨナの顔をこちらからも凝視してしまう。
 心拍数は元に戻っていた。急激に上がった熱がすっと引いて、それはべつに期待外れだったとかそういうのではなくて、あんまり意外な言葉を聞いたからなのだけれど。密かに首をひねりつつ、床についていた片方の手を少女の頭に載せる。柔らかなくせっ毛の上で手のひらがぽんぽんと跳ねた。
「どうしたんです? 急に」
「……わーらーいーなーさーいー!」
「いっ!? ……ひなり、ひゃひひやがる!?」
 幼子をあやすような仕種が気に入らなかったのか。ヨナは眦を吊り上げてぐにぐにと頬を引っ張ってきた。しかも、あろうことか体勢を崩したハクの上に馬乗りになってきた。
 普通に痛い。そしてわりと重い。いや彼女の体重程度が乗ったところで彼には苦しいと言うほどのこともないのだが、傍から見ればこれは立派ないじめではないのか。
「ちょ、姫さ、痛……重!」
「わらいなさいっていっているのよ!」
「いひゃ、いひゃいっつの、ほんなひょうひょうへわはへるは!」
 こんな状況で笑えるか。
 必死の訴えも、頬をつままれていては意味を成す音になってくれない。吐息がかかるほどの距離で怒鳴られて、顔に触れられて、しかも腹の上に乗られている。意識しないように努めていても、体温やらその肢体の柔らかさやら、花のような香りやら。諸々の情報が一気に脳髄を焼いて、跳ね除ける力すら出なかった。
 じたばたじたばたじたばた。しばらく攻防が続く。役得だなどと笑えない。むしろ拷問である。
 いいから本当に誰か助けてくれ!
 祈りが天に通じたか。顔を左右に引っ張る力に逆らってぎゅっと瞼を閉じたら、急に身体が軽くなった。頬の痛みもなくなって、恐る恐る目を開ける。
 少し離れた場所に、きょとんとした顔のヨナがいた。
 上腕を背後から支える形で、ムンドクが彼女を持ち上げている。すとん、とごく軽く床に下ろされ、ヨナは音がしそうなほど何度も睫毛を上下させる。自分自身の状況が把握できていなかったらしい。はっと気づいたようにまたハクに視線を戻し、膝立ちで這ってこようとするのをムンドクが後ろから止めた。
「……あー、姫様。大変失礼ながら、孫も困っておりますので。お話をされるのならこのままお願いいたします」
「はなし?」
「お話されたくて来られたのではないのですかな」
「はなし……ううん、ちがうわ。そうじゃなくて。……はなし……あら、そうだったのかしら……?」
 酔っぱらいは脈絡がない。今の今まで何かしらに執着して、迫力さえあったものを、途端にいとけない様子になる。口調も舌足らずになって、まるで子どもだ。つい先刻見せた、いっそ婀娜めいた雰囲気はいったいなんだったのか。
 あんまりほっとしすぎて、ハクは噴き出した。
「ぶっは!」
「わ、びっくりした! ハク様どしたの」
「いや、どうしたもこうしたも……どうもしねえけど、あ、駄目だ、なんか止まんね」
 驚きと混乱から解放されて、安心したというのもあるのだろう。そして、彼女にしてみればなんの含みもなかったのだろうに、勝手にどきどきした自身が滑稽だったというのもある。
 まあ、ともかく。腹の底から込み上げる何もかもが、今は笑い声に変換されてしまうようだった。元若長に触発されて、テウやヘンデまで笑い出す。ムンドクもつられて苦笑し――ふと力が緩んだところで、ヨナは彼の手から抜け出した。
 また近くまで来てちょこんと座る。
「? 姫さん、今度は何……」
「わらったわ!」
 言い差して、ぱっと彼女も笑う。満足げな、幸せそうな笑みだった。
 一瞬目を奪われて呆ける。
 きらきら輝く瞳には、ハク自身の間抜け面が映っていた。ああ見惚れているな、と他人事のように考える。なんだか頬も熱い気がする。もしかして今自分は真っ赤になっているのではなかろうか。そしてそれを祖父を含めた少なくはない人数に見られた。
「…………」
 頭を抱える。
 どうしろというのか。この想いも、城にいたころは抑えられていたのに。強固だったはずの蓋は、ずれて、溢れて漏れ出して、それどころか最近はもっと見せろとばかりに想い人その人が体当たりで引きずり出しにかかってくる。いや彼女にそのつもりはないのだろうが。何かもうそろそろ、色々と限界が来そうだ。
「……えーと、雷獣?」
「え? あ、何」
 しばらく無言だったユンにつんつんと腕をつつかれる。弾かれたように顔をあげたハクは、さらに信じられないものを見て固まった。いつのまにくっついたやら、ヨナは彼の膝を枕にしてすやすやと安らかな寝息をたてている。なんだこれ、と視線で少年に尋ねたが、ユンは肩をすくめて首を振るだけだ。
「満足したみたいー?」
「だな」
 自身の腿に頬杖をついて、ヘンデが呑気な声をあげ、テウが相槌を打つ。何に満足したというのか、さっぱりわからなかったが、ハク以外の皆は通じ合っているらしかった。釈然としないものを覚えながら頭を掻く。
「……あー、とりあえず布団に放り込んでくるわ」
「うん、それがいいね。俺も一緒に行くよ」
「頼む」
 生ぬるい空気の中、普通に喋ってくれるユンの存在が有難い。彼も普通なのは声色だけで視線は生ぬるいが。おそらくハクには何の落ち度もないというのに、なぜここまで居たたまれない気分にさせられなければならないのだろう。ため息をついて華奢な肩に手をかける。ぐいと力を込めた。
「…………ユン君よ」
「なーにー? ほらシンア、ゼノも寝るよ! もうだいぶ時間遅いんだから」
 母親のような物言いをしながらユンが振り返る。もう笑えばいいのか怒ればいいのかもわからない。いっそ切れてしまいたい。ゆさゆさと少女の背中を揺さぶるが、揺れるのは赤い髪だけで身体はちっとも動かなかった。
「……剥がれねえんだが……」
「えっ、何それ」
 戻ってきたユンと二人がかりでヨナの身体をずらそうと試みるも、岩のように動かない。ハクの膝の部分の衣を両手でしっかり握りしめている。指を開かせようとすると眉間に皺が寄った。手を離せば笑い声ともつかない曖昧な寝言を漏らし、すり寄ってくる。
 最早乾いた笑いしか出なかった。全身が燃えるように熱い。今更酔いが回ってきたか。せめても片手で顔を覆う。どうせ耳だの首筋だのまで赤くなっているのは周囲には丸見えだろうが。
「…………どうしろっつーんだコレ……」
「どうにもならないね……」
「仕方がない、このまま寝かせてさしあげろ」
 ハクは落ち着いたムンドクの声に目を剥いた。
「は!? じゃあ俺は一晩中枕か!?」
「お前は座ったまま寝るんじゃな、ハク。なに、そのうち酔いが醒めれば解放してくださるじゃろ。それにお前も、一晩くらい徹夜したところでへばるようなヤワな鍛え方はしておるまい」
「そりゃ平気だけどよ!」
「じゃあこっちに掛布団全員分持ってきちゃおっか。ほら珍獣ども、手伝って手伝って!」
「そういう問題じゃ……ちょ、待てコラ!」
 わめいても、膝の上に頭を載せた少女はいっかな起きる様子はなかった。ちいさな手は絶対に離すまいとでも言わんばかりに青い衣をぎゅうと握りしめている。そういえば昔、怖い夢を見たから一緒に居てとせがまれたことはあった。似たような何かがあったのだろうか。でもそれにしては、寝入る前の笑顔には一点の曇りもなかったと記憶しているが。
 まったく、人の気も知らないで。そっと髪を撫でると、また頬をすり寄せられた。子どもみたいにあどけない寝顔。たぶん何にも考えていないに違いない。
 子どもみたいに、そばにいてと、笑っていてと、いつまでも無邪気に言い続ける。
 捕まえようとしたら、ひらひら逃げるくせに。距離を取ろうとしたら、必死で追いかけてきて縋りつくのだ。どうすればいいのかわからない、ただ手を差し伸べて待っていてやればいいのか、それとも振り返って抱きしめてやればいいのか。
 いくつもの視線を感じる。嫌な感じではない、どちらかといえば温かなもの。ひそひそかわされる言葉ははっきりとは聞き取れないが、まあ、ちょっとした揶揄なのだろう。
「……お前らが考えてるようなことは何もねーけどなあ」
 ひそやかな独り言を拾ったものはいなかった。天を仰ぐ。灯火に照らされた天井に浮かび上がるものは、もちろん、見慣れた意匠だけだった。
--END.
なんか急にむず痒い感じの話が書きたくなって欲望のまま突っ走ってみた。たのしかった。
いつかの旅路で、風牙の都に生存報告に行けたらなあ、的な。
原作ではどうなんでしょうね、立ち寄ることすらないか、もしくはほんとに最後のほうか。
風の部族だけ何事もなく、ってのは情勢的にありえないでしょうし、うーん、敵対だけはしないでほしいもんですが。部族のことを思うとねえ…
しかしハクの故郷とはいえ風の部族領だけなんの問題もないってのはありえないと思うし、でも問題があったらハクとかムンドクの統治能力が…って話になるし、ううううう。むずかしい。
(初出:2015.02.01 / 再掲:2015.05.16)