三人のその時





 嵐。
 空は暗く灰色の雲に覆われ、波は高くうねり荒れ狂う風が見たこともない猛獣の声を連想させる。
(そう、ここ)
 波間に浮かぶ小さな何か。
 ボートに柱を立てて帆を張っただけの、水遊びに使うような船。
 秋のそよ風に翻弄される木の葉のように。
(乗ってるのは二人)
 放り出されては落ち、傾いては持ち直すその小船に乗っているのは。
 幼い少女。
 もう一人、少女に良く似た顔立ちのまだ娘と呼んでも差し支えないほど若い女。
 二人は必死に船にしがみつき、足を踏ん張っている。
 ひときわ高く持ち上げられ、深緑の波に舟ごとぶつかって―――――

 意識は、白くはじけた。

                    #

 少女は、はっと顔を上げた。
 薄い紗のカーテンがかかった窓から西日が差し込んでいる。考え事をしているうちに眠りこんでしまったらしい。
 すでに公式式典用の純白のドレスに身を包んでいた彼女は、枕代わりに頭の下に敷いていた腕を恐る恐る持ち上げた。
 絹の手袋に少ししわが寄ってはいるが、この程度なら自然に消えるだろう。軽く息をつく。
「またあの夢……」
 あれは一体誰の記憶だと言うのか。
 少女のいる部屋は大陸一、二を争う大国アレクサンドリアの王女私室。そんな場所で居眠りをする者などほかにはいない。つまり、彼女は王女だ。
 王女として生まれ、城からめったに出ることなく育てられた自分に、あのような恐ろしい思い出などあるはずがないのに。
 そのはずなのに、あの夢はやけに現実味を帯びて恐怖感さえも胸に残すのだ。
「誰かが助けを求めているということなのかしら……それとも予知夢?」
 声に出してみて、思わずくすりと笑う。
 魔術と呼ばれる不可思議な力を自在に操ることのできる者はそう多くはない。彼女自身その才能があると言われて訓練はしているものの、だからと言って夢にどんな意味があるのかなどわかりはしない。
「わたくしが考えても仕方のないことね」
 呟いて窓を開け放つ。
 吹き込んだ風が彼女の丈なす黒髪をふわりとなでて過ぎる。
 窓近くに止まっていた白い鳥が何羽か、突然飛び立った。窓を開ける物音に反応したのだと思い至ってぼんやりその行方を見送っていた少女は、次の瞬間かすかに顔をほころばせた。
 くれかけて茜色に染まった空の彼方から、彼女が待っていたものが飛来するのが見えたからだ。
 繊細ながら豪奢なつくりの劇場を抱えた空飛ぶ乗り物。
 劇場艇だ。
 艇に従い時には羽を休めながら飛んできた鳥たちが、今しがた窓辺から飛び立った鳥たちと合流して城の裏手に回っていく。
 今日は彼女、アレクサンドリア王女ガーネット・ティル・アレクサンドロスの十六回目の誕生日。毎年この日には母とともに隣国リンドブルムからやってくる劇場艇の芝居を見るのが恒例行事となっている。
「そろそろ行ったほうがいいかしら」
 王女はこれから始まる華やかな宴に似つかわしくないきりりとした表情を浮かべた。

 チャンスは今日この日限り。

 しくじれば、次はない。

                    #

 彼は、落ち込んでいた。
 楽しみに、楽しみにしていた劇場艇での観劇。
 この日のためにこつこつとお小遣いをためて買った二枚のチケット。
 せっかく喜ばせようと思っていた大好きなおじいちゃんが死んでしまって。
 けれどそれなら形見だけでもと、生前祖父が身につけていた手袋をはめて観劇に来たのに。
 チケットは、偽物だった。
 子供だと侮られて偽物を売りつけられたらしい。最近多いのだと、チケットブースのおじさんがこぼしていた。
 ぶかぶかの帽子とだぼだぼのズボン、といういでたちはまさに小さな子供。自分ではそれほど幼いつもりはないのだが、どう見ても一人で出歩く年には見えないらしい。
 とぼとぼ歩いていた彼だが、ふと見やった張り紙にこんなことが書いてあった。

“チケットはないけど芝居は見たい、というアナタ! 陽の落ちる頃尖塔前広場に集合!”

 ……はっきりいって胡散臭い。
 でも、芝居は見たい。
「……お金は正直に払ったんだもの。これであきらめて帰ったらおじいちゃんに笑われちゃう」
 一人呟いて、彼は路地の奥の尖塔を目指した。
 広場には先客が三人。
 いや、三人と言うべきか一人と二匹と言うべきかは知らないが。
 とにかく個体数にして三。
 ねずみの亜人の少年とぽわぽわ頭のてっぺんのぽんぽんが可愛らしいモーグリと。
 走ってやってきた彼だったけれど、一瞬躊躇した。何故かって、亜人の少年に見覚えがあったからだ。
 表通りを劇場艇を見上げながら歩いていたら、何かにぶつかって転んでしまった。そのとき荒っぽい捨てぜりふとともに去っていった少年。
 Uターンしようとした彼だったが、彼が少年の視界から消える前に、少年が彼を見つけてしまった。
「お、オマエもチケットないの?」
 意外に気さくな調子で話しかけられ、つい言わなくていい事まで言ってしまう。
「買ったチケット、偽物だったの」
 はっと口を抑えて相手の様子をうかがう。てっきり馬鹿にされるかと思っていたのだが、亜人の少年は嫌そうに眉をひそめた。
「いるんだよなー。そーゆー馬鹿が。子供やら貧乏人と見るとハナからなめてかかって、まともな態度とりゃしない。いいぜ、おれはパック。おれが見せてやるよ」
「ぼ、ぼくビビって言うの」
「おっけー、ついて来いビビ!」
 言うが早いか、パックはそばに立てかけてあった梯子を抱えて尖塔の中に走っていった。そのまま器用に梯子を持って、尖塔の上へ出るこれまた梯子を上っていく。
 屋根の上に立ったら、なんだか頭がくらくらした。
 パタパタ傍らを飛んでいる二匹のモーグリの翼がうらやましい。
「おい、早く来いって! 始まっちまうぞ!」
 パックの急かす声が聞こえる。
 ああ、彼はもうあんなに彼方にいる。
 高いところはニガテなんだけれど。
 芝居は見たい。
 何とか恐怖を振り払って、彼らは観劇席に乗り移った。

                    #

 ごろごろごろごろ、雷のような音がする。
 居眠りをしていた彼は、起き上がりざまにひとつあくびをして壁の時計を見やった。
「やっべ!」
 飛び起きて手早く身繕いをし、廊下に飛び出す。
 ごんごんいう音は劇場艇のエンジン音。
 彼は今リンドブルムで人気の劇団、タンタラスの役者の一人である。
 麦わら色の金髪と青い瞳、いかにも若い娘に好まれそうな甘い顔立ち、猫を思わせる身のこなし、とまあやたら素質に恵まれた少年。
 すごい勢いで廊下を曲がり、驚いた劇団員がすれ違った拍子に楽器を落としそうになった。
「おっと」
 ひょいと、受け止める。
 手ではなく、尻尾で。
 そう、何故か彼には尻尾がある。いや、「なぜか」というのは間違っているかもしれない。この世には尻尾のある人間なんてごまんといるのだから。
 同じような種族のものには出会ったことはないが、まあそれはそれ。
 尻尾があること自体はさほど珍しいことではない。
 それはさておき。
 小言を言われる前にさっさと逃げ出し、目的の部屋へ。
「あっれえ?」
 来たはいいが、真っ暗。
 勝手知ったる部屋の中、暗闇の中をたいして苦労もせずに壁の燭台までたどり着き、灯りをつけた途端。
「誰だ!」
 鋭い誰何の声が飛ぶ。
 何だ隣にいたのか、と納得。
「オレだよ、ジタンだよ」
 お気楽な調子で名を告げると、隣の部屋から男が三人、飛び出してきた。
 整った顔に一筋ひどい傷跡の残る背の高い男、ブランク。なんとも平凡な、けれど人好きのする雰囲気の、マーカス。そしてゴブリンのようだとよくからかわれている(悪気はないのだ)シナ。
 見知った顔を見て、ジタンも笑顔を浮かべる。
「遅かったじゃないか」
 言って軽く小突いてくるブランクに応じる。
「悪い悪い、ちょっとな」
 居眠りしていたとは言えない。
「ボスは?」
「いんや、まだ来てないずら」
 首を振ったシナの言葉が終わるか終わらないかの瞬間。

       バタ―――――――ン!!

グルオオオオアアァッ!


 なんと言うか、わざとらしい雄たけびとともに妙な仮面をつけた大男が部屋に乱入してきた。襲いかかってくるのを、四人で迎え撃つ。
 動きはそれほど速いわけでもないのだが、さすがの馬鹿力。
 ジタンはいいかげん嫌になり、一気に距離を詰めて愛用のダガーで仮面に斬りつけた。
「いぃいい痛えぇ―――――――!!」
 顔を押さえてうずくまる大男。
 足元には真っ二つに割れた、仮面。
「おお、おまえら少しは手加減しやがれえ」
 本気で痛かったらしく半泣きで怒鳴る男にかろうじて答える。
「なに、いってんだよ、いちいち、こんなバカなこと、するから、だろ」
「そうだ、だいたい、その仮面、劇の小道具じゃ、ないのかよ」
 そう、いつものことだ。この男の悪ふざけは。
 息も絶え絶えに口答えするジタンとブランクに、男―――バクーは満足そうな目を向けた。
「おう、しゃべれるようになったか。腕上げたじゃねえか。ガハハハハ!! うーし、作戦会議すっぞ!」
 四人の恨みがましそうな視線がこたえているのかいないのか、飄々と身を翻す。
 彼には何を言っても無駄である。四人は頭を振ってバクーに続いた。


「さぁて、まぁ大体は頭に入ってると思うが、念のためにな」
 そう言ってバクーが広げたのは、アレクサンドリア城の見取り図。階段のつながりから警備の居場所、時間帯まで細かく書き込んであるもの。
 なぜ劇団員がこんなものを持っているかは置いておいて。
「まずは普通に芝居をする、と」
 バクーが椅子にふんぞり返ると、マーカスとシナが言葉を継ぐ。
「ちょっとやそっとのことが気にならないくらい盛りあげるッスね」
「主役のマーカス次第ずら」
「がんばるッス! で、この後はアニキとジタンさんの出番」
 ……ちなみにいつもは専らジタンが主役をはるのだが、今回の彼らの目的に即した役目を果たすのに、彼が最も向いているだろうと思われたので、この配役と相成った。
「俺がブリ虫で城の奴らを混乱させて……こら、暴れんな!」
 ブランクがあたふたと不細工な虫をお手玉する。
「その隙にオレがガーネット姫を誘拐してくる、と。それでいいんだな」
 ジタンがにやりとする。
「楽しみだな。アレクサンドリア始まって以来の美姫ってか。見逃すテはないよなあ」
「ジタンさん、悪役みたいッス」
 マーカスに突っ込まれ、頭をがっくり垂れた。
「突っ込むな突っ込むな。コイツの女好きは病気だ」
 さらに垂れる。


 そう、彼らは芝居をしに来たのではない。
 彼らの目的はこの城の王女。真珠色の肌に、濡羽玉の黒髪。黒曜石の瞳に珊瑚の唇を持つ、その名のとおり宝石のごとき姫。
 ガーネット王女をこの国から連れ出すこと。

 実は彼ら、盗賊団である。
 けれど劇団というのもまた嘘ではない。普段は本当に芝居で生活しているから。
 ややこしいが、彼らは法を犯しておきながらも、決して悪人ではないのだ。


 高価な誘拐劇が、今、始まる。








|| INDEX ||


あとがき。
FF9は大作ですにょ…久々にどっぷり浸かったFFでした。
7,8とあんまりファンタジーっぽくなかったから…SFも好きではあるんだけど。
なにより主人公明るいのがいいです。
9以外に明るいっつったら…5のバッツくらいか。
でも別にデフォルメじゃなくても良かったと思うのですよ。8頭身でもさ。
そういえば、ムービーシーンやけにジタンだけ浮いてましたね。
4頭身なのに顔だけリアルだから(笑)。
身のこなしとかかっこよくて、あれで8頭身だったらマジで見惚れますね。