その日、世界が変わった。
 一人の少年の幼い憧れから始まった旅。
 今となっては、ずいぶん昔のことのように思われるけれど。




とある午後、駅にて





 港町パーム。
 十年前、世界中の話題を独占した冒険者ジャスティンの生まれ育った町。
 十年前のあの日、世界のありようが大きく変わってから、この町も例に漏れず、ほかの町と同じような形で発展してきた。港は大きくなり、鉄道の路線も増えた。人口は膨れ上がり、そして何より、さまざまな種族の移民を受け入れてきた。
 かつて「世界の果て」と呼ばれていた壁も、今では「果て」でなく山脈や川と同じようなものとして認識されている。
 そんな世界で、鉄道技師の多いパームの町からは毎月列車の車両や部品が輸出されていた。仕事の内容は十年前と大して変わらない。ただし、量が圧倒的に違う。「壁」の向こうでは未だ鉄道が完備されているわけではないのだ。おかげで工場の技師たちはてんてこ舞いの日々を送っていた。
 今日は、月に一度の受注の日。
「おう、来たなガンツ」
「こんちは」
 片手にノートを抱えて駅に現れた青年に、そろそろ中年にさしかかろうかといった操縦士が一人、列車の上から帽子を振り回して見せた。
「もう港には行ってきたのか?」
「いや、今回オレはこっちだけ」
「そうか。おまえ聞いたか?」
「何を」
 ニヤニヤして身を乗り出してきた男を見上げる。
「いや、それがな」
 遠くで汽笛が聞こえる。
「きょ」

「どぉおいてえぇぇっ!」

「どわっ!?」
 突如響いた高い声とともに、何か小さなものが構内へ走りこんできた。……かと思うと、すごい速さで列車によじ登り、あっという間に見えなくなってしまった。
「……なんだあ?」
 男二人はあっけにとられてぽかんと口をあけた。
「……あー」
 先に立ち直ったのは年かさのほう。
「思い出すなあ。……なんかそっくりじゃねえか、いまの」
「何の話だよ」
 遅れてようやく立ち直った若い方の男――――ガンツが呆然と尋ねる。……いや、実はまだ立ち直っていないらしい。目の焦点があっていない。
「……あー、だからさ、ジャ」

「フィイイイイオォオオオッッ!!」

      ガタ――――――――――ン!!
 たった今のちいさな男の子――――声から察するに、おそらく――――に勝るほどの勢いでまた誰かが駆け込んできた。
「船ン中で何度も何度も何っっ度も言っといただろうが! だいたい俺の目をごまかそうなんざ、百年早い……って、あれ?」
 固まってしまった二人の視線を受けて、突入してきた男が、首をかしげる。
「あー……男の子、入ってこなかった……?」
「ジャスティン!」
 いくらか抑え気味の、今度は若い女の声。
「みつかった? ここに入ってきたのは間違いないと思ったんだけど……」
「あー……いや、まだ」
「おう、ジャスティン、久しぶりじゃねえか!」
 操縦士の言葉に、ガンツは仰天して目をむいた。
 ……確かにジャスティンである。背がずいぶん高くなり、精悍な印象にはなったものの、十年前の面影はしっかり残っている。さっき言いかけたことは、ジャスティンのことだったのだろうかとふと思った。
 当の本人は気づいたのか、懐かしそうに操縦士を見上げた。
「ああ、兄ちゃん! ……って、もうおっちゃんか。十年だもんな、十年!」
「うるせい。……しっかしおまえ……でかくなったなー……チビだったのになァ」
「そうかな? 自分じゃあんまわかんないんだよね。誰かと比べるわけでもなし」
「でかくなったよ。ガンツといい勝負じゃねえのか?」
 突然水を向けられたものだから、彼は言葉を発せずに、ただ目を白黒させた。ジャスティンがのけぞる。
「ガンツ―!? 髪の毛あるからわかんなかった! 生えたのか!?」
「アホかあぁっっ!! 剃ってたんだ、あれは!」
「あっはっは、わーかってるって」
 手をひらひらさせながら軽く応じる彼に、我知らずぐったりする。
 ……なんというか、変わってない。まったく。
「ちょっと、ジャスティン」
 会話が終わる気配がないと思ってか、外にいた声の主が入ってきた。まっすぐでさらさら音のしそうな翡翠の髪を高く結い上げた、かなりの美女である。
「ああ、フィーナ。どっちみちここしか出口ないんだから逃げられやしないさ。操縦士のおっちゃんとガンツ。よく世話になったんだ。いろいろと」
「いろいろと、ね」
 フィーナは最後の言葉の意味を正確に読み取ったらしい。苦笑している。
「おほっ! なんだジャスティン、嫁さんか? ってことはなんだ、さっきのガキはおまえの子か!」
「そうだよ」
「でえー……」
 てらいもなくうなずくジャスティン。ガンツはなんとなく嫌な予感がした。
「すげえ美人じゃねえか。ガンツー、おまえもそろそろガキの一人でもつくらんか?」
 ……そら来た。
「ほっとけ。それよりジャスティン、子供を捜しに来たんじゃなかったのか?」
「ああ、ほらあそこに」
 ジャスティンが指差したほうをつられて振り向くと、彼に良く似た赤毛の頭がちょこんととびだしていたが、ひっこんだ。大人たちの会話に好奇心が抑えきれなかったらしい。急いで引っ込めたようだが、丸見え。外見だけでなく、その性格までしっかり父親似の子供にジャスティンが苦労するのは因果応報といったところか。




 列車から引きずり出されてもなおじたばた暴れる我が子を、涼しい顔で片手で抱えるジャスティンを見て、操縦士は笑いをこらえることができなかった。
「大変だなあ、おい」
「まあね。一番手がかかるのがこいつだから。二人はスーが連れてってくれたし、あとの二人はプーイを追っかけてたからもうウミネコ亭についてる頃だろ。しばらくいるつもりだから、いろいろ話しような。行こ、フィーナ」
「お騒がせしました」
 空いている手を振って、ぺこりと頭を下げて、ちいさな旋風を思わせる家族はとりあえず帰っていった。
 残された二人はしばらく黙っていたが、やがてその沈黙も操縦士のやけにしみじみした声で破られた。


「十年で五人……?」







--END.




|| INDEX ||


あとがき。
あはははは。実は旧知の人がびっくりしたりいろんな反応をするお話って好きなのです。
十年で五人も子供つくったんか、ということよりも五つ子もしくは年子の双子と三つ子かなにかだろうということにひたすらおどろいてみたり。
あの細いフィーナのおなかに何人も…私としてはそっちのほうがびっくりです。
「フィオ」は女名じゃないのかというツッコミは不可。関係なんてないさあ!