みなで食卓を囲むこと、それを習慣なのだとようやく認識できるようになった頃、朝食の席で。
発端は、トリスのこの一言だった。
彼の笑顔と彼女の危機と
「そういえばね、アメル、背中のアザなくなってたのよ」
「あふぁふぁ?」
朝から趣向の凝らされた料理を、これまた起き抜けだとは思えないほどの勢いで口の中にほおばったままでマグナは顔を上げた。
向かいに座るアメルが少し間を置いてからうなずく。
「ほうふぁんふぁ……ひひ、ひへはほんはあ」
「わからん」
咀嚼しながらなおも言葉を続けようとする弟弟子にネスティが眉をひそめた。
「食べるかしゃべるかどっちかにしろ、マグナ。行儀が悪いぞ」
「ふぁ~い」
「でも、どうしてだろうね?」
皿の上のレタスをフォーク一本でたたもうと四苦八苦しながらトリスが首をかしげる。
「……うーんと」
アメルは忙しく動くひじに当たって落ちそうになったトリスのグラスをさりげなく卓の中央に移動させてから、慎重に口を開いた。
「たぶん……あのアザは、天使の力の名残だったんじゃないかと思うんです。羽を持っていた痕跡で……力が消えたからアザも消えたって、単純な理由だとは思うんですけど……」
「僕の身体にあった機械部と同じようなものか」
ネスティが嘆息して天井を仰ぐ。融機人であった彼もまた、生還の際に人としての生身の身体を得て戻ったから。だから、同じ状況にあった彼女も。至極まっとうな推測だ。
アメルは曖昧に微笑んで水を口に含んだ。
本当は少し違うのだけれど。あのアザは、天使アルミネが召喚兵器にされたときにできた傷。あそこからクレスメントの一族は機械を彼女の身体に埋めこみ、そしてあの場所から彼女の意思は遥か夢幻の彼方へと追いやられてしまった。
しかしもちろん、その事実は誰にも告げるつもりはない。すでに充分に苦しんだ目の前の優しすぎる、大好きな人たちにわざわざそんなことを聞かせる気などなかった。
「ま、アメル気にしてたもんね。きれ~いに、消えてたよ。ほんと」
言ってトリスが片目を瞑る。アメルは苦笑してうなずいた。
「気にしてもしかたがないのはわかってたんですけどね。自分じゃ見えないから、余計に気になって」
彼女の声に、マグナがぴくん、と反応した。
「……そういえばさ、アメル」
「はい?」
下から見上げるようにして向けられる視線に不穏なものが混じっているのに気づいているのかいないのか、彼女ははしばみ色の瞳を丸くしてぴょこんと頭を揺らした。
傍らではトリスとネスティが会話に加わろうとする気配すら見せずに黙々と食事を続けている。
……二人は気づいたらしい。つきあいの長さは伊達ではないということか。
「自分じゃ見えないのにどうして背中にアザがあること知ってたんだ?」
「ああ」
彼女は細い指を頤に当ててしばらく視線をさまよわせていたが、やがてぽん、と手を打ち合わせた。
「最初に指摘してくれたのはリューグだったと思うんですけど。お風呂入ってたときに、これなんだ? って……」
「風呂?」
「ええ」
「そう。……風呂、ね……」
「……マグナ?」
なんだか妙な空気が流れ始める。トリスは自分のぶんの皿を持って部屋の隅に移動した。いつもならそんなトリスの行動をはしたないと叱る兄弟子も、黙って彼女に従う。
「……あの……?」
うつむいてくすくすと笑い出したマグナにさすがに異変を感じて、アメルは目を眇めて周りの様子を探り――ガタン! と派手な音をたてて立ちあがった。
「あああ、こ、子供の頃の話ですよっ? そう、こどものっ!」
「うん、だろうね」
低い笑い声をたてながら紫紺の頭がゆらり、ゆらりと近づいてくる。
逃げようと思ったときにはもう遅かった。
がし。
「っ!」
腕をつかまれる。
声にならない悲鳴をあげるも、逃してくれようはずもなく。
「……とりあえず、覚悟しといてな?」
最後通牒とも聞き取れる台詞。
「何をですかぁっ!!」
やたら爽やかな笑顔には、絶叫で返すことしかできなかった。
その脇では、
「アメルのアザは不可抗力だとしても、君のひざ小僧から擦り傷が一向に減らないのは何故なんだろうな……」
「……なんで知ってんのよ、ネス」
などという会話が交わされていたとかいないとか。
--END.
|| INDEX ||
あとがき。
エセマグアメ。
着替えイベント(笑)で、「傷跡みたいに見えた」という主人公ズの台詞から思いついたネタなんですが。
資料集とか全然持ってないんで、設定とかわからないんですよね…うむむ…
ま、いいでしょこのくらいなら捏造しても(笑)
なんだかマグナがブラックっぽいですが、個人的にはネス兄のほうがブラック度は高いと思ってます。
マグナの基本は阿呆なのほほん系でよろしく~。
そしてごめん阿呆な話で。
ちなみにマグナの冒頭の台詞は、
「アザが?」と、
「そうなんだ……気に、してたもんなあ」です~。
てか3番外編。大樹の化身かよ…力消えたんじゃなかったのかヨ…!(ツッコミ)
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