卓の上に、白があふれている。
一口に白といっても、受ける印象は様々だ。純白だけでなく、うっすら青みがかったもの、黄みがかって見えるもの。あちらは透明感が目を惹くけれど、こちらの塗りつぶしたかのような均一さもなかなかどうして捨てがたい。
空はよく晴れて青く高く、だから室内でもそれぞれの特徴を子細に観察することができた。
「知識では知っていたつもりだけど……さすがにこれだけ揃うと壮観ね」
見ているだけでもわくわくしてきてしまう。彼女は感嘆の息をついて、目の前に広げられた光景に見入った。
平織、綾織、繻子織に、中には複数の織を組み合わせ、華やかな地模様を浮かび上がらせるものもある。織だけではない、素材も厚みも複数のものを取り揃えてあった。綿、麻、絹、毛。中には一見しただけではわからないものも含まれていて、ただわからないだけで見覚えはあるから、それらはおそらくレネギス由来の技術になるものなのだろう。
「シオンの希望は白だったでしょ? それと、紳士向け見本と。とにかくありったけ持ってきたわよ」
「こっちはレースの見本帳」
「助かるわ、ありがとう。ラギル、フィアリエ」
昼下がりの居間で、女たちは朗らかに顔を見合わせた。
先日。改めて結婚式を開きたいという話をしてから、早ひと月以上経っていた。主役は夫婦、つまりシオンとアルフェンなのだけれど、友人たちに相談したら皆予想以上の盛り上がりを見せて関わりたがってくれた。今日は都合のついた女性陣だけで集まって、主に衣装についての話し合いである。
中にはおよそ改まった場には向かないのかもしれないような、素朴な風合いのものも混じっている。しかし見本を持ち寄ってくれた二人は、それらを最初から除外することはしていなかった。たくさんの中からとにかく好きに選べるということだ。特別な日のためというのを差し引いても、こんな機会は滅多にない。なんという贅沢だろう。
「これはあくまで見本だから。今日のうちに候補をいくつかに絞ってちょうだい。本決めは仕立屋で、反物を実際に当ててからになるけど……」
「ええ、大丈夫。ちゃんと時間を作るわ」
笑顔はそのままに、シオンはラギルに向かってうなずいた。
四角い布の端だけを、紐でまとめた生地見本に手を伸ばす。まずは目星を付けることからだ。ほんのちいさな端切れからでも、得られる情報はたくさんあるのだから。
手触りは着心地に直結する。軽やかにしたいのか、それとも重厚にしたいのかで、厚みも慎重に吟味しなければならない。青空の下で映えることをいちばんに重視するとして――当日はきっと快晴だと今から信じている――それなら光沢がどんなふうに出るのかも気にかけておきたい。
「ううん……これか、それともこれ」
おおまかな完成形はすでにきちんと決めてあった。形があるなら、あれこれ迷うことは実はない。合いそうなものを選ぶだけでいいのだ。
素材と番手違いで薄手のものを数種類。美しいが単調かつ規則的な織目を見て、フィアリエが目をしばたたかせる。
「あら、平織ばっかりね。ほかにも凝った生地がたくさんあるけれど、それでいいの?」
「そうね、生地から意匠を考えるならこれとか……これもいい。でも」
手早くめくって指し示した他の見本は、いずれ劣らぬ洒落たものだった。
花の地模様が光の加減でちらちらと揺れて見え、目を楽しませてくれる。それらであったなら、軽やかなブラウスにでも仕立てるのがいいだろう。共布でリボンタイもあしらいたい。目の覚めるような赤いスカートと合わせて、となると隣に立つ彼にはどういう恰好をしてもらいたいか――
そこまで夢想して、シオンは慌てて彼方へ飛びかけた意識を呼び戻した。今はそういう場面ではないのだ。
「でも、ね」
咳払いして誤魔化してみたものの、何やら頬が熱くなっている気がする。やたらに察しのいい二人はにんまりと口許を緩ませてこちらを見ていたが、具体的に言及してくることはなかった。気を取り直して選んだ見本の表面を撫でる。
「デザイン画は見たでしょう? あの雰囲気で、なおかつ屋外となると……平織以外は太陽の下で主張しすぎる気がするのよ」
たとえばかつてペレギオンで見たような、飾り硝子の下であったなら。とりどりの色が複雑に降り注ぎ、荘厳な雰囲気だったあの場所でならば、負けないように繻子織のほうが向いているだろう。たっぷりと襞を取った長いスカートに、透けるレースを豪奢に重ねて。
そういうのも決して嫌いではない。むしろ大好きである。それはそれで体験してみたい気もするが、ひとまず今回思い描いているのは別のものだ。
「確かに、こっちのほうが光り方がやわらかくていいのかも。だったら……フィアリエ、レースは」
「待ってました! 私も使えそうなものをかき集めてきたわ。気に入るものがあるといいんだけど」
友人が嬉しそうに差し出してくれたそれは、意外にもシオン自身にも見覚えのあるものだった。
まったく同じというわけではない。ないが、研究所暮らしだった頃、せめてもと差し入れられた見本帳と基本のつくりが同じだ。
頁の一枚一枚に、繊細なものから素朴なものまで、一定の規則性を以って丁寧に固定してある。単に薄く向こう側が透けて見えるだけのものから始まり、幾何学模様、植物、動物の意匠まで。題材ごとに製本され、きちんと体系化されていた。レネギスでは家によっては縁起を担いで婚礼の儀式に用いる象徴を定めているところもあるから、そこに配慮したものなのかもしれない。
こちらのほうは、もっと迷ってみるつもりはあった。
あったのだけれど、あれもいいこれもいいと気を取られながら、その実しっかり心を決めていたのか。シオンはたいした時間もかけず、目的の意匠の頁までたどりついた。糸の番手やひとつひとつのモチーフの大きさ、何をどこを強調しているのかはそれぞれやっぱり違うから……ああ、迷うことはないがこれと定めるのにはもう少し時間をかけたいかもしれない。
「この中で……ええと」
「ただいま」
人差し指をレースに向けようとして、彼女は聞こえた声に振り返った。
とたとたと木の床を踏みしめる、自分よりも少し重めの足音。帰宅した夫は居間の入り口からひょこりと銀色の頭をのぞかせ、そして、破顔した。
「ああ、そういや来るって言ってたな。いらっしゃい」
「こんにちは、アルフェン」
「お邪魔してるわよ〜」
フィアリエが軽く目礼し、ラギルはひらひらと手を振った。二人に笑みを返して、灰青の瞳がシオンをとらえ細められる。ただいま、ともう一度ちいさく呟いて廊下に引っ込もうとしたアルフェンを追った。壁に隠れたところで軽く口づけを交わす。おかえりなさいと囁けば今度は額にやわらかな感触が降ってきた。
衆目から隠れて触れ合うのはもう慣れたものだ。一瞬の接触だがひとまずの満足を得る。
「じゃ、俺は庭で作業してるから」
「ああ、ちょっとだけ待ちなさい」
「んん?」
こういうとき彼は、女性ばかりの場にのこのこ混じろうとはしない。気遣いなのか本当にもともとの目的があったのかはしれないが、そのまま外に出ていこうとするアルフェンをシオンは反対方向に引っ張った。腕を取り、たった今までいた部屋の入り口に再び立たせる。
以心伝心。心得たもので、そこにはラギルが生地見本の束を手にしっかり待機していた。
「え、なに? シオン」
「じっとして」
あらかじめ目をつけておいた二、三枚を見本から引き抜く。鎖骨のあたりに色をあててみるが、近すぎては全体の印象はよくわからなかった。
「アルフェン、これこのまま持って固定しておいて……そう、動かないで」
少し距離を取ってためつすがめつする。血色がよく見えるか、それともくすんでしまうか。肌や髪の質感と生地の厚さ、織が違和感なく調和するかも重要だ。
彼に何が似合うのか、シオンはもちろん把握しているけれども。先ほど選んだ自分用の生地との兼ね合いもある。当然妥協するつもりはなかった。
「ラギル、見本の十七番と二十五番、いい? フィアリエ、レースの……そうね、とりあえず七十九番」
「はいはーい」
「レースも合わせてみるの?」
「え、なんでだ」
いかにも優美な薔薇の模様まで当てられて、アルフェンは眉尻を下げている。
安心してほしい、彼にレースを着せようとは思っていない、今のところは。単に組み合わせの妙を確かめたかっただけだが、口には出さないでおいた。また離れたところから眺める。
「うーん……だいたいこんな感じかしら?」
「ええー……なにー……」
何って、単なる生地合わせだ。それ以外の意味などない。意図は読めているのだろうに、なんだか微妙な表情をしている夫が面白かった。
「はい、もういいわよ。好きなことしてらっしゃい」
持っていた見本をまとめて引きとり、ぽんと肩を叩いて向きを変えさせ、背中を押す。引きずり込まれ凝視され、挙句に用はすんだとばかりにあしらわれれば納得いかない部分もあるのだろう。
「何なんだよ、もう」
首だけ振り返って少し踏ん張って、手のひらに体重を感じるが。押し返されるほどの勢いはなかった。ぐいぐい押し続けていれば、やがてあきらめたのか彼は頭を掻きかき玄関の扉から外に出ていった。
「お待たせ。さて、続きをしましょうか」
居間の中央まで戻り、腰に手を当てて宣言する。友人たちからはきゃあ、と控えめな歓声が上がった。今のははしゃぐ場面だったのだろうか。どうにもわからなかったが、なんだか彼女らの反応に悪い気はしなくて。
三人は視線を合わせると、弾けるように笑った。
アルフェンは、思ったより遅くまで外にいたようだった。
帰途につくラギルとフィアリエを庭の端っこから手を振って見送って、そのまま黙々と。日もくれた頃に香草を何種類か摘んで戻って、食事のち入浴、そして就寝。最近ではすっかり板についた健康的な生活の習慣だ。
「なんだ、まだ見てるのか」
水の気配がすぐ近くまでやってきた。一応のこと雫が垂れないように気を遣ってくれてはいるらしい。しかし頭を拭く手つきはがしがしと乱暴だ。黙って視線を送れば、彼はいったん止まってからばつが悪そうな顔で手拭いを被った。
「綺麗なレースだな。…………シオンが着るんだよな?」
「当たり前でしょう」
変な危惧はまだ残っていたらしい。長椅子の隣に座られて、重みで座面が沈む。かたむいたぶん上半身を預ける形になったが、シオンは気にせず夫にもたれかかった。夜はまだ肌寒いから、風呂上がりの体温が心地いい。
「まだ全部が本決まりなわけじゃないけど……気に入ったから、レースはこれにするわ。合うように細かいところを調整しなきゃ」
「ふうん」
ひととおり髪を拭き終わったアルフェンが身を乗り出し、卓に開かれていた見本に手を伸ばした。シオンのそれとは違う武骨な指だけれど、繊細なものを丁寧に取り扱うことにかけてはきちんと信頼がある。編み目を指の腹でたどる仕種はやさしいものだった。
「この花なら俺でもわかるよ。薔薇か」
「ええ、そう」
「カラグリアの遺跡でシオンが選んだ服。……あれも薔薇の模様だった」
「そうだったわね」
レースを撫でていた右手が戻ってきた。膝の上に投げ出されていたシオンの指を絡めとる。慈しむようにゆったり揺らす。
彼女はちいさく笑って、彼の肩口に額を摺り寄せた。
「薔薇は好きよ」
「そうか」
「棘があるけど、薔薇は好き」
「うん……」
それほど深刻に考えていたわけではないだろう。けれど返す声にはどこか安堵の響きがあった。
シオンは長らく、<荊>と名付けられた現象に悩まされていた。
いや悩まされていたどころではない、はっきりと憎悪していた。己の平穏な生活のみならず、周囲を傷つけ遠ざける。得体の知れない昏いものが、世界さえも覆わんと蠢いていた。いつこの躰を喰い破って外に現れるものかと、遠いか近いかの違いだけで必ずその日はやってくるのだと、ずっと恐ろしくてたまらなかった。
彼女がどれだけ苦しんでいたのか、彼はつぶさに知っている。だから少しだけ、そう少しだけ憂いを見せるのも無理はないのだろう。
「あなたは当然知ってるでしょうけど。レネギスにはね、花は咲かないの」
花どころか、緑すら少なかった。街中に最低限の彩りを添えるため、人工的に管理栽培された街路樹が並ぶだけだった。それ自体は自然物のはずなのに、どこか無機質な光景だった。
ダナに降りてその景色を知れば、かつての故郷がどれだけ不自然だったのかはすぐにわかった。でも生まれたときからずっと身を置いていた環境だ。その中にあったときには、何の違和感も覚えるはずがなかった。
「ああ……わかる。研究所なんて余計だよな。レネギスの本来の用途を考えれば仕方ないのかもしれないが」
緑色っていったら、たまーに食事で出る野菜くらいしか見なかったよなあ。
嘆息とともに吐き出される記憶は、苦いものを伴っているだろう。それでもあくまで思い出話といった体で語られたから、シオンは自然に相槌を打った。
「私も同じよ。だから花なんて、記録でしか知らなかった。薔薇も最初に見たのは図鑑の中でだったわ」
棘を持つ植物。なるほど荊とはここから名を取ったのかとすぐに理解できるほど、図録の中の花は鋭い棘を備えていた。
「似てるとは思ったのよ。だからずっと本物を見てみたかった」
「それで花屋の前で立ち止まったのか?」
「……よ、よく覚えてるわね……」
「そりゃもう」
まさか覚えているとは思わなかった。得意げに言うアルフェンには悪いが、忘れていてほしかったような。――いや、こんな些細なことも大切に抱えていてくれるのが嬉しいと喜べばいいのだろうか。
俯けば、至近距離でやさしげな笑い声が漏れた。覗きこんでくるまではしないので、大目にみてやることにする。大丈夫、大丈夫、シオンの頬よりもそこを押しつけたアルフェンの上腕のほうが温度が高い。顔が赤くなったりはしていないはずだ。たぶん。
あれは初めてメナンシアを訪れたときのことだ。金砂の猫からの連絡を待って、偵察と暇つぶしも兼ねてヴィスキントをそぞろ歩いていたときのことだった。
街角で花を売る店は、住人にとってはなんてことのない光景なのだろう。咲き乱れる花をじっくり眺める人もいれば、ちらりとも視線をやらず急ぎ足で通り過ぎる人が居た。売り子は朗らかで、そーっと、そっとですよとしつこく言いながらも花に触れさせてくれた。仏頂面ながらも興味を示すシオンに色々説明してくれた。あの頃の彼女は人や動物に触れることはできなかったが、花が相手であれば何ら問題はなかった。
売り物の薔薇は棘が除かれていていて、茎にぽつぽつとその痕を残すのみだった。
いやそこはさして重要ではなかったのだ。惹かれたのは葉の花びらの、隅々まで通う瑞々しさ。花芯から漂う芳香は蜂蜜にも似て、甘く頭の芯を痺れさせた。しっとりとやわらかく、確かにそこに在る命の気配はシオンを魅了してやまなかった。疎ましいなんて、もちろん微塵も思わなかった。
昼間わざわざ言わなかったけれど、実は気づいていたことがある。見本帳から薔薇の意匠を選んだシオンを見て、ラギルとフィアリエは一瞬視線を交わした。
あの二人とは旅の道中について、それほど込み入った話はしていない。したことがない。それでもシオンの事情はある程度知っていたし、何しろやさしい人たちだ。本当にそれでいいのかと、質すことも少しは考えただろう。
ただシオンは敢えて何も言わなかった。だって単純に好ましいから選んだのだ。当然のようにおすまし顔を崩さない彼女をして、二人はならばそれでいいのだろうと、呑み込むことにしてくれたようだった。
「式の頃はちょうど薔薇の季節ね」
顔をあげてみると、目が合った。手を動かせばすぐに解放してくれたから、軽く頬ずりするにとどめてもう一度レースの見本を卓から取り上げる。
「どうせなら飾りつけの花を薔薇尽くしにしようかなんて話も出て」
「ああ、なんか楽しそうだったな。服……いや、むしろまだ布? の話で随分長いこと盛り上がってると思ったら、それだけじゃなかったのか」
「あら、盗み聞きは行儀が悪いわよ」
軽く眉を顰めると、アルフェンは慌てたように少し身を引いた。
「聞いてない、聞いてない! いや笑い声は聞こえたけど、内容までは……」
「冗談よ」
長々とこだわることはせず、シオンはあっさりかぶりを振った。
そもそも聞かれて困るような話はしていない。……まあ、二人にはちょいちょいアルフェンとのことでからかわれはしたが。そういうときは得てして声をひそめるものなので、庭にいた彼にまで届く心配はまったくない。はずだ。
「だいたいあなたね、布の話だなんて他人事みたいに言うけど。今度仕立屋に行くときは一緒よ、忘れてないわね? 半日は覚悟しておきなさい」
「は、半日? そんなにかかるもんなのか」
「かかるわね。一から仕立てる礼服だもの。採寸もきちんとしてもらわないと身体の線が綺麗に出ないし」
「そういうもんかあ……いや、でも一生に一度のことだから」
アルフェンは素直にうなずいた。
彼は自身の装いにさして関心を払わない。不格好ではないかとシオンに意見を求めてくることはあるものの、ときに着心地や機能性も忘れているのではと思わせられることがある。実際に比べてみれば違いは理解できるらしいが、要は圧倒的にそういった経験が足りないのだ。
シオンの買い物につきあう様子はそれなりに楽しそうではあるので、あれこれ見立てる時間が苦痛というわけではなさそうだが――それでも気疲れしてぐったり長椅子に沈む姿が今から目に見えるようだった。
労いの言葉くらいは先にかけておこうか。そう思って口を開きかけたシオンはしかし、そのまま固まった。
たった今思い描いたものとは裏腹の、心底嬉しそうな笑みをアルフェンが浮かべたからだった。
「……シオンの花嫁姿、絶対にきれいだ。楽しみだな」
「あっ、あなただって」
「うん?」
甘い声音に急に心臓が飛び跳ねる。散々聞いているはずなのに、いつまで経っても慣れない。そわそわと胸が騒いでわけもなくむず痒くなる感覚も、そう、いつものことではある。
反射的に抱きしめてしまった見本帳を、彼女は慌てて持ち直した。これは借りものなのだ、傷めるわけにはいかない。端が曲がっていないか慎重に確認して卓の上に戻す。
持つものがなくなると変に手持無沙汰になった気がした。もじもじと両手の指を絡めていると、続きを促されるように髪を梳かれる。
「あなただって、きっと素敵よ。…………私も、楽しみ」
「精進するよ」
精進? 精進なのか。
何をどう、とは思ったけれど。やわらかく腕の中に囲われれば、細かいことはどうでも良くなってしまった。とくとくと互いの鼓動が聞こえる。
少し陰になった青い瞳の中、銀色が混じりこんでぐうと距離を詰めてきた。
「……ねえ、アルフェン」
「どうした?」
口づけの合間に交わす声はささやかだ。でもどんなにちいさくても聞きのがすことはない。だってめいっぱいにくっついているのだから。
はあ、と吐き出す吐息が熱いのにも頓着はせず、シオンはうっすら微笑んだ。
「式の前にね、一度、あの景色を」
「景色?」
「レナとダナの、薔薇の」
それだけで察したらしい。アルフェンは喉の奥を震わせた。背を撫でる手のひらがやさしくて、うっとり身を任せる。
「ああ、そうだな。俺も一度見ておきたい。一緒に行こう」
「ん」
額に頬に、落ちてくる熱が心地よい。厚い肩に腕を滑らせて瞼を閉じた。
薔薇は好きだ。
紙に印刷された花は、美しかった。その棘は荊を連想させるものに違いなかったのに、奇跡みたいな造形美と鮮やかな色合いは、望みもしない実験続きの日々の中で確かに慰めになっていた。
遺跡でみつけた花の意匠は、美しかった。頼りない薄衣とは違う。いささか物々しい甲冑も含めてこれこそがおのれだと、これでいいのだと鏡の中の自分に向かってうなずいた。
生まれて初めて触れた生きた花は、美しかった。馨しかった。このときばかりは余計なことを何も考えずに済んだ。人の手で育てられ摘まれそこにあっても、あの花はあの瞬間輝かんばかりに生きていた。
そしてまたいっぱいの薔薇を身に纏って、大切な皆の笑顔とともに。晴れの日に、自分は唯一の人の隣に立つのだ。
あの日。
紅と青、それぞれに淡く染まる花びらが風に舞っていた。薄闇の中痛々しく咲き乱れていたレナの命の花は、晴れ渡った空の下で、こここそが正しい居場所だったのだと主張しているかのように見えた。
閉ざされた視界に、ちかちかと。明滅する光は、似てはいないのにあの日の景色を思い出す。
ぶっちゃけ光沢の綺麗なサテンもおおいにありだと思ったんですけど(ちな綾織はアルフェンのジャケットとかズボンのほうに使いそう)個人的にあの場面のシオンには平織のやわらかいシルクを着ていただきたかったので文中表現こうなりました(一息)
考えてもさっぱり結論出ないけど、ダナとレネギスの間でどれくらい物資やりとりしてたのかが謎なんですよね。正直レナたちの衣食住をまかなえるだけの資源をレネギスで自給自足できるかっつーたら…無理では? っていう。いやなんか、完全自給自足やでって表現どっかで見たはずではあるんですけど。いやでもさ。食料にしろ生活必需品にしろ工芸品の類にしろ、ダナが労働して生み出してレナがそれをほぼ根こそぎ奪っていくって構図だったぽいし、じゃあダナに降りたレナはすごくいい暮らしができた的なあれなのかな。レネギスのほうは実情ギリギリとか。星舟は領戦王争のときしか出さないよって言ってたけどホンマか? ふつうに物資はレナに送ることも実はあったんでないの? 的なことも思ってた。ほらレナ人は知らなくてもヘルガイムキルとかさ。けどもわからん。
なので(?)フィアリエが持ってたレース見本はさりげにダナ人が作ったやつだと思って書いてます。職人はダナにもレナにもいるけどなんだかんだ確保できる算段があるから見本持ってきた、そんでなんならフィアリエは下層出身と言いつつさりげにおされしてるのでレースとか集めてそうだな、コレクション提供してくれたりもすんのかなとかまで考えてしまった。妄想が暴走する。
シオンの戦闘服も花嫁衣装も薔薇モチーフなのは、まあ身も蓋もないこと言ってしまうと荊の女ってことでメタ的に着せられてるんでしょうけど。それはそれとしてシオンの性格を考えれば、選べる状況でなら自分の身につけるものは好きにするはずなので、薔薇が嫌いなら手が出るわけもない。つまり敢えて選んでるってことよね…という結論に達しました。憎い荊を連想させる花、けれど自分自身とも切り離せない、増して新たな思い出(レナの青いのとか決着後咲き乱れてた花園とか)ともなった花。
なのでこの後の人生でも薔薇モチーフの服とか小物とかに囲まれて上機嫌なシオンは普通に観測できそう。んでアルフェン含む周囲もそれを見てなんとなく安心というか、納得していそうなそんなアレ。でした。たぶん。
あーあとあの世界の花嫁衣裳って白が定番でいいのかなとかシオンちゃのドレスがあのデザインなのは単純にカジュアルめにしたかったからだろうけどそれはそれとして胸の下で切り替え…切り替え…お腹をしめつけないため(何重もの意味で)ですか? とかなんかそんなこんな色々考えてた。
推しカプの結婚式を公式で見せられるとやはり頭の中がぐわーっとかき混ぜられますね時間経っても戻りませんありがとうございます。もう書いてて自分で訳わからなくなってきたので終わっときます。