観察眼には、けっこうな自信があるつもりだ。
 だからそれは、気休めではなく、慰めでもなく、もちろん気遣いなどでもなかったのだけれど。




観測、希望





 陽のあるうちに移動してしまうには少しばかり無理のある距離の旅路の途中、野営の準備も一段落したころ。自分に割り当てられた役目――周囲の様子見ついでの水汲み――を済ませて手持ち無沙汰になった彼はなんとはなしに同行者たちをぐるりと見回してみた。
 銀髪の女性はすでに腰を落ち着けて本のページを繰っていた。唯一以前からの顔見知りだった娘は荷物の整理に余念がない。桃色の髪の幼い少女は無心に得物の手入れをしているし、見かけによらず繊細な作業が得意らしい熱血少年はいそいそと食事の準備をしている。
 そして。
 中央に組んだ薪から少し離れた木の下では、出会った頃と変わらない無表情で彼女が静かにたたずんでいた。
 おそらく疲れなど微塵も感じていないのだろう。話すどころか、食べる、寝るといった生きるための最低限の行為さえも必要でないらしい身には、ひたすら歩きつづけるのも苦にならないはずだ。
 見た目はそう変わらないってのに、ここまで違うもんかね。
 少女の隣で淡い翼の光を顔に受けながらも、そんなことに気をとられる余裕もないほどへばっている銀髪の少年の姿をとらえて、彼は薄い唇をかすかに歪めた。
 もちろん、何故彼女がそうなってしまったのかは知っている。状況が違えば自分も同じめにあっていたのだと思えば、けして他人事で片付けられるものでもない。
 愛らしい顔だちなのに、だからこそ、何の感情も映さない瞳は作り物めいた印象を見るものに抱かせる。生きているということに間違いはないのだから、触れればおそらくその頬はやわらかくあたたかいはずなのに。じっと眺めていると、視線を感じたのか、ゆっくりと赤い瞳がこちらを向いた。
 しばしみつめあう。表情は、動かない。近づいても、身じろぎすることなくこちらを見返してくるだけだ。殺気を発しているならいざ知らず、ただ無防備にすたすた歩いてくるだけの人間だ。天使の身の安全には何ら影響なし、ということなのだろう。
「…………いないいないばあーっ」
 彼はおもむろに手を上げると、赤ん坊にするように顔を隠してみせた。
「……」
 無言。反応が返ってくる気配すらもない。ただし視線も外されてはいない。めげずにもう一度。
「……いなーいいないばー。いな〜い、いな〜……って、てぇっ!?」
「なにやってんだいこのアホ神子!」
 突如硬いものが降ってきて目の前に星が散った。なにやらこみあげるものがある。ずきずきする頭を押さえながらその場にしゃがみこみ、彼――ゼロスは、眉をつりあげて自分をにらむ娘を見上げた。
「いきなり何すんのよしいな〜。俺さまべつに変なことやってたわけじゃないっしょ?」
「充分ヘンだよっ! コレットは赤ン坊じゃないんだからね!」
 しいなは腰に手を当てて肩を怒らせた。
 なにやらご立腹らしい。変な意味で手を出そうとしたわけでもないし、もちろん馬鹿にしているわけでもなく、ただ純粋に反応を引き出したくてやってみただけのことなのだが。怒られるのは、というか殴られるのは、さすがに理不尽な気がする。
「や、あんまり静かだからさ〜。なんかこう、少しでも反応してくんないかなとかなんとか。思っちゃったりなんかしちゃったりして」
 言い訳がましい響きだが、正直な気持ちだ。こうなってしまう以前のコレットがどんな風だったか、ただ聞き知っているだけにすぎないゼロスでさえ落差の激しさを感じずにはいられないのに。幼なじみだという少年たちの胸にはいったいどれだけの違和感が巣食っているのだろうか。
「確かにね」
 状況に似合わない、笑みを含んだ声が飛んできて、二人は同時に振り返った。見れば、リフィルが口許に手を当てて苦笑している。
「コレットは、ときどきぼんやりすることがあったから。ゼロスじゃないけれど、似たようなことをして、ロイドもジーニアスもよく怒られていてよ」
「うわ、ガキみてえ」
「おまえが言うな!」
 自分を棚に上げて思わずつぶやいたゼロスに、すかさず拳が飛ぶ。余裕の表情で受け止めてから、彼はそれがふたつあったことにようやく気づいた。
「…………ロイドく〜ん?」
「ちぇっ」
 ロイドは悪びれる様子もなく舌打ちすると、捕まえようとしたゼロスの腕をさっとすり抜けて身を翻した。
「先生ならともかく、ゼロスにンなこと言われる筋合いはないってーの。……ほら、コレット。ちゃんと火の近くにいないとダメだろ?」
 言って少女の手をとり、歩き始める。
 そのまま遠ざかる後姿をほのぼの眺めていると、げいん、と側頭部でまた派手な音がした。ひっこみかけていた涙がまた出てくる。
「いやだから痛いってば」
「それについちゃ謝っとく。というか、顔色ひとつ変えてないくせに説得力ないよアンタ」
「いやそれはなんていうかこう、気持ちの問題?」
 いや、確かに痛かったのだが。しかし騒ぎたてて冗談に紛らわせてしまうにはしいなの表情は静かで、なんとなくはばかられてしまっただけだ。
「悪気がないのはわかってるけどさ……あんまり、茶化すんじゃないよ」
 ゼロスは片眉を跳ね上げて隣の娘を見下ろした。
「ロイドが言ってた。きっとコレット、ちゃんと聞こえてるんだって。見えてるし聞こえてるけど、反応が外に出てこないだけだって……あたしもそうなんだと思う。だから」
「わぁってるっての」
 言葉ににじみでる感情の色は、複雑で一目には判り難い。けれどつきあいもそれなりに長いゼロスは、それらすべてを一瞬で正確に読み取って、わずかに笑った。
 彼女が情にほだされやすいたちであるということはいやというほどわかっている。そして、すぐに思いつめて内にためこんでしまうような真面目な――それはゼロスにとっては心地よいと同時に鬱陶しく感じてしまうこともあるのだけれど――性格だということも知っている。それこそ気を軽くしてやろうと気遣った結果、かえって怒らせてしまったこともしばしばだ。
 だがまあしかし、今回は。気遣いでも慰めでもなんでもなく、思ったことを普通に言葉にすればいいだけで、しかもそれは彼女の望んでいるような答えだろうから――いつもこうだとどんなに楽なんだろうな、とそう考えてしまって、思わず頭を掻く。
「ありゃ聞こえてるだろうな。何を言われてるのか、ちゃんと意味もわかってるだろう」
 心と記憶をささげたのだと、言っていた。しかし、それはおそらく正しい表現ではない。内に深くかたく封じ込められて目に見えないだけで、彼女の心は今も生きている。
「だってそうでなきゃ、なんでコレットちゃんは俺らに……ロイドについてくる? 一人でどっか行っちまったっておかしくもなんともないってのによ」
 そして、どうして孤立することなく彼らの中に立っている?
 初めてあったときを思い出す。多少の下心はあったものの、悪意なく伸ばしたゼロスの手をコレットは彼ごと投げ飛ばすという荒業で拒んでのけたのだ。あれから彼女に触れようとしたことはなく、また近づいたからといって拒絶されたことがあるわけでもないけれど、ロイドに手をひかれておとなしくついていく後姿は、天使でも、もちろん人形などでもなく、ごく普通の年頃の少女にしか見えない。
「ま、だからな。そのうち元に戻るって。早くか〜わいい笑顔を拝みたいもんだねえ」
「めずらしくいいこと言うと思ったら……結局ソレかいっ! アンタってやつはもう……」
 決してねらったわけではないのに、笑いながら手を振り上げるしいなの顔は、少し明るくなったようだ。




 少女のこころを護ろうと一生懸命な彼の願いはきっと届くはずなどと。
 気障に、言ってのけてみてもよかったのだけれど。
 今までになく気を張り詰めずすむ場所で、ただ、近いうちに訪れるはずの未来を確信をもって口にしてみた。







--END.




|| INDEX ||


あとがき。
いや、ロイコレ書くつもりだったんですよ。
どうしてゼロスが出張ってるんだろう……。……愛?(えええー)
初期ゼロスは完全に心を許せずに居りつつ、でもやっぱ仲間たち大好きに違いない。

シンフォニアおもろいです〜最低4周はする気まんまんです。逢引逢引(うっわあ)

(2004.03.31)