自分にとっての“当たり前”は、相手にとってはそうでなかったりする。
その逆も、また然り。
ただ、どうにも最近基準が近づいてきているような気は、しているけれど。
日常と非日常
「…………重い」
不機嫌に眉をひそめ、しいなは一人ちいさくつぶやいた。ソファ越しにおんぶおばけよろしく巻きついた男の腕が、正常な血流を阻んでいるような気がする。いや、実際阻んでいる。
肩をいからせてもやわやわと動くだけで離れる気配はない。甘えたがりは容認してやる心づもりで、いかがわしいところに手でも伸ばしてこない限りはまあいいかと思おうとしていたのに。すべてではないとはいえ体重までかけられたのでは、さすがに疲れも感じてくる。
「……ゼロス。聞いてんのかい」
「んあ〜? なに〜?」
返る声に眠そうな気配を読み取って、彼女は無理やり首を回して後ろを向いた。とろんとした瞳がすぐそばにあって一瞬動揺したけれど、すぐにもちなおして唇を尖らせる。
どうやら本当に眠たいらしい。無理のある体勢で、器用なものだ。
「眠いならちゃんと寝な。頃合見て起こしてやるから」
それまでにゃこれの分類も終わってるだろうしさ。そう言って、しいなはぱん、と書類の束を手の甲で弾いた。
忙しいのはお互い様だが、彼女はもともと諜報活動その他に長けた一族の娘だ。効率の良い時間配分も心得ている。最低限だが必要なだけの休息をとった頭は、すっきりしゃっきり、いつもどおりに動いてくれる。
対して妙なところで要領の悪いらしい神子は、もさもさとかぶりを振った。乱れに乱れた赤毛の先も、なにやら動きがゆっくりに見える。半分ほど意識が飛んでいるのだろう、体温は高めで、骨が抜けたようにまとわりついてくる姿は母親に甘える子どものようだ。
しいなは嘆息して、未だ肩に乗っている腕を軽くたたいた。
「……だーかーらー。せめて座りなって言ってるんだよ。ただでさえ妙ちきりんな姿勢して、あんたそのまま寝たら筋違えるよ?」
「んー」
がくがくと揺らされてようやく言うことを聞く気になったらしい。もぞもぞ腕が離れてゆき――そして、やわらかなスプリングが沈み込んだ。
いきなり加わった重力に身体が二、三度跳ねる。落ち着いたところでさて続きだと書類に目を落とすと、大きな手がさっと紙束を奪い去っていった。
「あ!」
追いかけようとしても届くわけがない。束は部屋の隅にまで飛んでいってしまっている。あらためて自分を抱きこんで満足げな吐息を吐き出す男を横目でにらみつけるも、そもそも視線に気づいてさえいるのかどうか。
なにやらやたらと嬉しそうだ。……眠そうなのは相変わらずだったりするが。
顔をすりつけてくる仕種も緩慢で、いつもの軽薄さが微塵も感じられない。
「ゼロス……ちょっと、ゼロス」
呼びかけても最早返るのは「あー」だの「うー」だのと、言葉にならないうめきだけだ。
しいなはあきらめて眉を八の字に下げた。回した手で背中をなでてやると、彼は気持ちよさそうに喉の奥を鳴らした。
猫をかまってやっているようなものだと思えばいいか。
無理やり自分を納得させて、彼女はこっそり苦笑した。
手触りのいい赤毛を指先で梳きながら、ふと考える。
これは、どちらの日常により近いことと見えるのだろうか。
それとも、どちらとも程遠い、非日常なのだろうか。
結局のところ、引きずり込まれて基準そのものはごく近くなってしまっているのだろうけれど。
--END.
|| INDEX ||
あとがき。
短。手すさびかえ。
いやこの後セレスに乱入されて一気に目ぇ覚めて挙句ぎゃーぎゃー騒ぐ…
って展開を思い描いていたのですが、途中で力尽きました。
まあ一番書きたかったのはごろにゃんと甘えるゼロっさんなわけで。
もさもさ首振るゼロっさんなわけで。
目ぇしょぼしょぼさせながらもさもさ赤毛が揺れてるんですよ、それって萌えませんか。
…エ、萌えない?
…………おかしいなあ(おまえがおかしい)
(2004.11.27)
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