懐かしい歌
高い軽やかな歌声。階下から聞こえてきたそれに、ちょうど階段を下りかけていたキールは惹かれたように歌声の聞こえるそちらへ体を向けた。
それは居間から聞こえてきたのかと思ったのだが、部屋に入ると誰もいない。視線をぐるりと見渡すと、窓の外に探していた歌声の主を見つけることができた。
淡い紫の髪を揺らし、嬉しそうに微笑み、青い毛の友人と軽やかなステップを踏んでいる少女。暖かな光の中、髪と同色の瞳を輝かせ、髪を風になびかせ歌い踊るその姿はまるで妖精のようだった。
キールは自然と窓により、その姿に見惚れた。
少女を見ている。ただそれだけなのにどうしてこんなに鼓動が早くなるのだろう。彼女が笑っている。それだけでこんなにも自分は幸福な気分になる。
キールがしばらくぼんやりと彼女を見つめていると、彼女の足元で跳びはねていたクイッキーが一声大きく鳴き、こちらに向かって走ってきた。それに気づいたのか、彼女も踊るのを止めこちらを見た。
キールの心臓が大きく音を立てた。振り返り、こちらを見た彼女の笑顔。眩しいくらいのそれにキールは開けようと、窓の鍵に伸ばした手を思わず止めてしまう。だが、少女はそんなこちらの様子に構いもせずに、窓に駆け寄ってきた。
「キール」
こんこんと窓を叩くその音にはっとして、慌てて窓の鍵を開けた。
「メルディ」
キールは優しい笑みを浮かべ、愛おしい少女の名を呼んだ。
「なあ、メルディ」
夕食後、居間のソファで本を読む自分の傍らでクイッキーと遊ぶ彼女にキールは呼びかけた。
メルディはクィッキーを遊ぶのをやめ、すぐにこちらの呼びかけに答えた。
「なにか?」
「昼間歌っていただろ。あの歌、前も歌っていたよな?」
「そだよー。キール覚えてたか」
少し驚いた表情でそれでもどこか嬉しそうな表情でこちらを見るメルディにキールは小さく頷いた。旅の間にも何度か口ずさんでいたのを思いだしたのだ。
「何か思い入れでもあるのか?」
何気なく訊ねると、メルディが笑顔で言う。
「はいな!メルディが一番好きな歌よー
」
「なんとなく、わかるよ」
メルディに肯きながら、キールの頬が赤染まった。彼女の笑顔のせいか、自分の言葉か、たぶんその両方だ。
メルディはクイッキーを抱き上げ、キールの前に座った。クィッキーの頭を優しく撫でながら、少しうつむいて言う。
「あの歌な、昔……メルディが小さい頃、シゼルがよく歌ってくれた歌よ」
キールは息を詰まらせた。シゼル、亡くなったメルディの母親。
(シゼルが……)
こんな時、なんと言ってやればいいのか……わからない。大学に行って得た知識もこんな時さっぱり役に立たない。ソファに座っているので床に座ってうつむいたメルディの表情はわからなかった。キールはとにかく慰めようとソファから降りて、クイッキーの頭を撫でていた彼女の小さな手に自分のそれを重ねた。
「メルディ」
するとメルディは顔を上げキールと視線を合わせた。
一瞬泣いているのではないかと、心配になったがそんなことはなかった。少し寂しげな、いや懐かしげな想いを含んだ笑顔。
「悲しいことがあったり、楽しいこと嬉しいことがあったが時、歌ってくれた。メルディも嬉しくなって一緒に歌った。そしたら、バリルも歌ってくれた」
「バリルも?」
少し驚いた。なんとなく意外に思えたのだ。根拠はなかったが。
「はいな。あんまり上手くがなかったけどな。バリルはあんまり歌歌いたがらなかったけど。シゼルは一緒に歌ってほしかった。だから二人で歌ったら、恥ずかしそうに歌ってくれたよ」
当時を思い出したのか。メルディはくすくす笑っている。
「いつの間にか、よくメルディ寝てたよ」
「……子守歌みたいなものか」
「バイバ!メルディ赤ちゃん違うよー」
等となんだか的はずれの答えを返すメルディにキールは笑った。そして少し意地の悪い笑みを浮かべた。
「そんなに変わってないと思うけどな」
「どういう意味かそれー」
頬を膨らませ小さく拳を振り上げて見せたメルディの手をキールが掴んだ。
「違うのか?いつもすぐ寝るじゃないか」
「う〜!キール意地悪な!」
「違うんだったら証拠を見せろよ」
にやにやと笑いよく膨らんだ彼女の頬にそっと手をかけた。メルディの頬がさっと赤くなる。
「……キールのいじわる」
「悪かったな」
抱き寄せられたメルディの膝からころりと青い毛玉が落ちたが、影を重ねた二人は気づかなかった。
遠くから聞こえるのは懐かしい歌。
温かな腕、耳に心地いい声。違うのに変わらない。
いつか、シゼルとバリルがみたいに歌えると良いな。
おしまい。
|| INDEX ||
ふひゃー…
か、可愛いです…なんて可愛らしい…
っていうか、キール! キールかっこええ!
そして例のごとく無視されるクィッキー(笑)。
甘いわ優しいわでくらくらきちゃいますーv
うっふっふ螺旋さん、ありがとうございましたv
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