お話しましょう。
それが一番の近道。
急がば回れ。
話を、しましょう。





    お話しましょう






「……不思議な景色だねー」
 アイメンの光を眺めて、呟いたファラに、リッドが顔を向ける。
「何つーか、かたい光だよな」
「うん、そうだね。なんていうのかな、火の明るさとは全然違うよね」
「ま、あんだけ光ってなきゃ、照らしきれねぇよな」
 なんたって、ここはインフェリアと違って暗ぇし、と続けてリッドは一回だけ首を鳴らした。久しぶりにベッドで寝たせいか、身体が妙な感じなのだ。
「そうだねー、インフェリアと全然違うもんね。……あのね、実はわたし興味があるものがあるんだ」
 内緒話のように声をひそめたファラを、こき、ともう一回首を鳴らしてリッドは見る。
「何だよ、興味あるものって?」
「お料理」
 訳もなく、ファラは胸を張った。
「どんな料理があるのかなってすっごく興味あるんだ」
「うめぇもんがあればいいけどよぉ」
 そう言うリッドの眉は寄せられている。ファラは笑い出した。場所が変わっても、リッドの食いしん坊は変わらない、それが無性におかしかったのだ。
「リッドには大変な問題だね」
「舌に合わなかったらオレ、餓死しちまうぜぇ、絶対」
 おどけて、リッドは両手をたらす。
「やだ、それはないよー」
 ファラは吹き出した。
「い〜や、ぜってぇ…………」


 前を行く、笑いあう2人を薄紫の瞳が羨ましそうに見つめていた。
「リッドとファラ、仲良しさん……」
 いいな……。
「クィ……」
 小さな呟きを聞いたのは、メルディの肩に乗るクィッキーだけだ。メルディの少し前を歩くキールは何も聞こえなかったのか、歩調に乱れがない。聞こえていたとしても、興味を持っていないのだろう。
 メルディはちらりとキールを見る。目の前で踊る青い髪。
 うん。
 大丈夫。
 きっと、大丈夫。
「な、キール、メルディたちもお話しよー!」
 後ろから飛びつくようにやってきたメルディの体重を支えきれなくて、たたらを踏んだキールは、はぁっ!? と素っ頓狂な声を上げた。
「なにするんだ! それに、なんだ、いきなり!?」
 言いながらキールは存外強い力でメルディを押しのける。
「いきなりじゃないよぅ! メルディはキールとお話したい、だから、お話しよー!」
 押しのけられたことに一瞬傷ついた表情を見せたメルディだが、それでもほんのわずかな変化で終わらせてしまったので、キールが気づくことはなかった。
「理由になってない。大体、何を話すって言うんだ、話題がないだろう」
「あるよー、なんかあるよぅ。だから、な、キールぅ」
 キールはため息をつく。会話になっていない。
「話がしたいなら、僕じゃなくファラとでも話せばいいだろ? 僕はそれほど暇じゃない」
「メルディがキールと話したい! それに、駅が向かって歩いているだけだよぅ、話ができるよ」
 暖簾に腕押し、ぬかに釘。
 ことわざを思い出してキールはため息をもう一度つき。
 キールはおもむろに歩みを速めた。料理の話で盛り上がっているリッドとファラの横を追い抜き、一直線に駅へ向かう。
 なんだ? とこちらを見てきた2人の視線は無視をした。
「キールぅ、なぁなぁ!」
 メルディはキールの後を追う。
「お話しよーよぅ!」
 メルディはリッドとファラを追い越し、残された形になった2人は顔を見合わせた。
「……ねぇ、リッド」
 リッドは目の前でじゃれ付くメルディをもてあましているキールを眺めながら、返事をする。
「あ?」
「ちょっと、不思議に思ってたんだけど」
「……オレも不思議に思ってた」
 ファラが何を言うのか判っていたのか、リッドの返事は肯定だった。
「キールが思いっきり迷惑そうにしてんのに」
「なんで、あんなに懐けるのかなぁ……」


「なぁ、……なぁ、キールぅ」
 ガウンの裾を握り締めて、上目遣いに見てくるメルディにキールはどうしたらいいんだ、と頭を抱えたくなった。
 アイメンから離れた駅のホームでの話だ。
 いつも以上に自分に構ってくるのは、一体どうしたことなのか。
(思考回路がさっぱりわからない)
 メルディからすれば、ただ他愛ない話で構わないのだが、キールは学士であるために、話というものは意味のあることを話すものだという概念がある。
 意見を戦わせるため、理解してもらうため。そのような考えでいるから、メルディの思考は理解できない。
「だから。ファラかリッドと話せばいいだろ!? 何で僕なんだ」
「メルディは理由言ったよぅ!」
 振り出しに戻る、と、傍で眺めていたリッドとファラが同時に思ったが、キールとメルディはそれに気づけない。
「キールぅ」
 メルディはガウンを握る手に力をこめた。
 父と同じインフェリアの……人間。もう少し、知りたい。
 むっとしている顔じゃなく、怒った顔じゃなく。昨日のように、嬉しそうな顔を見せてほしい。笑った顔が見たい。
 だから、話がしたいのに。
「ガウンを引っ張るな、伸びるっ」
「……まぁまぁ、キール」
 見かねたファラが会話に参加した。
「ちょっとしたことでも構わないじゃない、話してあげなよ」
「だから、何で僕が!」
「メルディはキールと話したいっていってるんだよ? わたしやリッドじゃ駄目だよ」
「それに」
 と、リッドも参加する。
「こっちの話、まだ終わってねぇんだ」
「だから、相手してあげてね?」
 にっこりと笑って、ファラはリッドの傍に戻る。そして、顔を寄せ合い、ひそひそと話を再開してしまった。
(そう言われてもだな……)
 内心慌てながら、ちらりと見ると、メルディは変わらぬ体勢で見上げてきている。
「……う…………」
 キールは汗を流した。
(何を話せというんだ!)
「えーっ、それじゃ」
「わーっ!」
「ならないよー」
 何を盛り上がっているのか、リッドが慌てた声を上げる。一体何を話しているのかと意識を向けると同時に、ガウンが引っ張られて、キールはメルディを見下ろした。
「キールが話したいことでいいよぅ、お話しよ」
「そう言われてもだな、話そうと思って話すものでもないだろうっ」
 メルディは沈黙し。まずい事をいったか? とキールが焦った瞬間、メルディは顔を上げた。
「えっと、えとだな、キールは何が好きか?」
 キールは、はぁ? と声を上げるのだけは何とかこらえた。押し問答はもうこりごりだ。
「……それは食べ物か?」
「んと、なんでもいいよぅ、好きなもの、何か?」
「興味があるのは、セレスティアの技術だな」
 ……セレスティア?
(そうか)
 キールは自分の頭脳に喝采を浴びせたい思いでメルディを見下ろした。
「とりあえず……だ。メルディ」
「はいな」
「言葉を教えてくれ」
 唐突な言葉に、メルディは緩く首をかしげた。
「んと、メルニクス語か?」
「そうだ。例えば……」
 それほど難しい言葉でなくていい。キールは頭を巡らせる。お茶を濁すために出した話題なのだから。
「挨拶はなんと言うんだ?」
「挨拶?」
「……こんにちは、とかだ」
 理性を総動員して、キールは続ける。
(僕が折れるしかないんだろうか……)
 しかし、このままだと、ファラだけでなく、リッドまで口を出してきそうだし。
 ……はぁ。
「こんにちは? それはだな、アンルリ!」
「アン……ル?」
 キールは眉を寄せる。早すぎて、聞き取れなかったのだ。
「アンルリだな! アンルリ、アンルリ〜」
「一回でいい、一回で! アンルリ、か?」
「はいな、アンルリ〜」
「なるほど。それじゃ……」

 結局、お茶を濁そうと出した話題だったはずなのに、思いのほか熱中したキールの姿が駅のホームで見られることになる。

「ありがとーは、ティアエムク ヤイオ!」
「ティ……アエムク ヤイオ?」
「はいな♪ 他、あるかー?」
「後はだな……」


お話しましょう。
判りたければ、話しましょう。
歩み寄りも大事です。
急がば回れ。
話を、しましょう。







                             お話しましょう 終





|| INDEX ||


紫雲英の戯言。
紗那さんのHP「缶詰めおもちゃ」で3000Hit踏み抜いていただいたキリリク小説でした〜v
ちなみにリクは「仲の良さげなリドファラを見てうらやましくなったメルディが無理やりキールに会話を迫る」、というものでした。

そうです、これです!
求めていたのはこの微妙な関係!!(笑)
会話の話題なんてほんとはなんでもいいんですよね。
リッドとファラは幼い頃から一緒にいるし、きっとそういうことちゃんとわかってるから
他愛もない話が苦労なく続くけど、反面キールは…
あああわかるよわかる、どうしても「意味のある話をしなきゃ」って気負っちゃうんですよね!
そんでもって結局めぼしい話題思いつかないから黙ってるのよね!(←あなたはもう黙りなさい)

少しずつ少しずつ近づいていくお二人。
そんでゲーム最後には四人そろってマブダチ(笑)に昇格なのです。

ありがとうございましたーv