微笑みの意味





 極光のフリンジは、想像以上のエネルギーを生み出していた。
 その膨大なエネルギーがセイファートリング、黒体の核の一点へと集束されていく。
 ―――これなら、壊せるかもしれない。
 結果がどうなるかは分からないが、最後の賭けの結果が出る事になる。
「……」
 キールはふと自己嫌悪にかられた。
 自分には何もできない。自分に力があれば、自分に――――――
「ん…ああああああああああああああああ!!」
 メルディの口から漏れる苦悶のうめきが悲鳴に変わる。
 ―――メルディ!!
 周囲に現れる暗く淀んだ『何か』が、メルディの中へと入ろうとする。
 何も出来ないのか。彼女が苦しんでいるのに、自分には何もできないのか。
 自分に極光を操る術はない。ネレイドの呪縛からメルディを解き放てる晶霊術など存在しない。
 自分は無力だ。子供の頃からそうだった。誰かに助けられなければ何もできなかった。
 心の隅でそんな言葉が生まれる。
 ―――そしてまた、何も出来ないのか?
 時折思い出す。まだ子供の頃、子供ゆえの間違い。レグルスの丘。記憶を閉鎖することでしか自らを保てなかった。罪を罪として受け入れる事すらできなかった。
 あの頃のままなのか?

『ずっと一緒に生きるんだ』

 数分、いや、数秒前に彼自身が言った言葉がふと脳裏に甦った。そして、メルディが返した言葉も。

『…ありがと』

 考えるよりも先に、体が動いた。
 優しく、抱きしめる。
 メルディの体が小さく震えた。
 已然、悲鳴は続いている。自分の全存在をかけて無の存在であるネレイドと戦い、その力である闇の極光の力を維持し続けている。
 核は小刻みに震えてはいるが、まだ壊れるような素振りは見せない。当然と言えば当然なのかもしれないが、それがキールには歯痒かった。このまま続けば、間違いなくメルディは――――
「…メルディ」
 自分の声が酷く霞んで聞こえる。
 メルディには聞こえていないかもしれない。だがそれでも、キールはメルディの耳元で優しく囁いた。
 それが僅かでも、メルディの力になることを信じて。
「…頑張れ…そして一緒に帰ろう」
 帰ろう。インフェリアでも、セレスティアでもいい。メルディがいる場所に。
 その時になって、背後の存在に気づいた。
 この場にいるのはキールとメルディだけのはずだ。リッドとファラは姿こそ見えないが対面側にいる。
 だとすれば…
 言い様のない悪寒を感じて―――キール自身としては―――機敏に振り返る。そこにいたのはキールの予想通りの存在だった。
「…シゼル」
 うめく。リッドの極光を受けても、まだ生きていたというのか。
「ネレイドか!」
 ゆっくりと、シゼルの体が近づいて来るのに気づき、キールはメルディを守るように身構えた。
 キールの力がどこまでシゼル、いやネレイドに通用するかどうかは分からないが、守らなければならない。
 シゼルは深くうつむいていてキールがその表情を知る術はなかったが、すうっと近づいて来る。
 歩いているのではなく、滑りこむような動きに晶霊術を行使するための詠唱のタイミングを逸する。
 しまった、と思った時にはすでに遅かった。
 シゼルの手が、キールに向けられる。
「っ!?」
 破壊的な力が襲いくると確信していたキールは、やんわりと横に押されただけだという事に驚きの表情を浮かべる。
 気づけば、メルディも極光を行使するのを止め―――もしかしたら、極光を行使するのを中断『させられた』のかもしれないが―――呆然とシゼルの後ろ姿を眺めていた。
「…メルディ、悲しむな」
 シゼルの言葉。
 優しい声音は、間違いなくネレイドのものではなかった。
 会話の全容は聞き取れない。もしかしたらメルディにも全ては聞き取れなかったのかもしれないが、それでもメルディはそれが『シゼル自身』の言葉であると確信し、泣きそうな顔をしていた。
 シゼルの体が変容し、メルディのそれとは比較にならない規模の極光を行使する。
 直後に核の震えが増大、異音を発し始める。
 ―――マズイッ!!
 キールはシゼルの方に駆け出そうとしたメルディとクィッキーを強引に掴み、抱き寄せる。
 極光のフリンジにここまで絶えた核がついに屈服する。その時の爆発力はまるで想像もつかない。
 爆心から一歩か二歩違うだけで何かが変わるとは思えないのだが、それでも下がった方が賢明だ。
 その時、キールは見たのだ。…恐らくはメルディとクィッキーも。
 そして光は全てを包み込み、彼の意識もその光に飲みこまれて途切れた。


     ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ 


 ―――トコシエニ、オモイアウコトコソ、トモニアルトイウコトナノダ―――
 バリルの言葉。それをシゼルが今、メルディに伝える。
 死す者が、最も愛する存在に伝えるメッセージであるとでも言うように。
「シゼルっ!」
 メルディは思わずシゼルへと駆け出そうとしたが、それを後ろから止める存在があった。
「ダメだ、メルディ!」
 キールの手に腕を掴まれる。振り払う事も可能だったが、次の瞬間彼女が見たものが、全ての動きを中断させていた。
 そして全ては光に飲みこまれていった。


 クキュゥ、クィ! クィ! クィッキー!!
 ―――クィッキーが、呼んでるな…
 メルディは朦朧とする意識を何とか立て直そうとする。
 ―――…、キール、シゼル…
 まず思い浮かんだのは二人の名前と姿。無事なのだろうか?
 いや、そもそも自分自身が無事なのだろうか?
 朦朧とする意識がどうにかまとまりはじめる。
 ―――そだな。まず、メルディが起きるよ。
「…う?」
 まず気づいたのは自分が草の上にうつ伏せに倒れているという事実だった。
 起き上がろうとするが、まるで体がいう事をきかなかった。極光の力を行使した反動か、それとも核の爆発の影響かはわからない。
 中々思い通りに動かない体を叱咤しながら、どうにか顔を上げる。
 視界がゆっくりと定まっていく。
 見なれた景色だ。ここは、アイメンの近くにあるインフェリアのファロース山から光の橋で渡ってきた時についた。古くなった砦。
 ふと、視界に青いフサフサとした毛並みの小動物がいることに気づく。
「クキュ? クィッキ?」
 心配そうに鳴きながら、しきりにメルディの視界を右往左往する。
「…クィッキー」
 メルディが名前を呼ぶとクィッキーは大きく鳴き、メルディの胸元へと飛びこんだ。
 嬉しそうに鳴き続けるクィッキーに目を細めてから、
「クィッキー? キールとシゼル、知らないか?」
 言葉に出してから、ふと言い様のない不安にかられる。
 シゼルは爆発を起こした核の最も近くにいた。
 シゼルは多分、助からなかっただろう。シゼル自身がメルディに語った言葉からそれを悟ったのか、それとも彼女のエラーラがそれを感じ取っているのか。
 恐らく、両方だ。
 そしてキールは・・・
 空を見上げる。空には薄い雲に覆われていて、残念な事にインフェリアを確認する事は叶わなかった。もし、晴れていたとしてもそこにインフェリアがあるとは限らない。セレスティアが無事だと言う事はインフェリアも無事だと言う事だろうが、キールの推測ではすでに二つの世界は別々の物になってしまっている。
 だが、その事は今のメルディには関係もなかった。
 キールがここにいないという理由が、今のメルディすぐに思い当ってしまった。
「キール…インフェリア?」
 呆然と呟く。そう、キールはインフェリアの生まれである。彼の帰る場所は、ここセレスティアではない。インフェリアなのだ。
「ふぇ……」
 確信してしまった瞬間に、涙が溢れてきた。止める術がない。
 キール、キール………
 思わず強く抱きしめていたクィッキーがもぞもぞと動き、強引にメルディの腕の中から抜け出す。
「クキュゥゥ?」
 メルディの涙を困ったように見つめる、クィッキー。
 だがメルディは突っ伏して泣き始めてしまった。
「ひ、一人は、…っ…やだよぅ。きーるぅ…」
 世界を救った事を誇るような気持ちはなかった。
 元々そんな大それた事をするために戦ってきたのではない。
 あの何気ない、暖かな日々を取り戻したかっただけ。
 思い出は少ない。でも、確かに温もりとなって彼女の心に残っている。
 その温もりで、もう一度自分の冷え切った心を癒してほしかった。
 バリルは死んだ。シゼルも死んだ。そしてキールはここにはいない。
 泣き声は、もはや声にはなっていなかった。今まで張り詰めていた、彼女を強く、天真爛漫に見せていたものは全て消え、弱い自分だけが一人この場に残ってしまった。
 取り残された少女に、孤独を消す術はない。
 ほとほと困り果てているようなクィッキーは、何かを感じ取ったかのようにその場で振り返り、小さく鳴きながらトテトテとメルディの元を離れていってしまう。
「……?」
 怪訝そうにメルディが顔を上げ、クィッキーの後ろ姿を眺める。子供の頃から、メルディに何かがあるとメルディの側を離れずにいてくれた小さな親友は、メルディを気遣うような視線を一度メルディに向けるが、石を積み上げられて造られた大きな壁の向こうに消える。
 そして、小さな鳴き声とは別に見知った声が聞こえてきた。
「クィッキー!? メルディもいるか!?」
 はっと、驚愕の表情を浮かべる。今の声が、自分の空耳でなければ……
「クィッキー!!」
「ちょ!? クィッキー!? ま、待て! 待てってば!!」
 クィッキーが猛スピードでメルディの元へと戻ってくる。
 メルディはクィッキーを受け止めてから、食い入るようにその石の壁を見つめていた。
 壁に手をつきながら現れたのは、青い髪を持つ見知った青年。
 キール。
 キールは左足を庇うようにして歩きながらメルディに近づいていく。
 あまりにも驚いたらしく、表情は呆け、涙は止まってしまっている。
「メルディ。無事だったか…ケガはないか?」
 そういって手を差し出してくる。
 男性にしては白く、細めの手。
 そのままメルディが呆然としていると、キールは怪訝そうに眉根を寄せた。
 クィッキーがメルディの回りを忙しなくくるくると回っている。
「…メルディ? 立てないのか?」
 キールはそう呟くとメルディの前に方膝をついて、メルディを助け起こす。
 されるがままに立膝をついた状態まで起こされると、目の前に深い青の瞳があった。
「……きー……る?」
 呆然と、目の前にいるキールの顔を眺める。
 そのまま、また呆けた表情で動かない。
 キールはやや心配そうに、
「メルディ、本当に大丈夫か? 極光で疲れたのか? ここに降りてきた時に頭でも打ったのか? それとも―――――」
 キールの言葉が不意に止まる。
「メル、ディ?」
 それは、彼女の両手がキールの顔に触れたからだった。ひんやりとした感覚に心臓が今までとは全く違う大きな鼓動を始める。
 頬が若干紅潮しているキールの目の前で、メルディが口を開いた。
「きーる……だな?」
 その問いに、キールの表情すら少し呆けたものになる。
「……は?」
 キールは表情はそのまま今の問いを頭の中で反芻した。
 問い。だろう。恐らくは。語尾が上がっているし。
 だが、内容が理解できなかった。キール自身に対し「キールか?」と問うとは、いったいどう言う事なのだろうか?
 「きーる」という単語を数個並べてみる。インフェリアではキールというのは帆船などの船の下部にある骨組みの重要な部分を「キール」というが、他にキールという単語で表されるものをキールはしらなかった。
 ―――セレスティア語では?
 キール、キール………
 残念ながらキールの記憶にはなかった。セレスティア語については、セレスティアについてから度々語学や晶霊学などをかじってはいたが、それでも分からない。
 ―――いや、待てよ。インフェリアのレオノア百科辞典に……
 混乱を始めるキールに対して、それでもメルディは問いを続けた。
「キール、だな」
「…何を言ってるんだ? メルディ? しっかり――――」
 この頃には、メルディの表情は呆けたものではなかった。どこか必死で、すがるような表情。不安で不安でたまらない。
 孤独に怯えている、少女の本当の表情だ。
「ここにいるのは、キールだな!? メルディが知ってる、キールだなっ!?」
 頬に触れていたメルディの手は、いつの間にか、キールの服の胸元をきつく掴んでいた。
 震えている。彼女の体が、唇が、そして両手が。
 その時になってキールは漠然とだが、メルディの問いの意味を少しだけ理解した。
 落ちつかせる為に、優しい声音で答える。
「ああ、そうだ。キールだよ。キール・ツァイベルだ」
 何かに怯えていたような表情が、また呆けたものに戻る。
 そして……
「お、おい?」
 キールの目の前で、それは今度は泣き顔に変わっていった。綺麗な紫の瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ始める。
 メルディが一度大きく息を吸うのが分かった。
「キールゥッ!!!」
「うわぁぁぁぁぁ!?」
 力を失っていたはずのメルディの突進に、キールはあらがう術もなく後方に倒れる。
 幸い頭は打たなかったが。元々自分の知識の領域で事が運ばないと不機嫌になるタチだ。
 何とか上体を起こしたときにはキールはやや怒った表情を見せていた。怒声の一つでも浴びせようと、声を荒げようとする。
「メルディッ!! 一体何のつも――――」
「きーるっ! キールッ!! キール!! きぃーるぅぅ!!」
 が、自分の体にしがみついて震えているメルディの姿を見て、怒りは一瞬で消え、また怒声もどこかへと消えていった。
「いなくなったと思ったよぅ! インフェリアンだから! キールはインフェリアンだから、インフェリアに帰ったと思ったよぅっ!!」
 天真爛漫な面だけを仲間に見せ、決して弱い面は見せなかった頃のメルディの姿はそこには無かった。
 激しく泣きながら、キールにしがみつく。キールはそれを黙って聞いているしかなかった。
 それでもやはり、体力が残っていないのだろう。一分もすると叫ぶのをやめ、ただ囁くように胸元で呟いている。
 ただ一つ、変わらないのはキールの服を掴む手。
「………きーるぅ……帰らないで、ここにいて……きー……」
 キールは、困ったように、躊躇するような表情を見せていたが、何かを決心したかのように息を小さく吐くと。
「……あ」
 温もりに包まれたメルディから吐息が漏れる。
「……一人になんかしない。絶対にしない」
 紅潮する頬を隠すようにメルディの耳元で囁く。ただし、互いの鼓動が確実に早くなっている事は、どちらもが気づいているだろうが。
「言っただろ。ずっと一緒に生きるんだって」
 強く抱きしめる。メルディの体は、思ったよりも細かった。細すぎて、折れてしまいそうにも思えた。
「…はいな、ありがと。ありがとな。キール」
 またしゃくりあげ始めるメルディを抱え上げる。体のあちらこちらが悲鳴を上げる。特に左足首は痛みを素直にキールに伝えてくる。
 いつの間にか、辺りは暗くなっていた。体力を失っているメルディを休ませなければいけない。そして自分も。
 痛みに小さく表情を歪めながらも、キールは砦の寝室へと歩みを進めていた。

 所々が痛んだ寝室。一つのベットに二人の姿があった。
 キールがメルディを後ろから抱きしめるような形で座っている。当然の事キールは困ったのだが、そうしなければメルディは寝つくどころか、泣き止む事さえできそうになかった。
 やっと、メルディの嗚咽が止まった時だった。
「……もう大丈夫か?」
 キールがそう呟いてメルディから離れようとする。
 ぐっ!
「…………」
 それを、メルディがキールの服の裾を掴んで阻んだ。
 キールの何か言いたげな視線に、メルディが振り返り懇願するような視線を向ける。
 紫水晶の瞳が涙で潤み、部屋を支配する弱い光ではかなく輝いていた。
 「う」とキールがたじろぐ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…分かった」
 当然、屈服したのはキールだった。苦しすぎないように、でも寒く無いように抱きしめる。
 本当ならすぐに離れたい気分だった。もちろんそれはメルディが嫌いだというわけではない。
 自分が体を動かすたび。メルディが体を動かすたびに。自分の腕の中にいるメルディの存在を認識して、自分がどうにかなってしまいそうだった。
 そんな孤独な戦いをしながらも、キールは細心の注意をはらっていた。メルディの心が不安定な事には違いない。今、彼女の近くにいるのは自分だけだ。
 助けたい。支えになりたい。苦しいほどに思うのだ。これほど他者のために何かをしたいと思う事は初めてではないだろうかと、思うほどに。
 そんなキールの心境を知るわけがなく、クィッキーはメルディの膝の上で気持ちよさそうに寝息を立てていた。
 メルディは手触りのいい毛並みをなでながら、
「なぁ、キール?」
「…なんだ?」
「シゼルが、事だけど……」
 メルディの体が小さく震える。
 何を思い出したのか。自らに向って何のためらいも無く攻撃をしてきたシゼルの姿が、シゼルとの激しい戦いか、それとも最後のシゼルの姿か…
 キールは言葉を発する変わりに少し強くメルディの体を抱きしめた。
「……シゼルが、闇の極光つかって、『カク』を壊したあとの、シゼルが顔。見たか?」
「…………」
「…キール」
「…ああ、見た」
「…どう……見えたか?」
 少し重い沈黙が流れる。
 キールが、その沈黙を壊す。
「……笑っていたな」
 メルディが頷く。
「シゼル、前も同じふうに笑ってた気がするよ」
 その言葉は暗くはなかった。かと言って明るくもなかったが。
「………そうだな」
 キールの呟きに、メルディが怪訝そうな表情で振り返る。
 シゼルの過去を知らないはずのキールの言葉としては、とても不自然な気がしたからだ。
 その表情を見返して、キールは少し自嘲気に微笑んだ。
「僕の母親も、よくああいうふうに笑っていた。母親の笑みなのかもな」
「母親、の、えみ」
 メルディがおうむ返しのように呟く。
 キールは小さく頷いた。そう。最後に見たあの笑みは、死を覚悟したとか、そういうものではなかったように思える。
 愛してやまなかった娘への愛情の証のように見えた。
 もちろんそれは推測だ。本人がいない今、それを確かめる手立てはない。
 でも、そう信じたい。信じても、いいと思う。
「じゃぁ、シゼルはシゼルだったな」
「………ああ」
 最後の最後で、シゼルは本当のシゼルだった。そう。それだけは事実だ。
「おかーさん、かぁ」
 メルディはそう呟いて、ぐし、と鼻をすすった。
「さ、メルディ。もう寝よう。明日になったらアイメンに向って出発―――」
 ぐっ!
「………わかった。ここにいる」
 まだ掴んでいたのか…とキールがしぶしぶもとの位置に戻る。
「……あ、なぁキール?」
「ん? 何だ?」
「足、大丈夫か?」
 メルディは今になって、キールが左足を引きずっている事を思い出した。
「ん、あ、ああ。大丈夫だ。問題ない」
 途端にキールがばつの悪そうな表情でそっぽを向く。
「爆発が時にケガしたのか? ちゃんとおーきゅーしょちしたか?」
 心配になったのだろう。ぴょんっとベットから降りてキールの左足を診ようとする。
 セレスティアに降りた時にはクレーメルケイジにはすでに大晶霊達の姿は消えていた。
 したがって今、彼らのクレーメルケイジには治療用の晶霊術を使うことができる晶霊は存在しない。それでもケガの頻度だけでも診ておいたほうがいいだろう。
 だが、
「いいって、やめろっ」
 どうにかして診ようとするメルディに対して、キールが強引に左足を引っ込めると、メルディが小さく頬を膨らませた。
「…なんでか〜」
「そ、その……自業自得だからだ」
「?」
 キールの言葉の意味が分からず、メルディが小首を傾げる。
「だぁぁぁっ!」
 キールは少しの間、頭を押さえてうめいてから少しうつむいて話し始める。
「ぼ、僕は砦の下にある小さな海岸にいたんだ。で、すぐにメルディを探そうと思って上に昇ろうとしたんだけど………」
 なんとなく理解できたのか、怪訝そうな表情が消えていく。
 それに反比例して、キールの顔が赤く変化していく。
「この辺りの海岸は岩が多いんだっ! だから足を挫いたんだよっ!」
 そう言い終える頃には、メルディは肩を震わせていた。口元から漏れるのは笑い声。
 キールは自分の顔が真っ赤になった事を自覚した。上ずった声で喚く。
「わ、笑うことないだろ!! これでもメルディを心配してっ………!!」
 そう喚くと、メルディは堪えきれなくなったらしくついに笑い声を上げ始めた。
「…キール、「相変わらず」。だな」
「〜〜〜っ!!」
「…でも、ありがとな。キールがいなかったらメルディ、ダメだったよ」
 そう言って、ニッコリと笑みを浮かべる。
 ―――やっと笑ってくれた。
 それは、シゼル城に入りこむ前から見せなくなっていた、綺麗な笑顔だった。


 言いたい事は山ほどあったが、今はこれでいいと思う。
 彼女の微笑みを見られただけで、僕には十分だと思えるのだから。
 手放す事になってしまったものも山ほどあったが、それを探すのはまだ先でいい。
 それはまだ消えていない。どこかに確かに存在するのだから。
 存在するかぎり、それを再び得る事は可能だ。
 可能なのだから…せめて今日は難しい事を考えるのはやめて、彼女の側にずっといよう。







--END.




|| INDEX ||


紫雲英の戯言。
…ふはあv
キルメル落下直後…やはし二人は一緒にセレスティアに落ちてるのがベストですよね!
核が破壊されて、四人がそれぞれの方向に吹っ飛んでいったとき、ほとんどの人が
「ああ…あ〜あ〜…でもま、それが一番いいのかな」と思ったのではないでしょか。
最後の離れようとするキールに無言の訴えをするメルディと、「キールがいなかったらダメだった」の
台詞にメロメロ…vv

ありがとうございました〜!