笑顔のきもち
コンコン。
「キール、夜食持って来たよ。」
ここ数日のキールは、やけに忙しい。家に帰ってきても、ろくに食事もとらずにずっと部屋に篭りっきりだった。
「あぁ、ありがとう。そこ置いておいてくれ。それと、先に寝てていいぞ。」
本から視線をそらさず、キールは急がしそうにページを繰っていた。
そんなキールを心配そうにメルディは見ていた。今に始まったことではないが、やはり体の事を考えると心配だった。
「……無理しないでな……」
キールの邪魔にならないように、そっと夜食を置いて部屋を出る。
忙しいのは仕様がないと判っていても、やはりかまって貰えないのは寂しい。
いつの間にか足元に擦り寄ってきたクィッキーをそっと抱き上げ、メルディは廊下の壁に寄りかかった────
朝になり、メルディは自分の肩に毛布が掛かっているのに気がついた。テーブルについて考え事をしているうちに眠ってしまった
のだろう。
「あれ?毛布?」
半分寝ぼけた状態で、辺りを見回すと、キールがソファーでコーヒーを飲んでいた。
「おはよう。だめじゃないか!ちゃんとベッドで寝なくちゃ。」
少し怒り口調ではあったが、心配してくれているのが判っているので嬉しかった。
「あれ?キール、今日は早いな。どうしたか?」
「昨日の調査が一区切りしたんで、今日はその現場に行ってみようかと思ってるんだ。
だから、3日間くらい留守になるが、メルディ一人で大丈夫か?」
「え!?今日行くのか?明日じゃだめなのか?」
突然の話に、メルディは面食らった。昨日だってろくに寝ていないだろうキールの体が気がかりだった。
「どうしても、今日行って確かめたいんだ。ごめんな、勝手言って。」
「メルディがことは心配ないよ!ただ、キールがことが心配。キール昨日も遅くまで起きてて、全然寝てない!」
「ありがとう。でも僕は大丈夫だ。最近は大分体力もついてきたことだし。」
出逢った頃に比べて、キールも随分逞しくなっていた。
「ホントに大丈夫か?」
心底心配そうにキールを見上げると、そっと頬に暖かい手が被さってきた。
「そんな顔するな。平気だって。」
「うん・・・」
暖かい温もりが、心地よかった。
キールが出発してから3日目になるが、キールは一向に帰って来る気配がない。流石にメルディも不安になってきた。
居ても立っても居られず、メルディはキールの研究室に行ってみる事にした。チームの人ならキールの居場所位判るだろう、そう思った
からだ。
だが、そこで聞いたのは予想外の答えだった────
「アレ?、メルディじゃないか。どうしたんだ?キールと一緒に行ったんじゃないのかい?」
研究室を覗くなり返ってきた返事がこれだったのだ。
「メルディ知らないよ。キールがこと聞きたいのはメルディの方。キールどこ行ったか?」
────ここにくれば居場所が判ると思っていたのに・・・
「それが、判らないんだ。キール、3日間休みをとってるんだよ。てっきりメルディと骨休めにでも出かけるのだろうとばかり思っていた
のに・・・」
チームメイトの答えに愕然とした。てっきり仕事で出かけたものとばかり思っていたのに、自分の知らない間に休みを取っていたとは・・・
呆然と立ち尽くすメルディを慰めるかのように、慌ててチームメイトは、
「大丈夫だよ!あいつがメルディを悲しませるような事できるハズないじゃないか!」
「はいな・・・。」
よろよろと研究室を後にするメルディを見送ったチームメイトは、“まずい事を言ってしまった!”と、かなり落ち込んでいた;
キールの事が信じられない訳ではないが、自分に休みを隠してまで行った場所とはどこなんだろう────
メルディはソファーの上でひざを抱えて考えていた。
不安がぐるぐると頭の中を駆け巡る。
“なぜ?どうして?”その言葉が頭から離れなかった……
辺りはすっかり暗くなっているのにの関わらず、明かりもつけずにいた。嫌な考えは止まらない。
ふいに玄関のチャイムが鳴った。
ボーっとしていたメルディだったが、チャイムの音に我に返り、玄関へ駆け出していた。
急いでドアを開けると、そこにはボロボロになったキールが立っていた。
「バイバ!キールどうしたか!?」
「ごめん、話は後だ。とりあえず、風呂に入らせてくれ・・・」
キールがお風呂に入っている間に、メルディは急いで食事の支度をする。
聞きたい事は山ほどあったが、あの様子だとお腹がすいているだろうし、その後でも聞く事はできる。
お風呂から上がり、すっかり落ち着いたキールは、テーブルの上に自分の好物がそろっていることに驚いた。
メルディの方を見ると、複雑な表情をしていたのが気になったが、とりあえず食事が先決だ。
キールにしては珍しく、ご飯をかっ込んで食べていた。よほどお腹がすいていたのだろう。
メルディはそんなキールがおかしくて、くすくすと笑い出してしまった。
自分の様子を笑われてしまったが、メルディが笑顔を見せてくれた事にホッとした。
食事が終わり、キールは事の始まりをゆっくり話し始めた。
キールは荷物の中から、手のひらに収まるような小さな石を取り出した。
「コレ、何か?」
「メルディ、この前話してた事覚えてるか?」
「……?」
何の事かさっぱり判らない様子を見て、キールは苦笑した。
「ファアリーストーン。」
「フェアリーストーン!?」
数日前、キールの読んでいた本に、フェアリーストーンという石の説明が書いてあったのを、思い出した。
───フェアリーストーン 別名、『祝福の石』。光の加減で七色にも見える石。宝石とまではいかないが、それなりに価値の
あるもの。昔は結構産出量も多かったらしいが、今となっては、見たものは少ない。───
「キレーな石だな。祝福の石なんて、メルディ見てみたいよ!」
キールの読んでいた本に書いてある挿絵を見て、メルディはうっとりと眺めた。
「こんなの迷信に決まってるさ。」
興味がないといった感じで、キールはそっけなく言った。
「信じていれば必ず幸せになれる!メルディ信じるよ!」
顔を真っ赤にして力説しているメルディに対して、キールはちょっとムッとした。
「メルディは、そんな石の力を借りなきゃ幸せにはなれないのか?」
「そんなことないよ!メルディ今とっても幸せ。でも、この幸せを壊したくないよ・・・。
だから、その石持ってれば、ずっと幸せでいられるような気がして・・・。」
「バカだな。そんな石に頼らなくても、幸せは逃げていかないさ。」
さっきまで元気だったのが、急にしゅんとしていくのを見て、キールはメルディの肩を優しく抱いて、諭すように言った。
「キール・・・ありがとな」
頭を肩にそっと預けて、メルディは幸せそうに微笑んだ。
「キール、もしかして、メルディが見たいって言ったから探してきてくれたか?」
紫水晶のような大きな瞳に見つめられ、キールは真っ赤になりながら、慌てて視線をそらした。
「べ、別にメルディの為とかじゃなく、あくまで僕は研究の為に・・・」
「キールぅ〜」
言い終わらないうちに、メルディはキールに抱きついた。
「わっ、くっつくなって!」
そう言いつつも、自分の胸で泣きじゃくるメルディをそっと抱きしめ、あやすように背中をさすってやる。
「メルディ、キールが帰って来なくて、いっぱいいっぱい心配した!何でメルディにこのこと隠してたか!?」
泣きはらした目で見上げると、キールは困った様子で溜息をついた。
「ごめんな。まさかこんなに予定が狂うとは思わなかったんだよ。」
キールは、以前書かれていた発掘データを元に、自分なりに調べ、ある場所に辿り着いた。
そこは、荒野だった。以前は美しい風景が広がっていたのだろうが、今ではその影は微塵もない。
昔はここでかなりの量が産出された為、人々が競って掘り当てていったせいで、森は荒らされ、無残な姿に成り果てていた。
ここにくれば、発掘できるという自信があったワケではなかったが、手がかりはつかめると確信していた。その為に、わざわざ休みを
とってまでここに来たのだ。メルディに内緒にしたのは後ろめたかったが、確実に見つける自信がなかった為、ぬか喜びさせるのが
忍びなかったので、黙っていることにした。
「僕の計算上では、そろそろ見つかってるハズなんだが……」
ここに来てからもう3日目になろうとしていた。計算上ではあっていたのだが、やはり無理だったのだろうか・・・・・・
そろそろ帰らなくてはならないという時間になってしまったが、結局収穫はなかった。あちこち探していたので、白いローブは真っ黒に
なってしまっていた。
がっくり肩を落としていたキールの背後に、声がかかった。
「お若いの、どうなさった?」
いきなり声をかけられ、びっくりして振り返ると、小柄な老人が立っていた。
「いえ、ちょっと疲れただけです。お気使いありがとうございます。」
「お前さん、もしかして、フェアリーストーンを探しに来たんじゃないのかい?」
いきなり核心をつかれて、キールは驚いた。
「どうしてそれを!?」
「判るさ。長年ここに住んでいるじゃ。フェアリーストーンを探しに来る者は、ここ数十年見かけなくなったと思っていたが……」
「あの、もし何かフェアリーストーンについて知っている事があるなら、教えて下さい!あまりここにいる時間もないので……」
真剣な眼差しで老人に詰め寄るキールを、老人は眩しい物を見るかの様に見ていた。
「良い眼をしておるな。真直ぐで、曇りがない。なぜフェアリーストーンが必要なんじゃ?」
「……大切な人が、見たいと言ったので……」
さっきまでの勢いはどこへやらといった感じの様子を見た老人は、眼を細めて微笑んだ。
「その様子だと、大切な人とは、女性じゃな。」
ふぉっふぉっと楽しそうに笑う老人の言葉に、キールは顔が赤くなるのが判った。
「よろしい。付いてきなさい。」
老人は、ひょいひょいと軽い足取りで、森の奥に入って行った。
キールは訳が判らないまま、言われた通り老人の後に続いた。
森の中はひっそりと静まり返って、気味が悪かった。
(我ながら、よくこんな所に3日間もいれたよな・・・・・・)
調査の為じゃなければ、こんな所にくる事もなかっただろう。
しばらく進むと、岩陰に、洞窟があるのに気付いた。
「こんな所に洞窟があったなんて……」
パッとみた感じでは判らない状態で、その洞窟はあった。
「ここは、ワシしか知らん場所なんじゃよ。」
ちょっとイタズラっぽく笑って、老人は洞窟の中へ進んで行った。
洞窟の中は幾つかの道に分かれていて、うかつに入ろうものなら迷って出てこれないだろう。
随分奥に入った頃、前方に淡い光が差すのが見えた。
そこには、辺り一面に淡い光の塊が埋め尽くされていた。
「これが、フェアリーストーン……」
思わずキールは感嘆の声を上げた。
「今となっては、ここにあるのが最後だろう……」
老人は少し寂しそうに呟いた。
「でも、なぜこんな貴重な物を、見ず知らずの僕に教えてくれたんですか?」
手がかりが欲しかったのは事実だが、まさか実物の所へ案内してくれるとは思いもよらなかった。
「お前さん、大切な人の為って言っとったが、お前さん自身はフェアリーストーンを信じているのかい?」
いきなり話を振られて、どうしようかと迷ったが、正直に言う事にした。
「……初めは信じてませんでした。そんな非論理的な事があってたまるかって。でも、僕にそう信じさせてくれたのは
他でもない、僕の大切な人なんです……」
真っ赤になって、力説していたメルディを思い出す。
『信じていれば必ず幸せになれる!メルディ信じるよ!』
たとえ迷信かもしれなくても、信じていれば、メルディの笑顔を絶やさない為にも───
そんな気持ちが、キールをフェアリーストーン探索へと奮い立たせたのだ。
「確かに、こんな石で幸せになれるなんて、馬鹿げてると思うさ。
じゃが、幸せと言うのは、その信じる心が大切なんじゃないのかのぅ?」
「信じなければ、そこで終わり。幸せというのは自分自身で掴み取るものなんじゃよ。この石はキッカケにすぎん。」
「……そうかもしれませんね。」
「キッカケでも、やはり人は何か形にある物を欲しがるものなんじゃよ。大切な人が待ってるんじゃろ?持って帰りなさい。」
「え!?いいんですか?」
「お前さんなら、きっとこの石の祝福があるだろう。」
にこにこと微笑む老人に、感謝しつつ、キールは少しだけ石を取り出した。
話を聞き終わったメルディは、手の平に乗っている石をしげしげと眺めた。
「幸せのキッカケ……」
「例え、キッカケだとしても、信じる心が大切なんだ。僕は非論理的な事は信じないんだが、今回は信じてみようかと思う。」
「キール……」
いつものキールと変わらないハズなのだが、メルディには何だか少しだけ変わったように思えた。
「そうだな。メルディも信じるよ!」
「キール、ありがとな。」
「あぁ。」
「メルディ、キールと出逢えてホントによかったよ。」
「僕も、メルディに逢えて、こんなにも大切に思えるものが見つかった……」
どちらともなく、そっと唇が重なった。
───永遠の幸せを信じて───
--END.
|| INDEX ||
紫雲英の戯言。
ふっ…ふふふ。
結局のところメルディにはゲロ甘なキールさんでした。
甘やかしてる…甘やかしてるわ!
OKです、どこまでも甘やかしてやってください。
迷信だの何だのと言っておきながら探しに行ったのね。
幸せってのはそれこそいろんなところに転がっているものだと思いますが、
それがどんな形であれメルディの笑顔を引き出すきっかけになるのなら
キールさん苦労した甲斐があったってもんだネv
ラブラブカップルめ…(笑)
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