白と黒
クリームシチューというものは、そもそも白い食物ではないだろうか。
正確には白色というよりはほんの少し黄色がかっていて、文字通り“クリーム色”と称するのがぴったりな粘性の液体。少なくとも、自分の母が作っていたものはそうだった。
(そうだった・・ん・・だが・・)
キールは焚き火の前に並べられた皿を凝視した。
旅中で使いこまれたそれには、きっちり四人前に取り分けられた液体が注がれている。
そこから漂ってくるのは紛れもなくクリームシチューの香りだ。
しかし。
(黒い・・)
その液体は中に入っている具が見えないほど濃い墨色をしていた。
黒い。
とにかく黒い。
なんと言っても黒い。
漆黒というか常闇のこれを、はたしてクリームシチューと呼んでいいのだろうか。
「・・メルディ。」
「なにか?」
おそるおそる問いかけると、メルディは鍋の底をさらうのを止めてキールへと振り向いた。
手に持ったおたまから、黒い液体がぽたりと落ちる。
「これはなんだ?」
「クリームシチューな。」
「や、やっぱりそうか・・」
キールは真っ黒な皿の中を凝視した。
(・・・・・・・・・・・・・)
「・・・ってちがーう!」
七秒ほど考えこんだのち、ぶるっと頭を振って声を上げる。
「これのどこがクリームシチューなんだ!」
「ニンジンとジャガイモが入ってるな。」
「具の問題じゃない!」
瞬速で否定したキールに、メルディはきょとんとしたように首を傾げた。
「なにがモンダイか?メルディ、キールがためにちゃんとソディ少なめにしたよう?」
「だからそういう問題じゃないって」
「パープルソディ入れるもガマンしたな。」
そうじゃなくて、この色はなんなんだ?
あまりに自然にメルディが話すのを見ると、そんな質問をするのも疲れてしまう。
キールはがっくりと肩を落とした。
と、そのとき
「ただいまー」
薪を拾いに入っていたリッドとファラが帰ってきた。
抱えていた太い木の枝をテントの横に放り、めいめいに腰を下ろす。
「ひゃー腹へったー」
「もう、さっきからそればっかりなんだから。」
お腹を押さえているリッドを小さく横目で睨んだあと、ファラはにっこりとメルディに微笑んだ。
「たしか今日の食事当番はメルディだったよね。何作ったの?」
「はいな。クリームシチューな。」
「おっ、いいねえ。どれどれ・・」
舌なめずりせんばかりの勢いで、リッドがメルディの前に置かれたスープ皿を覗き込む。
その様子に少しあきれながらも、ファラも彼に倣った。
そして。
「「・・・・・・・・・・」」
墨色の液体をそれぞれの網膜に映し出したまま、二人は沈黙した。
たっぷり5秒固まったあと、目だけを動かしてキールを見る。
(・・・なあ、あれなんだ?)
(クリームシチューだとメルディは主張しているが・・)
(でもなんだか黒くない?)
(黒いっつーか、黒すぎだろ)
幼なじみパワーによる見事なアイコンタクトで会話を行う3人。
(セレスティアのクリームシチューってみんなこうなのか?)
(いや、この間アイメンで食べたものはインフェリアと同じだったはずだ。)
(てことは、やっぱメルディのオリジナルか・・)
(しかしどうしてこんなに黒いんだ?)
(なんか変なもの入れちゃったとか。)
(案外そうかもな。おいキール、お前メルディに聞いてみろよ)
(なっ、なんで僕が!そういう役目は、言い出したリッドがするのが筋だろう)
(いーからいーから)
(よくない!)
(あーもう、目で喧嘩しないの!いいよ。わたしが聞くから。)
ぎろりと男どもを睨むと、ファラはメルディに向き直った。
「ねえメルディ、これ、ちょっとアレンジして作ったの?」」
「・・あれんじ?」
「うん。レシピに書いてないものを入れたりとか、しなかった?」
ファラの言葉にメルディは暫し考えこんだあと、ぽんと手を打った。
「はいな、メルディアレンジしたよー!コレ入れたな!」
そう言って彼女が差し出したものは、ひと握りの粉だった。
雪のように真っ白で、ちょっと見ただけでは塩や砂糖などに間違えそうな粉末だ。
リッドはファラの肩先から顔を覗かせて、メルディの手の中をまじまじと見つめた。
「これ、なんだ?」
「メルディにもわからんな。」
「はあ!?」
素っ頓狂な声を上げるリッド。彼の隣でキールは眉間に皺を寄せた。
「ということは、つまりお前は今日の夕飯に何処の何かも分からないような得体の知れない物を入れたのか。」
「エタイがしれなくないよう。ドコのナニかは分かるな。そこの地面に落ちてた粉だな。」
「そういうのを得体が知れないって言うんだ!さっさと捨てろよ!」
「バイバ!ベンリなのに、そんなのもったいないな!」
「便利?」
ファラが尋ねると、メルディはむっとした顔をやめて、にこりと微笑んだ。
「はいな。コレ入れるとな、シチューが色変わるよ。」
見ればわかります。
三人は同時に心の中でツッコミを入れた。
「ベンリだな♪」
「・・いや、全然便利じゃねえし・・っていうかなんで色が変わるんだよ!」
「それはメルディにもわからんな。」
にっこり笑顔でそう言うメルディに三人はうすら寒いものを感じた。
「・・・ま、まあ、色は変わっても味は変わらないんでしょ?」
「もちろんだな。」
「本当か??」
「キールうたぐるブカイなー。メルディちゃんと味見したよ。クィッキーもな。」
「そ、そうか・・」
キールはほっと息をついた。
いくら壊れ気味の舌とはいえ、味見が出来る程度のものなら食べられないことはないだろう。
(少なくとも一人と一匹は無事だったんだからな。)
そこまで考えたあと、はたと思いついてキールは眉をひそめた。
いつも彼女の肩に乗っている青い毛玉が見当たらない。
「おい、ところでクィッキーは何処にいるんだ?」
「クィッキ―なら、ココだな。」
メルディは少し身体をずらしてみせた。
彼女の後ろには大きな尻尾が特長的な動物が横たわっている。
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
(・・・・・・・横たわっている?)
「お、おい!クィッキ―!」
真っ先に状況を認識したリッドが悲鳴のような叫び声を上げた。
当のクィッキーはひくひくと痙攣したまま返事もしない。
しかもいつもは青いその毛が、何故か今は真っ白に染まっている。
「クィッキ―?!クィッキ―?!しっかりして!!」
ファラはぐったりとした毛玉を揺さぶった。
「うーん、あまりのオイシサに気絶したまんまだな。」
「「「嘘つけ!!」」」
またもや同時にツッコミを入れる三人。
「あああもう捨てろこのシチュー!」
「タベモノ捨てるなんてもったいないなー」
「勿体無いのは僕らの命のほうだ!というよりそれは食べ物じゃない!」
言ってキールはシチュー皿を掴み、
「キール!?」
メルディが声を上げるのも聞かずに、それを放り投げた。
少しいびつな放物線を描いて二ランゲほど向こうに落ちる皿。
びしゃっという小さな水音と共に、漆黒のシチューが地面に飛び散った。
「・・・・・あ・・」
呆然とそれを見ていたメルディは、暫らくするときっとキールに振り向いた。
彼の顔を睨むように見上げる。
「何するか!メルディ・・メルディ一生懸命つくったのに!」
「・・・・・う゛。」
彼女の瞳に大粒の涙が浮かんでいるのを見て、キールは言葉に詰まった。
じわじわと慙愧の念が胸にのぼってくる。
「ええと・・」
肩を震わせたメルディは涙目のまま睨むのをやめない。
「・・・・・・その・・・すまない。」
うなだれて謝ったものの、しかしメルディの瞳からは涙がこぼれおちはじめた。
キールはぎょっとした。
「な、泣くなよ!次に作ったら、ちゃんと食べるから!」
「・・・ほんとうか?」
「ああ。」
見上げてくるメルディに大きく頷く。
たちまち彼女の顔に明るい笑みが戻った。
そして、それを見て安堵のため息をついているキールの前に、すっと小指を差し出す。
彼は少し不思議そうに細い指を見つめていたが、その意味を思いつくと一気に顔を赤くした。
(こ、これは・・・!)
「約束だな!」
にこにこと笑いながら、小指を近づけるメルディ。
キールはかなり長い間ためらったあと、真っ赤になりながらも彼女の指にしっかりと自分の小指を絡ませた。
ほのぼのとした空気がキールとメルディの間に漂っていたその時。
黙々とクィッキーの救命作業に勤しんでいたリッドとファラは、不意に背後に気配を感じて振り向いた。
しかしそこには焚き火の光に色を薄めた夜の闇があるだけだ。
ファラは白い毛玉から手を離した。
「・・ねえリッド、今なんか感じなかった?」
「ああ・・」
呟くように答え、じっと夜の闇を見つめるリッド。
その視線が下がると、地面にひっくり返っているシチュー皿が目に入った。
あれはさっきキールが投げたものだ。
「!!」
それをまじまじと見ていたリッドは、不意に頬をひきつらせた。
「ファ、ファラ・・・」
震える声で隣の少女の名を呼ぶ。彼女も彼と同じように半分固まっていた。
二人の視線の先には、地面の上に流れおちた黒いシチューがあった。
それだけならば何でもないのだが、何故かそれは、こぽこぽと泡立っている。
そのうえ泡の中から薄紫色の角のようなものが突き出していた。
あれはどう楽観的に考えてもシチューの具ではなさそうだ。
なぜなら、二人の目の前で段々と大きくなってきているから。
いや、大きくなっているのではない。
・ ・ ・ ・ ・ ・
出 て き て い る 。
リッドとファラは戦慄した。
しかし角は見る間にその全容をあらわし始めている。
いや、あれは角ではない。
角ではない。
(角じゃなくて・・これは・・)
円錐型の帽子。しかも見覚えがある。
「リッド、ファラ、どうしたんだ?」
背後の沈黙を不審に思ったキールは二人の方を振り向き、
「やけに静か・・だ・・・」
・・・硬直した。
リッドとファラの前に流れている黒いシチューから、何かが出てきている。
それは見覚えがあった。
目立つ円錐型の帽子と、その下の大きなエラーラ。褐色の肌。
「・・・・・・・う・・・あ・・」
冷や汗を流しながら固まっているキールの前で、みるみるうちにそれは姿を現し、
そして、
大きな薄紫色の目が彼の瞳を捉えた。
顔全体が見える頃になった頃、 彼女 (
・・ ) は口を開いた。
『エターナル・ファイナ』
「うわああああああああああああ!!!!」
キールは絶叫した。
「うわああああああああああああ!!!!」
キールは、絶叫して飛び起きた。
呼吸が荒く、寝汗をびっしょりとかいている。
何故か閉じていた瞳を開くと、驚くほど視界が暗かった。
「・・・・・・・こ、ここは・・・・?」
肩で息をしながら周りを見ると、隣でぐーすかいびきをかいているリッドの姿が目に入った。
どうやら自分がいるのはテントの中のようだ。
・・ということは、黒いクリームシチューも、シチューから出てきたあれも・・
「・・・・・・全部、夢・・・?」
彼は大きな安堵のため息をついた。
「・・・・・・・・・夢オチなんて安直な・・・・・」
ぽつりと呟いたあと、寝袋の中に身をうずめる。
それにしても変な、というかよく分からない夢を見てしまった。そう思いながら。
そして次の日の朝。
「キール、あーん。」
満面の笑顔で、漆黒のクリームシチューの入ったスプーンを差し出してきたメルディに、キールは真っ白になって固まったのだった。
(白と黒 終)
|| INDEX ||
紫雲英の戯言。
らじあん亭さん、蓮見ユイトさんの「月刊でろ」にて、1000Hit踏み抜いていただきました♪
リクしたのは「メルディがどっかから拾ってきた怪しい物体(本人いわく美味いらしい。
しかし本当に食物なのかは謎な物体)が原因で翻弄されまくる幼なじみ三人」でした。
我ながらアホなリクしたもんだとは思います。
書きにくかっただろうなあ…いやでも読みたかったんだもん。
異次元度を高くとお願いしたらほんとに異次元につなげてくださいました(笑)。
シチューとクィッキーの黒と白の対比とか幼なじみパワーとかステキすぎ。
そんでもってシゼル母さん、怖ッ!
メルディを泣かせたから報復に来たのかと思いきや、彼女は授業参観にきただけだったトカ(爆笑)。
よって笑顔だそーで…(ぶるぶるぶる) こ、怖いよぅ…(笑)
本気でおもしろいです。本当にありがとうございましたv
|