どっちがいいかと聞かれたら、どちらをえらぶ?
失うことはないけれど、得ることがない世界と。
何かを得ることはできるけれど同時に失う恐怖をも抱え込まなければならない世界と。
どっちがいいかと聞かれたら、どう答える?
わからない。わからないよ、そんなこと。
考えたこともなかった――――……
星空の下
夜半すぎ、メルディは、ふと目を覚ました。
仰向けに寝転がった彼女の目の前に広がるのはテントの支柱と天井。
なぜかそのまま寝なおす気にもなれず、目をこすりながら起き上がったメルディの身体の上からクィッキーが丸まったままころん、と転がり落ちた。慌ててその顔を覗き込むが、起きる気配はない。転がり落ちた先で何事もなかったかのように眠っている。
安堵の息を吐いてクィッキーから少し視線をずらすと、確かにメルディをはさんで眠りについたはずのリッドとファラが、いつのまにか寄り添って寝ていた。子供のように無邪気に安心しきったファラの寝顔は、レグルスの丘で垣間見た二人の絆をつぶさに表しているような気がして、メルディはくすりと小さく笑った。と同時に、あの丘で起きたことを思い出して今度はひとつ身震いをして両腕を自らの身体にまわした。
あの得体の知れない黒いものの正体はわかっている。この旅を続けるのなら避けて通ることはできない、目をそらすことはできないものだということも、とっくにわかっていたのに。
それでも、仲間たちの暖かな光に包まれていることに慣れきってしまったこの身には、あのときの感覚は耐えがたいものだった。
あのときレムが闇を振り払ってくれなければ、そして仲間たちがすぐに連れ出してくれなければ、今ごろどうなっていたのだろう。
全てが自分とは関係のない場所で起こっていたような曖昧な記憶の中、はっきり覚えていることはひとつだけ。どこまでも落ちていくような暗い淵から救い出してくれた腕の温かさだけ。次に目を覚ましたときは、すでに西日の差し込む部屋で寝台に寝かされていた。無意識に足音を殺して扉に近づき、そしてキールの声を聞いた。
しばらくは、息を呑んでただ彼らの話に聞き入っていた。それらの話から、あのときの状況を想像することは思ったよりも簡単で。あのとき差し伸べられた腕はキールのものだったのか、と一人納得した。
そういえば、とメルディはテントの中を見回した。キールの姿はない。読書ついでに火の番をかってでた彼はまだ外にいるらしい。なんとなく彼の顔が見たいような気がして、メルディはそろそろとテントの外に這い出した。
案の定、焚き火に向かって本を抱えているキールの後姿が夜闇に浮かび上がる。
「……メルディか? 眠れないのか」
物音を立てたつもりはなかったというのに、キールは振り向きもせずに聞いてきた。思わず背筋を伸ばしてしまい、それからあれ、と思う。だって、彼はこちらを向いていない。声だって出していないのに。
「……どうして、わかったか」
「……どうしてって、気配とか足音とか微妙に違うだろ。そんなに不思議なことじゃない」
本に視線を落としたまま事もなげに言ってのけるキールに、少し首を傾げてからメルディはおずおずと彼に近づいた。
「……邪魔しないから、ここいていいか?」
「好きにしろ」
さっさと寝ろといわれるかと思いきや、あっさり言い分が通って少し拍子抜けしたが、これ幸いとばかりにキールの後ろに背中合わせに腰を下ろす。頭をもたせかけると一瞬ぴくりと緊張する気配が伝わってきた。しかしいまさら離れる気にもならない。そのままの姿勢でいることにする。
最近キールのそばは居心地がいいから。ぶっきらぼうな物言いは相変わらずだし、皮肉や厭味も容赦なくぶつけてくるけれど、その中に包まれているのはあくまで気遣いであって、棘の存在は感じない。
濃い群青の夜空を下地に、ちりばめられた星が降ってくるような錯覚を覚える。虫の音と焚き火のはぜる音に、キールがページを繰る微かな音。背中に耳をつけているとトクトクと血の流れる音がする。普段は気づけない、小さいけれどこんなにも暖かい音。
……生きてるんだなあ。
ただ、そう思った。
肉体がなければ死は存在しない。別れも存在しなくて、きっと悲しいという感情すら世界から忘れ去られてしまうのだろうけど。
あったかいのはいいな。
身体がなければ、今こんな風に安らぐことはできないだろう。あの腕のぬくもりを感じることができたのも身体があるから。そうでなくてはあの闇に捕らえられていたかもしれない。
バテンカイトスへの回帰はシゼルの願いなのだろうか。それとも、ネレイドの?
誰が正しいのかなどわからないし、自分がどちらの世界をより強く望んでいるのかもわからない。
けれど。
このぬくもりを失うのはなんだか惜しいような気がする。
ずっとこうしていたい。
「だから、がんばるよ……」
キールには聞こえないほどの声でちいさく呟くと、メルディは静かにまぶたを閉じた。
「……メルディ?」
背中にもたれかかっている少女の吐息が一定になったことに気づいて、キールはわずかに身じろぎして肩越しにメルディの様子を確かめようとした。
動いた拍子に、淡紫の頭がずるりとすべる。
「眠れないんじゃなかったのか?」
あきれたようにため息をついてはみたものの、内心彼はほっと胸をなでおろしていた。
だいたい、最近ただでさえメルディは自分にべったりなのだ。けして嫌ではない。ただ照れくさいだけだが、必要以上に動揺しているのを悟られたくない気持ちもあって、つい素っ気なく振舞ってしまう。先刻メルディが背中にもたれかかってきた時だって、実際は鼓動を静めるのに手一杯で、読書どころではなかったのだ。
彼女をテントの中に運んでしまえば、心おきなく読書を再開できる。
立ち上がろうとして、キールは何かに引っぱられ、がくりと膝をついた。よく見ると、メルディのちいさな手がしっかりとガウンの裾を握っている。指を開こうとしても開けない。
頬が熱くなるのを感じて、おもわず首を振る。
その顔に笑みすら浮かべて眠っているメルディを見下ろして、キールはふと普段の彼からは想像もできないほど優しい光を瞳に宿した。
「みんな強いよな。リッドも、ファラも、……おまえも。ぼくもみんなみたいに強くなれるだろうか……」
メルディの耳にそっとささやいて、キールは傍らに置いていた毛布に手をのばした。少女の身体を隙間なくきっちりと包んでやる。それから一度あやすように毛布の上からぽんぽんと彼女の肩を叩き、読みかけの本を開いた。
そばにいることで、たったそれだけのことで安らげるなら。
きっと救いはすぐ近くにあるのだ。
夜明けまで、あと少し。
翌朝、テントの中から驚いたようにリッドとファラが飛び出してきた。メルディが夜中に外に出てきたために、二人きりで寄り添って寝ていたらしい。目覚めたときに至近距離にファラの顔をみつけたリッドは真っ赤な顔でメルディに詰め寄ったが、彼女はさらなる爆弾を落とした。
「メルディは外出る前からリッドとファラ、一緒に寝てたよう。だから、メルディがせい、ちがうよー」
次の瞬間リッドとファラが浮かべたなんともいえない表情に、結局徹夜したキールは久々に腹を抱えて大笑いしたのだった。
--END.
|| INDEX ||
あとがき。
なんかネタ的に最初に書いた奴と似てますな…いや、だってお寝んねネタ好きなんですもの。
たぶんこれからもキールとメルディはすやすやと寝ることでしょう。
タイミングはレグルスの丘クリア直後ですねー。バンエルティアに向かう途中野宿。
エアリアルボード使えば一瞬じゃんってツッコミは不可。
なんだかんだでインフェリアのほうが好きです。明るいから。
このお話。私の中ではキールさん「黄昏」のときの想いが後ひいてます。
だからメルディを邪険に追い払えなかったのネン。
…なんか自分で作った設定使いまわしまくりです。
まあもともとED後を想像して書くって時点でMY設定炸裂だけど。
実は一番力をいれたのは最後だったりします。リッドファラ。
ノームの洞窟で膝枕見てから、一度この二人も一緒に寝かせてみたいものよのう、と思っておりました。
野望とりあえず達成。
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