山あいの冬は長い。 
         氷晶霊が存在しないはずのインフェリアにおいてもそれは例外ではなく、毎年の冬、この季節だけは普段は植物の緑と土の茶色に覆われたラシュアンも白く輝く雪化粧を纏うのだ。 
         そして、冬には子供たちが一年で一番楽しみにしている日もやってくる。 
         
         
         
         
        降誕祭 
         
         
         
         
         石畳にうっすらと白く雪のかぶった道を、二人の男女が歩いていた。 
         片方はいつもにも増して背を丸め、もう片方は足元が心もとないだろうにいつもどおり跳ねるような踊るような足取りで。 
        「なーあ、キール」 
         数歩先を行っていた少女がうさぎの耳のように二つに結い上げた髪をぴょこんと揺らして振り返った。冷たい空気に頬を染め、白い息を吐き出している。寒さに強いとは言っても、こうした現象は万人共通のものであるらしい。呼びかけられた寒がりのキールは、そんなことに少しだけ安心しながら、視線だけで返事をした。 
        「どうしてまっすぐラシュアン行かないか? ここ、ミンツだよな?」 
        「ああ」 
         そう、今二人がいるのはキールが通っていた大学のある学問の街ミンツである。所用で何度か訪れたことはあるものの、今回のインフェリア行きの目的とはこの街はなんら関わりがないはずだった。 
         立ち止まっておとなしく答えを待っている少女――メルディに、思わず苦笑する。そういえば、今回何故こちらに渡ってきたのかまだ彼女には話していなかったかもしれない。今更ながらにそのことに気づいて、キールは言い訳よろしく外套のポケットに突っ込んでいた手を出して青紫の頭をがしがしと掻いた。 
        「プレゼントを買おうと思って……ファラがひさしぶりに降誕祭のパーティーやるっていうからさ、ラシュアンにはプレゼントになるようなもの売ってる店、ないだろう?」 
        「ぷれぜんと?」 
         メルディが首をかしげる。 
         セレスティアには降誕祭はないのか、と聞き返そうとして、キールは開きかけた口をつぐんで少し考え込んだ。この『聖誕祭』とは、創造神セイファートが誕生したとされる日のことだ。自分たちの世界を創造し、また護ってくれた神の大事な日として、インフェリアではみなが互いに贈り物を贈ったり教会に祈りをささげに行ったりしてそれぞれの時間を過ごすことになっているのだが。 
         そもそも『神を敬う』などという概念のない、しかもセイファートを抑圧の象徴とみなしていたセレスティアに、セイファートの誕生日なぞを祝う習慣があるはずはない。 
         ラシュアンで以前どおり穏やかな暮らしを営むファラから手紙が届いたのは五日ほど前のことだった。数年ぶりに降誕祭をラシュアンですごしてみないかという誘い。 
         降誕祭から新年にかけて、インフェリアは問答無用の休暇期間に入る。二つの星を往復しながら研究を続けている彼とてもこの間だけは暇を持て余していたから(……もちろん個人的な勉強は相変わらずメルディが呆れるほどのペースではあったのだが)、ありがたくお招きに預かることにしたのだった。 
         そして、いつものように『ついで』ではなくただそのためだけにリッドとファラに会いに行けると喜ぶメルディについつい伝え忘れていたことがひとつ。 
         すなわち、降誕祭のパーティーがどんなものなのか、ということである。 
         基本的には誕生日を祝うのだから、そのことについての説明は容易い。セレスティアにも個人の誕生日を祝い、贈り物をする習慣はある。ただ、セイファートの降誕祭に限っては祝ってもらう側であるはずのセイファートではなく、祝う側の人間達がお互いに贈り物をしあうという点で、異なっている。 
         この点については彼も疑問を感じないではないのだが、そういうものだとちいさい頃から教え込まれたせいでそれほど違和感は覚えない。 
         とにもかくにも、メルディにそう説明してやると、彼女は大きな瞳をきょろきょろと動かして考えるそぶりを見せたが、とりあえずは納得したようだ。大きくうなずく。 
        「じゃーあー、メルディはキールとリッドとファラにいっこずつ買えばいいのか?」 
        「いや、一人につき用意するのはひとつだけだそうだ」 
        「なんで?」 
        「……ぼくが知るか」 
         ファラのことだから何か考えがあるのだろうけれど。二人は一瞬顔を見合わせた後、また並んで歩き始めた。 
         
         
         
         
         
         
         
         
        「いらっしゃーい、二人とも!」 
         両手を広げ、満面の笑みを浮かべて戸口に現れたファラにやはりにこにこ笑顔で答えたのはふわふわ髪に白い雪のかたまりをいくつかくっつけた少女だけだった。 
         キールはと言えば、十数年ぶりとはいえ勝手知ったる家――もちろんファラの家だ――に短い挨拶だけでさっさとあがり込み、かまどのそばで震えている。およそ彼らしくない無礼な行動に少女二人は目を丸くしたが、彼の頭や肩につもった雪が溶けて滴り落ち始めるとそれぞれ違う反応を示した。 
        「キール、さむいか?」 
        「あーっ! ちょっとキール、入る前にちゃんと雪落としてからにしてよ! 床に染みできちゃうじゃない!」 
         口では文句をいいながらも、ファラがどこからかタオルを持ってきてかいがいしく客二人の寒さの原因をぬぐい始めた。キールとクィッキーがそろってくしゃみをする。 
        「それにしてもどうして二人ともそんなに前ばっかりに雪くっつけてるの?」 
         問われて、多少余裕のあるメルディが今まで首に巻きついていたちいさな獣の青い毛並みを同じようにぬぐってやりながら笑った。 
        「エアリアルボードで飛んできたからなー。びゅんびゅん風ふいて、キールさむくないかって言ったんだけど」 
        「仕方ないだろう……川沿いの道は雪がつもってて歩きじゃあ危なそうだったし、今日中には着かなさそうだったし……」 
         震えがおさまってきたらしい。ようやくひと心地ついたのか、キールが乱れに乱れた髪を撫でつけながら仏頂面で答える。 
         でも楽しかったよー、と姉に甘える妹のように自分にまとわりついてくるメルディを軽く抱きしめてから、彼女は未だかまどのそばから離れようとしない幼なじみに奥の扉を指差した。 
        「奥にもちゃんと暖炉あるから、二人ともそっち行っててくれる?」 
        「リッドはもう来てるのか?」 
        「もちろん。さっきから腹減ったー、の一点張りだよ」 
         どうやら彼は相変わらずのようだ。キールは自分がラシュアンに住んでいた頃のことを思い出して奥の扉を見やった。 
         降誕祭における子供たちの楽しみはもちろん贈り物もだが、いつもよりも豪勢になるその日の食事も、なのである。いつもいつも腹を空かせているリッドが一年間で特に楽しみにしている日――降誕祭や収穫祭や――要するに祭にかこつけて大食いができる日。 
         もっとも、キールにしてみても手紙をもらった日から今日この日のことが楽しみであったことは間違いない。なんだかんだで幼なじみ二人と一緒に食卓を囲むのはひさしぶりのことだし、ファラの気合の入ったインフェリア料理を味わう機会もそうあることではないのだ。 
        「キール、早く早く!」 
         ちいさな手がもどかしげにキールの腕を取る。やけに嬉しそうだ。 
         今の研究三昧の日々はもちろん望んで得たものだが、たまにはこういうのんびりした時間もいいだろう、と彼は自分の手を引いて前を行くメルディの横顔をみつめた。 
         
         
         
         
         
         次から次へと出てくる料理が少しずつペースを落とし、満腹に音をあげる者が一人、また一人と増えてきたエルステッド家の居間。 
         脅威的な収納力を誇るリッドの胃袋ですら満足を覚えるほどの料理攻勢の後、ファラは満ち足りた顔で座る三人の顔を見まわして片手を突き上げた。 
        「よーし! じゃあプレゼント交換といきますか!」 
        「ぅえ? こ、交換するのか?」 
         何故かうろたえた声をあげたリッドに、ファラが不思議そうな目を向ける。 
        「そうだけど? あ、もしかしてプレゼント持ってくるの忘れちゃった?」 
        「い、いや。そういうワケじゃねぇけど」 
        「じゃあいいじゃない。キール、メルディもプレゼント一回ここに出してくれる?」 
         言って、ファラは四枚の麻袋をテーブルの上に広げた。可愛らしく包装された四つの包みをさらにその麻袋の中に入れ、口に長い紐をくくりつける。 
        「なあなあ、何するか?」 
         手際よく準備を進めるファラの背中を眺めながらメルディはいつのまにかそばに立っていた青年を見上げた。 
        「……ああ。いや、ああやればどれに何が入ってるのかわからないだろ? みんなで紐を引いて、紐の先についてたプレゼントが自分のものになる、って寸法なんだが……」 
        「……ふーん……」 
         彼女はぽりぽりと頬を掻いて首をかしげた。 
        「バイバ!? それじゃあ……」 
        「………………わかってるよ。……全然関係ないものをもらう可能性もあるよな……イベントとしてはいいんだが……」 
         最初にそう言っといてくれればなあ、とぼやきが洩れる。 
         背後ではリッドが一人で何やらぶつぶつつぶやいている。内容はおそらく同じだろう、そう考えてキールは殊更聞き耳をたてることはせずにファラの作業を見守った。 
        「さて、準備できたよ!」 
         適当に紐の順番を入れ替えてからファラがメルディを手招きする。 
        「まずはメルディからね。降誕祭初めてだもんね〜どれでも好きなの選んで?」 
        「は、はいな」 
         目の前に差し出された紐の束をじっと見つめてから、彼女はえいっとそのうちの一本を引き抜いた。 
         続けてキール、リッドが紐を選び、ファラは最後に残った包みを手に取る。 
        「……いい? じゃあ、せーので開けるよ」 
         四人は不安と期待が入り混じったような顔で神妙にお互いを見渡した。 
         いくつになっても、やはりこの瞬間は緊張するものらしい。しかも今回は中がなんなのか本気でわからないときている。 
         ……スリル満点である。別の意味で。 
         ファラは全員の視線が自分に集まり、号令をうながしているのを感じてゆっくりと口を開いた。 
        「……いくよ。………………せーの!」 
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
        「……なんだこりゃ?」 
         沈黙を破ったのははリッドの訝しげな声だった。 
         彼の大きな手には似つかわしくない、繊細な刺繍のほどこされた厚地の飾りリボンが数本。 
         赤や桜色、白など鮮やかな色や優しげな色を下地に、光沢のある糸で花や景色が縫いこまれている。 
         ……女性用であることを疑うものはいないだろう。 
         
         
        「えっと、これは?」 
         がさごそと包みをまさぐったファラが取り出したのは一本の棒。 
         ……ではなく、ペン軸である。 
         濃い青紫色のそれは木製で、手に馴染みやすくするためなのか少しばかり表面に起伏を削り入れてある。 
         とりあえず使い手は選ばないが、農業を生業とするファラに上等なペン軸が必要かどうか。 
         答えは否である。 
         
         
        「……ミトン……?」 
         キールが獲得したのは一組の料理用ミトンだった。 
         ところどころに飾りと実用を兼ねているのだろう、しっかりしたステッチがほどこされ、これでもかというほどの厚みがある。 
         防寒用には……使えないこともないが、使おうとするものはいないと思われる。 
         
         
        「あ! お菓子だな!」 
        「クィッキー!」 
         麻袋に相棒とともに顔を突っ込んでいたメルディが歓声をあげた。 
         ある意味では彼女にぴったりの贈り物である――などと言われれば、おそらく頬をふくらませて抗議にかかるには違いないのだが。 
         これは誰に贈られても問題はない、と言えるのだろうか。 
         ただしこの場には他の三人とは比べものにならないほど食べ物に執着を見せる人物が一名。 
         いたりするのである。 
         
         
         
         
         
        「……結論なんだが」 
         しばらく無言で自分の手の中の物体を眺めていたキールは、顔を上げて静かに言った。 
         同じく無言だったリッドとファラが同調するように(メルディは何のお菓子が入っているのか袋をためつすがめつ観察に忙しい)彼を見やる。 
        「適材適所、という言葉がある。普段なら適材とは人物のことを指すのだが、今この場合は……まあ、わかるよな」 
         二人は何も言わずにうなずいた。 
        「本来の目的を満たすためには、やはり偶然に頼るのはよくないよな?」 
         二人はまたうなずいた。 
        「と、いうわけでメルディ。これはリッドのぶん」 
        「ああー!!」 
        「クッキュキュキュ! クィッキー!」 
         お菓子の袋をひょいととりあげられて、メルディは(クィッキーも)不満の声をあげた。 
        「キールひど」 
        「これがおまえのぶんだ!」 
        「ふぇ?」 
         すかさず渡されたリボンに声は尻すぼみに消えゆく。 
         これはさっきリッドが引き当てたプレゼント。 
         でも、"おまえのぶん"って、どうしてそんなことがキールにわかるのだろう。 
         メルディはとりあえず何本ものリボンの端を丁寧にそろえてから、彼を見上げた。いじけたような瞳で、頬をかすかに染めて、この表情には見覚えがある。 
         怒っているように見えるけれど、その実照れているときの。 
         いつものキールの。 
         ゆっくりと笑みがのぼってきて、メルディはてのひらを握り締めて唇を寄せた。 
        「……はいな。ありがとな、キール」 
        「……"な"はよけいだ」 
        「はいな! はいなありがとなキール!」 
         メルディは思いっきり背伸びして、キールの首に抱きついた。 
        「うっわあああぁ!? は、離れろぉっ!」 
         もはや耳慣れた、裏返った声が耳朶を打つのにもかまわず、彼女は笑いながらキールの胸に頬をこすりつけた。 
         
         
         
        「……で、これがわたしのぶんになるのよね?」 
        「おう」 
         なんの迷いもなくうなずいてみせたリッドに、ファラは彼の肩越しに大騒ぎしているキールとメルディを一瞥してからくすりと笑いを洩らした。 
        「結局どれが何かわからなくしたの、無意味になっちゃったねえ。まさかこうなるとは思わなかった」 
        「……もっと前に言ってくれればよかったんだよ」 
         リッドは憮然として椅子の背にもたれかかった。もっとも、クッキーをほおばりながらなのであまり迫力はない。 
        「そうかもね。ついでに何をするのかも伝えとけばよかったかも。昔やってたことだから、リッドもキールもすぐわかると思いこんでたけど」 
         ファラはおもむろに自分宛てのリッドからの贈り物――ミトンに手を入れて指を動かした。 
        「ふふ、ありがとね。すごく丈夫そうだよこれ。これならちょっとくらい熱いもの持ってもやけどしないだろうなぁ」 
        「……そのために買ってきたんだからそうじゃなきゃ困る……」 
        「ん? なんか言った?」 
         きょとんと自分を見返す幼なじみに、リッドはのどに詰まりそうになったパウンドケーキを慌てて飲み下してから一息ついた。 
        「……なんでもね」 
         
         
         
         
         ふと窓の外を見ると、雪はひとまず小康状態になったようだった。 
         声をかけると少女達がすかさず駆け寄ってきて窓を開け放つ。後ろで文句も言えずに震えている蒼い髪の幼なじみの表情に、彼は笑いをかみころして椅子に座りなおした。 
         
         
         
         来年の降誕祭は。 
         どうすごそうか。 
         
         
         
         
         
         
         
        --END. 
         
         
         
         
         
        || INDEX || 
         
        あとがき。 
        ええぇっと、ようわからんクリスマス話でした(笑) 
        クリスマスーってまんまにしちゃうのもなあ、と思ったのでセイファートの降誕祭にしてみたり。 
        インフェリアは式典とか記念日とか好きそうなので、まあ不思議はないでしょううん(無理やり) 
        ちなみに、インフェリアとセレスティアの季節の巡りはほぼ同じ、ということにしておいてください… 
        ほんとのところはよくわからないんだけど。 
        でも、対面世界だとやっぱり同じ方が自然かな、と思うし、それに確か双子星なんですよね? 
        お互いを支えにして周りながら、更に恒星の周りを公転する。 
        …おお! 二重公転!?(意味不明) 
        いやでも言うなれば衛星はおしなべて二重公転してるわけですし、まあその辺は。 
        って、話ずれましたとにかく双子星なので希望としては大きさも同じくらいであって欲しいわけです。 
        実際には大きさの激しく違う二連星なんてザラだとは思いますけど、まあ、ねえ。 
         
        えー、私の書く話としては全然ラブくさくなりませんでしたが(笑) 
        とりあえずリドファラでキルメルです。 
        ひとつだけプレゼント用意しといて、って言われて、どうせひとつだけなら○○のぶんにしとこう、 
        とかって思考が働いたわけですねv(マジですか) 
        ああ説得力がないのはいつものことです気にしてはいけない。 
        リッドはファラにミトンを、ファラはリッドにお菓子を(料理の後で更にですか)、 
        キールはメルディにリボンを、メルディはキールにペン軸を用意したわけですね。 
         
        ってか。 
        ……ただのバカップルだ…… 
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