故郷の景色を再び見る機会は、思ったよりもずっと早く訪れた。
拍子抜けしなかったといえば嘘になるけれど、帰れるのは嬉しい。
今となってはどちらも故郷のようなもので、どちらも捨てがたいから。
流星群が運ぶモノ
窓の外を光が横切る。
近くの光は目にとまらないほどの速さで、遠くの光は瞬くだけで動かない。
あの星座、セレスティアから見たときは確か四角に棒を三本くっつけたような形をしていたっけ。いつだったか、メルディがうれしそうに「ミアキス座だよぅ」と指差したのを覚えている。近い距離にあるのだろうか、今はバンエルティアの移動に伴って、少し端が見えない。
あっちのはエラーラ座だそうだ。インフェリアでは三角座という。どちらの世界からも同じように見えるということは、きっと遠いところにあるのだ。
しっかし、ミアキスにエラーラねえ。
初めて聞いたときそういって変な顔をしたら膨れっ面で睨まれてしまった。確かにセレスティアではごく一般的な呼び方の部類に属するのだろう。ミアキスはそこら中にいるし、エラーラをもたないセレスティア人はいないのだから。
白だけではない、赤く光る天体や青くかすんで宝石のように見えるもの、薔薇色に渦巻く雲のように見えるものなど、実にさまざまな天体が目の前の暗闇の中に広がっている。インフェリアでは昼は太陽の光に、夜は月の光に邪魔されてめったに見られないもの。セレスティアでは薄く霞がかる雲のせいで見えないもの。今自分の視界を邪魔するものは何もない。
昔から目新しいものには目がない性質だ。リッドではないが、この星空を眺めるのは楽しい。いつかはとは思うけれど、今は手が届かないとわかっているぶん冷静でいられることも手伝っているのかもしれない。
窓際の寝台に座って食い入るように外を眺めていると、背後でシュン、と自動ドアの開く音がした。続いてはいってくる軽い足音。
「キール〜♪」
歌うように名を呼んで、青い毛玉――クィッキーとともに近寄ってくる。振り向くと、はいってきた少女――メルディは不思議そうな顔をした。
「……あれ? 本読んでないのか?」
彼――キールは暇さえあれば読書しているような人間だ。すでに付き合いも長く気心が知れている彼女が怪訝な顔をするのも無理はないが、キールにとっては至極正当かつもっともな理由がある。
すなわち。
乗り物の中で本を読むとまず間違いなく酔うということ。
そういうと、メルディは訳知り顔で笑った。
「そっかー、そうだな。じゃあお星様一緒で見ようー」
キールが返事をするのも待たずに、彼女は当然のように彼の隣に陣取った。
「今日は酔ってないんだなー」
にこにこしながらめいっぱい近づいて見上げてくるメルディにキールはいったん顔を赤らめてから、窓のほうを向いてぼそぼそといった。
「……揺れないからな」
揺れさえしなければ酔うことはない。そういう意味で彼にとって星の海の旅は今までになく快適なものだった。このまま行けば特に問題なくインフェリアに着ける。
そう思った矢先。
ゴガアアァアアン!
すさまじい衝撃が来た。
「わあッ」
「きゃうっ」
二人はどさどさと寝台に倒れこんだ。
至近距離で見つめ合ってしまい、同時にどきりとする。
一瞬の沈黙が落ちた後、キールは自分がメルディの上に覆い被さっていることに気づいて真っ赤になって身を起こした。
「わ、悪い……」
「……んーん」
メルディもうっすら頬を染めて首を振る。
気まずい雰囲気の中、二人はもそもそと離れようとした。
そこでまた振動が船を襲う。
「だあっ」
「!」
キールとメルディはバランスを崩してふたたび折り重なった。
今度は一瞬ではない。激しい揺れが立て続けに訪れ、離れるどころかお互いを支えに今の体勢を保つのがやっとだ。さすがにキールは不審に思い、揺れの中メルディごとずるずると移動しなんとか寝台脇につながっている通信機の受話器をひっつかんだ。
「おいチャット! なにがあったんだよ!」
『キールさん!?』
計器類の音に混じってチャットの声が聞こえた。
『そ、それが……どうも流星群の真っ只中に入ってしまったみたいで……わあっ!』
「流星群!? 船は大丈夫なのか!?」
『装甲が破れる心配はないです……うわっと! でも揺れますから……ふわ! 気を、つけてください……!』
悲鳴をあげながらも何とか舵を取っているらしい。たいした根性だと感心しながら受話器を戻し、おとなしく揺れが収まるのを待つことにした。
……かったのだが、なにせメルディと密着していて身動きが取れない。身を起こそうにもこの揺れでは不可能だし、揺れるたびに彼女のふわふわした髪の毛が首筋をくすぐり、華奢な骨格を感じてしまい……早い話、キールは動揺しまくっていた。
どおおぉでもいいから、早く静まってくれ!
熱くなるやら寒くなるやら忙しくて、揺れこそわかるものの耳をつんざくような轟音はほとんど聞こえない。奇妙に静かな空間で、耳元のメルディの息遣いだけがやたらと大きく心に響く。
真っ赤になっている彼の下で、メルディもまた平常心ではいられなかった。キールに抱きついたりするのは(実は)日常茶飯事だし、口実を作って隣に寝てもらうこともある。あるのだが、さすがに覆い被さられるとなると勝手が違ってくる。全身が心臓になってしまったみたいだ。苦しくて、息が詰まりそうになるけれど、同時に胸の中に何か甘くて苦いものが広がる。
そんな二人の心境をよそに、揺れは唐突に収まった。
キールは真っ赤な顔のままで起き上がり、寝台を降りて床に座り込んだ。
メルディも頭を振りつつ、半身を起こす。
二人ともしばらく無言のままぼーっとしていたが、キールがふとちいさくうめき声をあげて顔を伏せたので、メルディは思わず彼の顔を覗き込んだ。
「……キール? キールどした……」
うぷ、と口を押さえる。
「酔った……」
心の動きとは裏腹に、体はしっかり揺れに反応していたらしい。さっきまで浮かんでいた朱はどこへやら、キールは今度は青い顔でうずくまった。メルディが寄り添って背中をなでてやる。
「うっ……せっかく酔わないで帰れると思ったのに……」
キールの言葉にメルディは苦笑した。自分はまだ胸がどきどきいっているというのに、彼の頭の中は最早「気持ち悪い」という言葉一色で埋め尽くされているのだろう。そっと背中にうでをまわして抱え込むように自分の肩にキールの頭を乗せる。
キールがわずかに身じろぎして離れようとしたが、彼女はちょっとした意趣返しのつもりで彼の頭を抱きしめた。普段ならかなわない。しかし酔っているために体に力が入らないキールは抵抗らしい抵抗もできない。器用に顔の上半分を青く、下半分を赤く染めてされるがままになっている。メルディはついくすりと笑ってしまった。
「……なあメルディ」
「なにか?」
しぼりだすような声に胸元に視線を落とす。
「……おまえ、おもしろがってるだろ……」
青紫の瞳が宿す光は今は弱々しく、怒っているような様子は見受けられなかったが、メルディは瞬間的に目をそらした。
「……えへへ〜」
あさっての方向を向いてわざとらしく笑ってみせる。
「……うぷ」
また口を押さえて下を向いてしまうキールに気づいて、メルディは慌てて彼の背中をさすった。
「キール? キールってば……」
「お〜い大丈夫だったか?」
シュン、と音がして逆光と共にリッドが顔を覗かせた。
だが、次の瞬間彼はそのまま硬直し、ぎくしゃくと回れ右して駆け去った。
「わっわり! 邪魔した!」
と上ずった声を残して。
「……リッドどしたか」
「さあ……うぷ。気持ち悪……」
「あああ〜、キールしっかりするー!」
「無茶言うな……」
二人はリッドの動揺の理由がさっぱりわからなかったのだが、客観的な目で見ればその要素は十分である。
まずひとつ。キールはもともと星を見ていたために、部屋の灯りを落としていた。差し込むのはわずかな星明りのみ。
ふたつ。入り口からはキールの表情は見えない上、メルディがキールの頭をしっかり抱え込んでいた。
みっつ。まだメルディの頬は火照って赤いままだった。彼女自身は気づいていなかったが。
それらの状況を総合して、リッドはラブシーンの真っ最中に入っていってしまったと勘違いしたのだった。実際本人たちはそれどころではなかったのだけれど。
「びっくりした……」
思いっきり走って勢いあまってハッチのところまで行ってしまったリッドは、ようやく立ち止まってため息をついた。
--END.
|| INDEX ||
あるらさまより挿絵をいただきましたv→1・2
あとがき。
今回は最初から最後まで密着状態です。調子に乗って遊んでます私(笑)
書きたかったのは実はリッドの誤解でした。ついでに星座の名前も遊んでみました。
だってー、実際ふざけた名前の星座あるじゃないですか。「かみのけ座」とかさ。
地学知識はうろ覚えなので、ツッコミはご容赦ください。
フツー星座の形にちゃんと見えるものは遠いところにあるから…
ニ連星の間を移動したからって端っこ見えなくなったりしない…かな? わかりませーん。
そうそう、ED見てぶっとびました。「二連星!? イ○カンダルとガミ○ス!?」
最初に浮かんだのはそれ(笑)
ごめんなさいわかんないひとはわかんないですね。「宇宙戦艦ヤ○ト」です。
なんか冷静に後書き始まりましたが、これってかなり恥ずかしい…(笑)
でも揺れでもって押し倒しちゃうって一度書いてみたかっ…げふげふ。
やばいやばい。これじゃ怪しい人だ。でもとまらなーい。
メルディって結構「わーい」とか言いながら抱きついてそうなイメージあります。
甘え上手?普段はぜんっぜん意識してないんでしょうが、さすがに押し倒されて何も感じないようじゃキール君気の毒ですので。
…ってうちのメルディは結構ラブラブっぽいけど…
でもまだやっとインフェリアに戻るって段階なのでくっついただけー(笑)
それ以上はだめー(←何させる気だおまえ)
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