外は、雪が、ふってる。
鉛("なまり"って何か?)色の空からちらちら白いものが落ちてくるの。
旅してたころは、インフェリアから来たみんなは『吹雪にならないだけマシかもね』なんてお話してた。
セレスティアは風はふいても弱いから、だからリッドに聞いた"ふぶき"がどんなものなのか、メルディにはわかんない。
でも雪ふったら寒いね。
ショーコにほら、外を歩いてるひとはみぃんな背中丸めてふるえてる。
メルディはべつにゼンゼン寒くないけどな!
へ? なんでって?
だって……――――
内と外
「……なあ、メルディ」
自分の膝のあたり、斜め下から低い声が響いてきて、メルディは一心不乱に動かしていた手を休めてそちらに視線を向けた。
「なにか? キール」
見上げてくるのは深い紺碧の瞳。読書に没頭しているものだとばかり思っていたのだが、少しはこちらに意識を向ける余裕もあったらしい。キールは着膨れして太くなった腕を億劫そうに動かして、自らの首に巻かれた毛糸のかたまり――まさに今メルディが編んでいるマフラーを軽く引っ張って口許をのぞかせた。
「長さ、こんなもんでいいんじゃないか? これ以上長くしたら逆に始末に困ると思うが」
まだ慣れていなかった名残である、編目が飛んだり、余計な編みこみをしてでこぼこになってしまった部分を差し引いたとしても、すでにマフラーはキールの肩を一周してさらにじゅうたんの上にもこぼれおちている。彼の言うことも確かにもっともなことだと思えた。
……そう、これを一人分だとするのならば。
メルディが軽く首をかしげて笑う。
「まぁだまだ、こんなんじゃたりないな! これじゃキールはあったかでもメルディがはみ出しちゃうよぅ」
真っ白なマフラーはキールの蒼い髪の毛によく映える。やっぱり白を選んだのは正解だったと上機嫌な彼女の笑顔にキールは一瞬そのままほだされかけたが、聞き捨てならない事柄が含まれていたことに気づいてばっ、と勢いよく後ろを振り返った。
「……『メルディがはみ出す』?」
「はいな。『メルディがはみ出す』」
訝しげに聞き返された自分の言葉を、さらに律儀にもう一度繰り返してやる。
まずは顔。それから天井。壁から窓へ、そして二回へと続く階段のほうへと――最後にもう一度メルディの顔を見上げて、沈黙。
「……………………」
「キール?」
「…………………………」
「キールぅ?」
ぱたぱたと目の前で手のひらを振ってやると、キールはようやく我に返ったのか素っ頓狂な声をあげた。
「っ、二人で使うつもりなのかそれ!?」
今更気づいたのか。メルディはにこにことうなずいた。
「はいな♪ いっしょで使うの。そしたらぽかぽかあったかね!」
キール外に出るといっつもさむいさむい言うからなー、などと楽しげな口調は何やら母親のそれのようだ。彼はぐっと言葉に詰まったが、さすがに何も言わずに終わらせることはできないと、必死にぐちゃぐちゃの頭の中を整理しようと試みた。
色がおそろい、というのならまだしも、一本のマフラーにメルディと一緒に巻かれている姿など見られたら。
街の連中に何を言われるやら。
ただでさえ彼女は日ごろからキールにべったりで、そのことは彼らの語り草となっているのだ。
それなのに、この上にまだ?
身体中の血潮が沸騰しそうな錯覚を覚える。急激に上昇した体温のせいで視界がくらりとして、キールは座ったままで少しばかりよろめいた。
「き、キール?」
焦ったような声とともにやわらかな手のひらが額に押し当てられる。そのひやりとした感触に知らず息をついてから、彼は困ったように額に当てられていないほうのメルディの手をとって軽く揺らした。
「……やっぱり、この長さでいい」
「ええー? なんで?」
「…………おまえ、ほんっとうにわかってないのか?」
少しばかり、眉をひそめてみる。
ぷうっと頬を膨らませた仕種はまるで幼い子供のようだけれど、目の前にいる少女は間違いなく自分とひとつしか年が違わない。もちろんみながみなすべて年相応のこころを持っているとは限らないのだけれど、それでも聡い彼女のこと、本当にわかっていないのかどうかは甚だ疑わしい。
その気持ちが伝わったのか、メルディは不満そうにソファの背もたれにもたれて天井を仰いだ。
「……いい考えだと思ったのにー……」
「だからちゃんと使わせてもらうって。この長さでいい」
じゅうたんの上に座っていたキールが立ちあがってメルディの隣に腰を下ろす。
「にゅー……じゃあ、おうちの中で使うはどうか?」
「……意味ないだろう……」
見られるのが嫌だというのなら、人の目がないところでならいいのだ。そう結論づけて顔をのぞきこんできたメルディにキールはため息混じりに応酬した。
「そんなことないもん。おうちの中、いっぱいいっぱいあったかいのにキールまだ寒いいってるし……」
痛いところを突かれる。一瞬どう答えて良いやらわからずに、彼は思わずあさっての方向を向いた。
そう、セレスティア製の暖房器具はインフェリアのそれよりも遥かに優秀だ。いくらでも温かくなる。
ただ以前、それをいいことにキールが自分にちょうどいい温かさにまで部屋の温度を引き上げたところ、メルディが暑すぎると言い出して薄着になり、見事に風邪を引いてしまったのだ。
そんなこんなで、今の部屋の温度は寒いセレスティアで生まれ育ったメルディの感覚にもっとも適するように設定してある。つまり……キールにとっては、寒いのである。室内で厚着しているのもそのため。
メルディはメルディでそれなりに考えてはいたらしい。かみ合わない部分は多分にあるとしても。彼は乱暴に頭を掻いてから、ふと少女に向き直った。
「……とにかく、部屋の中ではマフラーは必要ない」
言い放って、手を伸ばす。
ふわりと抱き込まれて、メルディはまぶたを閉じた。
身体が心地よく温まってくるのを感じる。抱擁に応えるように頬を胸にこすりつけると、腕にこめられた力が少し強くなった。
……温かい。
「暖ならおまえで取れるしな」
満足げな響きを伴った声で耳元でささやかれて、メルディはかすかに唇をとがらせた。
じゃあ外ではどうするの? と尋ねてやりたい。
はじめ自分は外で温かくいるためにこのマフラーを編んでいたはずなのに。
確かにキールは人目さえなければこうやって抱きしめてくれる。だけど、自分は人目があろうがなかろうがそんなことは関係なく、いつでもどこでも寄り添っていたいのに。
だからこそ――……
視界の端に、予備の毛糸玉を入れた籠の中で眠りこけているクィッキーが見えた。身体のほとんどが白い毛糸の中にうずもれていてとても暖かそうだ。
キールの腕に包まれている今の自分も他の人から見たらあんなふうに見えるのだろうか。
そう思ったらなんだかどうでもよくなってしまう。くやしいけれど。
メルディはこれ以上抗議することをあきらめて、彼の胸に顔をうずめた。
外は、雪が、ふってる。
とてもさむそうよ、みんなふるえてる。
でもメルディは寒くないの。
さむくないの。
--END.
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あとがき。
えー……マフラー編んでました(またか)
んーで、「そろそろトップ絵替えたいな〜」とか思ってマフラー編んでるらくがき描いたら、そしたらマフラーがらみの話思いついちゃったんだ……(笑)
一本のマフラー二人で使うって、ありがちなネタではあるっすね。氾濫してそうだ。
えー、どうもキールのイメージがね、人目さえなければ結構メルディにべたべたしてそうなのですよ(笑)
いや、もちろんED後かなり時間が経ってからの話になりますけんども。
…しかし、情景切り取り系の話って楽でいいねー…
ついついつめこんじゃうからなあ、いっつも。
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