目的を果たすために、手段がある。
 でも、いつのまにか手段が目的にすりかわっていることも、ある。
 ……らしい。




手段と目的





「ごめんね奈津実。日曜は先約があるんだ」
 そう言って目の前でぱん、と手を合わせて頭を下げた友人――深悠を、藤井奈津実は特に気分を害した様子もなく、軽くうなずいて見下ろした。
 放課後。手芸部の活動をしていた彼女にランニングついでに窓の外から声をかけたのだが、どうやら先をこされていたらしい。
「そか……じゃあしょうがないね」
「うん、本当にごめんね」
 そう言ってひるがえす背中になんとはなしに声をかける。
「先約って……葉月?」
「あ、うん。森林公園にね、お昼寝にいくの」
 がごんっ。
「な、奈津実!?」
 思わず窓枠についていた頬杖がずれる。その拍子に、あごがアルミサッシにぶつかり盛大な音がした。あまりと言えばあまりな音に、奈津実の存在を気にもかけず黙々と手を動かしていた他の部員たちまで何事かと振り返る。
「奈津実!? 大丈夫、奈津実っ」
「――――――……ッ」
 深悠はあわあわと手をばたつかせながらのぞきこもうとしてくるが、応じる余裕などない。ただぶつけたその場所を両手でおさえ、うめくのみ。しゃがみこんでしまった奈津実のその行動がよほど痛そうに見えたのか、深悠はさっとあたりを見まわすとそのまま窓枠に手をかけて飛び越えて、外に出てきた。
 ふわり、と肩に手がかけられる。
「……大丈夫?」
 苦しげに半開きになった唇に、今にも泣きだしそうにゆがんだ大きな瞳。いい子ではあるんだけどなあ、と思いつつも奈津実は痛みをこらえてなんとか立ちあがった。
「へい……、き」
「ほんとに? ほんとに? 保健室いかなくていい?」
「……平気。っていうか、半分はアンタのせいなんだからねッ!」
 半ばやけくそ気味の友人の言葉に、深悠はきょとんと目を見開いた。
「えっ……そうなの?」
「そうなのじゃなーいっ!」
 わめいてぽかぽか殴りつける。「いたい、痛いよ奈津実」などと抗議する声が聞こえるが、笑いが混じっている。もちろん本気では殴っていないのだから痛いはずもない。ひとしきり手を振り回して満足すると、奈津実はすっくと立ちあがって未だほけっとした表情のままの深悠にびしっと指をつきつけた。
「昼寝しにいくのって、何? デートでしょう! どっから、どー見ても!」
「ちがうよ、お昼寝しに行くんだよ」
 あくまで譲らない深悠。奈津実はくらくらする頭をおさえながら指の隙間から彼女を盗み見た。傾きかけた陽の光を受けていつもよりも明るい茶色に輝く瞳は、しかし冗談を言うような色を浮かべてはいない。本人は大真面目なのだということを理解してため息をつく。
 ……男と女が休日に二人きりででかけるのは、一般的にはデートって言わなかったかしらん……
「だって、森林公園だよ?」
「……だから、何よ」
「今は五月なんだよ? 最高にふかふかしてるあそこの芝生を見て、珪くんがお昼寝しないわけがないじゃない」
「いや、だからってさ」
 深悠はこぶしを握り締めて力説しているが、だいたい最初から昼寝をしにいくのだと言いきれるのはいかがなものか。話題の片割れ、葉月珪は確かに昼寝が大好きで――というより、寝ることくらいしか興味がないんじゃなかろうかと思えるくらい見事な居眠りっぷりで――不思議はないのだけれど、だからね、その隣でわたしも一緒にお昼寝するのーなどとはよくも言えたものだと思う。仮にも友人以上の好意を抱いている、と自覚している相手とでかけるというのに、その目的が昼寝。共通の友人、珠美などのように、なんだかんだで気があうのねー、だなんて一言ですませられるわけがない。
 ……それに。
「……アンタたち今日の昼休みもしっかり昼寝してたじゃないのさ……」
 そう、見たのだ。約束をとりつけようと思ってたずねた二人のいつもの昼食場所。大木の根元にもたれかかった深悠の膝には、しっかり珪の頭が乗っていて。その周りには数匹の仔猫がぐてーっと体をのばして眠っていた。そのあまりにほのぼのした光景に目を疑いつつも邪魔しては悪いだろうと思って遠慮したのに。いつもいつも学校でしていることを、飽き足らずに休日も繰り返すつもりなのだろうか。
「膝枕なんかしちゃってさー、ラブラブなのはわかるけどさー」
「み……見たの!? 奈津実!」
 ぶちぶちと愚痴のようにつぶやくと、深悠は弾かれたように顔をあげた。頬が真っ赤に染まっている。奈津実はなんとはなしに満足感を覚えて意地悪げに唇の端をつりあげた。
「見たよ? 当たり前じゃない、学校なんだから。通りかかれば見えるわよ」
「……う……き、気をつけなきゃ……」
 ぽけぽけ少女なりに、人並みの羞恥心は存在しているらしい。耳までも真っ赤に染め上げてぶつぶつとつぶやき始めた深悠をその場に残して、奈津実は上機嫌で部活に戻ったのだった。






 翌週月曜日。その日も奈津実は、教室のすみで深悠や珠美、その他数人の友人とともにかしましくおしゃべりを展開していた。
 始業を告げる鐘が鳴る。
「あ、いけない!」
 慌てて珠美が立ちあがる。奈津実も急いで今まで座っていた椅子を机の下に押し込んだ。
「じゃあね、深悠! うーわ、やばい次ヒムロッチじゃん! アタシ予習してないよー!」
「えええ? 奈津実ちゃん、言えば少しくらいは手伝ってあげたのに」
 華やかに騒ぎたてながら教室の入り口に向かう。ちょうど戸口をくぐるところで、背の高い影とすれ違った。
「…………な」
「え? なに?」
 ぼそぼそとささやかれた言葉が聞きとれずに、あらためて相手を見上げる。
 そこで、奈津実は一瞬固まった。
 目の前にあったのは、学園一の有名人葉月珪の、とびっきり不機嫌な横顔。
「……あいつに、言ったの、おまえだろ」
「へ?」
「余計なこと……言うな」
 言いたいことを言って満足したのか、それ以上用はないとばかりに珪は怪訝そうな顔で自分を見上げる奈津実を無視してさっさと奥に向かってゆく。その後姿を呆然と見送って、彼女は首をかしげた。
「……アタシ、何か言ったっけ?」
「奈津実ちゃーん! 早く早く!」
 じっくり考えれば思い出せそうな気もしないではなかったが、厳格教師の講義に遅刻するかもしれない、という目先の危機を前に、数分後にはそのことは綺麗さっぱり忘れ去られていたのだった。




 後日ふと思いついて深悠にデートの感想を聞いたところ、膝枕は拒否したということだったから、もしかしたら、それが原因かもしれない。


 珪が森林公園を指定した目的は昼寝だと思いこんでいたのだけれど。そして誘われた深悠もそうだと思っていたらしいのだけれど。
 どうやら真のそれは深悠の膝枕だったようで。
 いつのまにか手段と目的が逆転してるんじゃないかと思ってしまった奈津実だった。







--END.




|| INDEX ||


あとがき。
……書いちゃった。てへ(何)
奈津実視点になってしまった、王子×主人公ちゃんでした〜。
主人公ちゃんの名前は「みゆう」と読みます。でもみんな「みゆ」って発音してると思います(だから何)

最初はお昼寝がきもちよくて、珪が気持ち良く眠れるように深悠が膝貸してあげてただけだったのが。
お昼寝するときにはもれなく深悠の膝枕がついてくることに味をしめてしまったと。
ヤツは天然エロだから! だから!!(爆笑)

でも奈津実に見られてたことを知った主人公ちゃんは、膝枕を一時期拒否していたことでしょう。
そして王子はしばらく欲求不満でとてつもなく不機嫌だったことでしょう。
ちくしょう…愛しいぜ。


ついでに姫条×奈津実とか鈴鹿×珠美とかも愛しかったりします。志穂も好き〜。瑞希も好き〜。