ずっと思いこんでたことがある。
それは、確信にも近い想い。
なのに、実はそれが違ったんだってわかったとき。
俺は、がらにもなく途方にくれた。
築壁
空が高い。
真っ青に晴れ渡って、端っこのほうだけ綿をのばしたみたいな薄い薄い雲がかかってる。
日差しはやわらかくて、遮るものがなにもなくても不快感は感じない。むしろ気持ちいいくらいだ。
秋晴れの休日、俺はひさしぶりに遊園地なんてところにやってきていた。
そう、実はひさしぶりなんだ。つきあっている女の子たちはみんな、いわゆるムードのあるシチュエーションが好きで。待ち合わせのたびに臨海公園とか映画館とか、カップルばかりがあふれてる場所を指定してくる。子供や家族連れがわいわい騒いでいるところでデートなんて冗談じゃないわ、とかなんとか思っているんだろう。
だからこのざわめきの中に身を投じたのはひさしぶりのことだった。たまにはいいよな。こういう、何の気負いもない休日っていうのも。
「あ」
ふと、隣に座ってた友達が声をあげた。もともと途切れ途切れの会話が、完璧に引き千切られる。いや、むしろ新しく糸口ができたって言うべきなのかな。顔を向けると、彼女はすっと腕を上げて少し離れたところにいる二人連れを指差した。
「あそこ、深悠さんと葉月さん」
「ああ」
うなずく。なんのことはない、俺の姉――菅原深悠と、その彼氏の葉月珪だ。声が聞こえたのか視線を感じたのか、ねえちゃんがこっちに気づいてにっこり笑った。そのまま小走りで近寄ってくる。相変わらず幸せそうな顔してんなあ。まあ、実際幸せなんだろうけど。数歩遅れてゆっくり歩いてくる葉月も、相も変わらず眠そうだ。
「尽、ひさしぶり! 歩ちゃんも」
俺はまたたきして、嬉しそうなねえちゃんを見上げた。そういえば、ひさしぶりっちゃそうなるのかもな。せいぜい二週間程度のことだけど、一緒に住んでた頃は毎日顔合わせてたことを思えば妥当な表現だろう。
隣に座ってた歩が、立ちあがって礼儀正しく頭を下げる。
「こんにちは深悠さん、葉月さん」
「……ああ」
「こんにちはー!」
さらりとこぼれたまっすぐな髪の間から、薄い笑みを浮かべた口許が見えた。さっきまでぼんやりしてたくせに、急に生き生きしてる。なんだかんだでこいつ、この二人のこと好きなんだよな。そのくせ態度に媚びたところがないから、ねえちゃんはもちろん無愛想な葉月もちゃんと会話してくれる。
「デートですか?」
「うん、そうだよー」
ご機嫌なときの姉は口調までご機嫌だ。
「二人もデートなの?」
なんて、あり得ないことを平気で口にしてくれるくらいに。
あり得ないことを。
……って、いきなりなにを言い出すかと思えば。
俺がなにも言えずに口をぱくぱくさせていると、歩はこっちを見もせずにあっけらかんと首を振った。
「いえ、デートじゃないですよ。玉ちゃんと三人で遊びに来たんです」
「珠ちゃん?」
「ええ、玉ちゃんと」
どうしてその組み合わせになるの? と言外にその瞳が言っている。一瞬理由がわからなかったけど、思い当たって俺は片手を上げた。
「玉緒だよ」
そういえば玉緒のねえちゃんも"珠ちゃん"って呼ばれてたんだっけ。より身近なほうの顔を思い浮かべるのは当たり前のことで――俺たちにとっては、玉ちゃんっていえば玉緒のことなんだけど、ねえちゃんにとっては珠美ねえちゃんのことになるんだよな。うん。
「そっか、玉緒くんも玉ちゃんなのか」
俺たちももう来年には高校生になる。いい加減その呼び方やめてやれよって言ってるのになあ。あいつはあいつで気が弱いから言い出せないし、歩は呼び方変えるなんて今更めんどくさいってのが丸わかりだし。
ぽんぽん弾む女同士の会話がしばらく続く。いつのまにやら葉月もベンチに腰かけてあくびを始めた。
眠いんだなこいつ。でも欲求にしたがって寝てしまわないところを見ると、ねえちゃん愛しの感情のほうが勝ってるらしい。よしよし、無表情だろうが無口だろうがその基本さえ守ってるんなら許す。
「ごめんね珪くん、お待たせ!」
やがて満足したのか、ねえちゃんが葉月の腕を取った。そのまま引っ張って立ちあがらせる。
「四方八方に手を伸ばすのもほどほどにしときなさいよね」
あの短い会話の間になに吹き込まれたんだか。去りぎわにこそりと耳に落とし込まれたささやきに軽く小突き合って、今度こそねえちゃんは葉月の腕に抱きつくようにしてこの場を離れていった。
あの方向は観覧車だ。好きだよな、あの二人も。結局昼寝は予定にちゃんと入ってたってことで、さすがにつきあいが長いと違うなと思う。
ほう、とごく近くでため息が聞こえた。
「……やっぱり素敵よね、あの二人。絵になるなあ……」
「……いや、まあ絵にはなるけどなあ」
現実的でしっかりものの歩も、一応夢見ることはあるんだろう。うっとりと二人の後姿を眺めてる。まあ葉月はあんななりだし、ねえちゃんも葉月に会ってからすっかり綺麗になったし。歩のみならず誰が見ても完璧な恋人同士の図ではあるよな。俺はがりがりと後ろ頭をかきむしってから、ふと立ったままの彼女のセーターの袖を引いた。
「なあ歩」
「なに?」
話しかけてるんだから視線くらいこっちによこせ。虚しくなったけど、取り合ってくれる気はなさそうだったからあきらめてベンチに背を預ける。
「おまえさ、またねえちゃんに余計なこと言ったんだろ」
歩はくすっと笑って肩をすくめた。やっとこっちに向いた瞳が、「なにか不都合でもあるの?」とでも言いたげに悪戯っぽく瞬いてる。俺は顔をしかめた。
「……だって、しょうがないじゃないか」
「なにが?」
わかってるくせに、言わせるんだ。ああ、もっとも、一番深いところでこいつは気づいていないんだけど。
俺は仕方なく、こいつが期待してるはずの言葉を口にのせてみせた。
「みつからなきゃ、探すしかないだろ?」
ねえちゃんは言った。『手当たり次第はやめておけ』と。
確かに手当たり次第に見えるんだろう。俺はそれこそ、両の手の指の数くらいの女の子と毎週逢瀬を重ねてるんだから。
もちろん、毎回別の相手とだ。
つきあってる女の子達はそのことは知っていて、それでもいいと言ってくれた子とのおつきあいだけが続くわけで。普通そんな状態だと俺の悪口が蔓延するもんなんだけど、俺はあくまで清い交際しかしてないし、みんな平等に扱ってるから、たいした非難は聞こえてこない。
みんな、思ってるんだ。俺が手当たり次第に女の子とつきあってみせるのは、好きになれる相手を探してるからだって。
俺は昔っから深悠――ねえちゃんのことが大好きで、そのことを周囲に隠したりもしなければ恥じたこともなかった。物心ついてからこっち引越し続きで、絶対に離れなくてすむ遊び相手といえばねえちゃんだけだった、っていうのもあったんだと思う。シスコンだのなんだのと揶揄されたりしても笑って肯定して、ああいう女が理想なんだって、常々豪語してた。
だからなのかな、つきあっている女の子達――いわゆる"彼女"は、みんなどこかしらねえちゃんと似たところがある子ばかりだ。背が低かったり、色素が薄かったり、ふわふわ可愛らしくて甘い空気が抜けきらない。俺が選んでそうしてるのか、それとも向こうがどこかから俺の好みを聞きつけて合わせてるのか、それは正直わからないんだけどさ。
それが誤解だってこと――間違ってるんだってことに気づいてるのは、俺の周りにいったい何人いるんだろう。
「玉ちゃん遅いね」
「だな」
俺が黙り込んだのを見て、からかいすぎたと思ったのか。歩は突然話題を変えて空を仰いだ。適当に相槌を打つ。白い横顔を気づかれないように見つめる。
まさか、こんなことになるなんて思ってもみなかったんだ。
俺は口の中だけでつぶやいた。
ねえちゃんとは違う、何もかも違う。漆を塗りこめたように真っ黒でまっすぐな髪と瞳。日本人形みたいな顔をしているくせに、すらりと背が高くて。勘もするどいし、隙はないし、いつも大人びた物言いをする。およそ可愛らしいところなんて見当たらないのに。
唯一共通している、まっすぐに射抜いてくる瞳が、気負いのないさばさばした態度が、心地よくて心地よくて。
「尽? どうかした?」
歩が振り向いて首をかしげた。
こいつは気づいていない。
俺が歩み寄ればなにかが変わるのかも、そうは思うけれど。
こいつと、周りと、俺自身の思いこみが。
高い壁になって、俺を阻んでいる。
「なんでもない。……玉緒、遅いなあ」
「そうね」
二人、並んで空を見上げた。
--END.
|| INDEX ||
あとがき。
日比谷妹の名前。日比谷歩(ひびやあゆむ)ちゃんです。
兄が渉なんて妹は歩。適当につけました。ゲーム中に名前…出てきてなかったよね。
中学3年生。珪と深悠は大学3年生。
はっきり言わなくてもオリジナルと化してる上に尽くん別人です。
逃げます。
ごめんなさい。
苦情はやめてやってねー(笑)
↓以下管理人の身勝手な妄想につきあえる方のみ反転してお読みくだされ。
きっかけは、始業式の日の尽の「カノジョはまだ3人だけど」でした(笑)
こいつ大人ぶってる(実際主人公よりはよほど大人ですけど)なあと。
もちろんたった一人しか愛せない人がイコール大人というわけではなくて、全員を平等に愛せる人が子供だというわけでもないのですけども。
ただ、じゃあ尽に本命ができたらどうなのかなあ、と思ったのでした。
彼は自他ともに認めるシスコンです。これ否定する人はいないでしょう(笑)
だったら当然本人も周りも、姉さんに似た人を好きになると思うでしょう。自然な流れ。
でもいつのまにやら好きになっていたのは正反対のタイプ。
しかも「友達」としてつきあっている相手。
男とか女とか気にせずにつきあえて、それがすごく楽なんだけど。でもやっぱり手に入れたくて。
でも周りの思いこみと、自分自身が今まで抱いていた思いこみを捨てきることも容易ではなくて。
なにより想いを寄せている相手が、まさか恋愛対象として見られているとは露とも思っていない。
躊躇しますね〜。大変ですね〜。
そういう話を書きたかったのでした。
実際尽は手当たり次第につきあってますが、それほど憎まれたりはしてないと思います。
世渡りうまいし。
でもそれって本気で彼のことを好いている子にはきついですね。
どうなる尽。がんばれ尽。
今のところ尽の複雑な内心に気づいているのは玉緒だけ。
毎週毎週本命じゃない子と律儀に遊んでいる(もちろん女の子好きだからだろうけど)
尽にときどき口実を作ってあげて、歩と一緒にでかけてる…あああ、健気だな玉緒くん!(オイ)
でも尽は玉緒の気遣いこれっぽっちも気づいてません(爆笑)
ちなみ、尽が呼び捨てするのも呼び捨てさせるのも女の子では歩のみ。
口実は「俺たちマブダチだし!」(←笑)
他はちゃんづけで呼び、くんづけで呼ばれてます。
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