ばたばたと、自分たちの足音がうるさい。
 レンガ造りの街道からはとうに外れ、足元は草もまばらな硬い地面だ。
 それでも、一人ならばまだしも五人もの走る音となれば相当なもの。地の利がないせいでばらばらになって逃げることも不可能となれば。
「あーもう、めんどくせぇッ!」
 彼はとうとうしびれを切らし、叫びとともに術式を編みあげて力ある言葉を放った。追っ手の数歩先の地面が鋭くえぐれて土埃が舞い上がる。怒号があがったが、もちろんわざわざ待ってやるほどお人よしではない。
 とにかく目くらましの効いているうちに、走って走って走って――――
 そう、彼らは逃げていた。
 未だ得体の知れぬ特務機関からではなく、不夜城の住人たちから。




追われ追われて





「ここ、まで、くりゃあ、奴さんたちも追っかけては、こないだろうさ」
 数日前に知り合ったばかりだというのに、妙に人好きのする笑顔で少年少女の輪に溶け込んでしまった中年男が、息を切らしてそうつぶやいた。
 全員がぼろぼろである。気力が体力が、という問題以前に、全員の顔に”何故こんなことに”という空しい疑問が貼りついている。アルノーは隣でけほけほと軽くせきこむ長身の娘の背中をさすってやりながら、注意深く辺りを見回した。
 霧が深い。いや、霧というには水滴の粒が大きいような気もする。すぐそばまで迫っている崖はしっとりと濡れていて、この場所が暗いのは決して時刻のせいでないことをうかがわせた。
 古い峠道。寒く湿った場所を好む魔獣も多い。確かに進んでここに足を踏み入れる人間がいるとも思えない。
「なんとか撒けた?」
 ようやく緊張をといたジュードが口を開いたのを皮切りに、年少の少女もほっとしたように微笑んだ。
「そうですね……もう大丈夫だと思います。足音どころか、気配もしない」
「あまり人に優しい場所ではないようだからな。最良のルートではあったのだろう」
 もっとも、準備不足なのは否めないが。
 横目でにらまれて首を縮める。へらりと笑ってみせても女剣士の厳しい表情は揺らいではくれなかった。
「おいおい、んな怖い顔してにらむなって。ありゃどう考えても不可抗力だろうがよ」
「どうだか。普段から行動を慎んでいれば、おのずと厄介ごとに巻き込まれる度合いも減ってくるはずだがな」
「ら、ラクウェルさん、落ち着いて……」
 おろおろとユウリィが両手を組み合わせる。
 彼女は怠惰と欲望渦巻くあの街に戸惑いこそ見せていたものの、嫌悪を感じていた様子はなかった。それは人の汚い部分を見せつけられて育った幼いころの記憶に起因しているのかもしれないが、とりあえず、目下の問題はそのユウリィではなくあからさまに眉をひそめていたラクウェルのほうだ。ちなみにジュードはまったくわかっていないので問題外。
 ことの発端は、単純すぎることだった。いや、単純も何もアルノーにとっては日常茶飯事そのものだ。
 酒場のウェイトレスにコナをかけられ、そうと知りつつも軽く話し相手になった。そこまでは、いつもどおり。特別なことでもなんでもない。だがさすが不夜城と呼ばれているだけのことはある、そこで終わらずに話があからさまな方向へ流れかけたのがいけなかったのか――軌道修正もままならず、潔癖な娘が辟易し始めたころにまた別の闖入者が入り。
 面子がどうだの、このあばずれがだの、およそお上品とは言えない科白で始まった騒ぎからほうほうの体で逃げ出してきたのだった。
 もちろん旅支度は食事の後、ということになっていたので何もできていない。かといって今更街に戻れば、チンピラだけでなくブリューナクの面々とも鉢合わせ、ということになりかねない。
 あえて責任の所在を求めるならば彼のところ、ということになるのだろうが、狙って面倒を呼び寄せたわけではないのだから責められるのは少し筋違いな気もする。むしろ穏便に、情報だけ拾ってあとはおさらばといくつもりだったのに。
「まあ、ここまで来ちまったんだからしょうがないわな」
 ガウンが肩をすくめて持っていたコートを羽織った。理解者よろしく片目を瞑り、率先して歩き出す。
「この峠はさっさと抜けとくに限る。もうちっと行けばいい塩梅の場所があるからな、そこまで行ってから休むことにしようぜ」
「あ、待ってよガウン」
 年少組はこの展開にそれほど不満があったわけでもなさそうだった。不平を漏らすでもなくさっさと遠ざかってゆく背中に続こうと彼も踵を返す。
 背後からは幾分刺々しさの減った、それでも相変わらず鋭い視線がひしひしと感じられるけれど。
 促さずともちゃんとついてくるのはわかっていたので、あえて振り返らずに歩き始めた。







--END.




|| INDEX ||


あとがき。
時間軸。
日の暮れた頃にギャラボベーロ到着。レイモンドさんを病院に担ぎ込む。ガウンに報告し、夕食をとる。もう遅いのでその日は宿で寝る。兄さん抜け出していかがわしい場所に行くもすぐ戻ってくる。起きてもう一度レイモンドさんの様子を見に。ごはん食べたらさあ旅支度するぞ→うるあ待ちやがれー
な感じで。
アルノーさんは首から上は完璧なので逆ナンは日常茶飯事だろうなあとか考えてみた。
それなりに色々と経験はありそうです。チキンのくせに。ヘタレのくせに。
いやまあある意味処世術ですが。
で、まだくっついてないので、姉御はヤキモチというより単なる「この破廉恥がッ!」みたいな。
ユウリィよりも潔癖だよね、確実に。
二人旅になっても状況はあまり変わらなさそうですが、ラクウェルさんのヤキモチが入りそうです。
わかりにくいすね方をしつつ、でもヘタレのほうはきっちりわかっててむしろにやつ(いかん斬られる)
萌えッ! 燃えッ!

(初出 2005.04.04 改稿 2005.05.12)