友への手向け@ 〜剣の花〜
そびえ建つ居城。まるでその一部であるかのように傍らに立つ塔のような砲台。そのどちらも激しい戦いで荒々しい傷跡を負い曝していた。だが、薄い陽光の中それらは荘厳と雰囲気を彩っていた。
その片隅の地面に突き立てられた一本の剣と石版。
それらを囲むように立つ大勢の人々。
微風に淡い紫色の髪をなびかせ、少女が手にしていた白い花を剣の袂に添えた。
「もう一年か。早いものだな」
少女の背後に立つ蒼い髪の青年が空を見上げ呟いた。それは哀悼の色を持ち、その場にいる人々に染み渡る。
石版には二つの言語で同じ意味が書き記されていた。
――エターニアの騎士 レイシス・フォーマルハウト ここに眠る――
「ドエニスの花があれば良かったのにな。レイスいつも帽子に指してた」
「仕方ないさ。セレスティアにはない植物だからな」
「そうだな」
そう言ってキールの言葉に肯いたのは少女ではなく、くすんだ金色の髪をした青年だった。肌は白く、額にもエラーラもない。彼はインフェリア人だ。
「ロエン」
メルディが名を呼ぶと、彼はその隣にかがみ込み、穏やかな微笑みと共に手に持っていた白い花を墓の前に置く。
「気にするな。ああ見えて結構大雑把な奴だったからな」
「そうだったのか?まあこんなもんはアレよアレ!」
後ろに立った大柄な男が豪快な笑い声と共にいうと、その隣に立った黒髪の女性が何気に翻訳する。
「思い入れね」
「そう!それ!」
セレスティアの新領主フォッグと旅に出ていたその妻リシテアの遣り取りにその場にいた人々が笑みを漏らす。軽やかな笑い声が響いた。
剣の袂に置かれた花々の山。色とりどりの花が白い墓石を覆っている。ロエンは一人その前に座り込み、何とはなしに積まれた花の山から一本取り出し、鼻先につけた。
「なかなか似合うじゃないか」
声と共に人の気配が近づいてきた。ロエンが花をつけたままそちらを見ると、ダークブルーの髪の青年と大柄な男、ふさふさの髭を生やした老人がこちらへ向かってくるのが見えた。
「そうだろ。いい男には何でも似合う」
「自分で言うか?」
おどけた口調で言うロエンにキールが苦笑する。
「グラジオラスじゃな」
ロエンの手にある花を見てガレノスが呟く。
大きな紫の花弁をもつそれ。腕の長さほどもある長い茎、摘まれてから長いだろうに強靱な瑞々しさを見せる。
「グラジ……?」
「グラジオラス」
なんだそれはといった顔をするフォッグにキールが名前を繰り返してやる。その花を見るキールの目はとても優しい。頬が少しばかり赤らんでいるのを見てロエンはキールに花を差し出してやる。
「誰のこと考えてるんだ?」
「べ、別にメルディの事なんて、あっ……」
花を受け取り、思わず口走ってからキールはかあっと頬を赤らめた。さっと横を向け三人の視線を避けた。
「少々安直じゃな」
キールはそっぽ向いたまま赤くなった頬に手を添えた。紫→紫色の髪→紫色の髪のメルディ。確かに自分でも安直だと思うが、自然と浮かんだのだ。もう既に意識とか以前の問題だ。
「いいじゃねーか仲良きことは……アレだアレ」
「〜っほっといてくれ!」
やけくそのような声で叫び、ロエンにむかって花を振り下ろした。長い茎がしなりロエンの頭に当たりそうになったが、ロエンはそれをぱしっと両手で挟んで受け止めた。
「真剣白刃取り」
「ちっ」
「おいおい。一応、墓の花だぞ」
そう言って珍しく標準語でたしなめるフォッグにガレノスが小さく首を振った。
「いや、ある意味使い方は正しいがな」
「おう?」
「ああ、そう言えばそうだな」
どういう意味かわからないと言った表情をするロエンとフオッグに対しキールが花を見て肯いた。
「グラジオラス。別名、剣の花」
「剣の……」
「昔は仲間との打ち合いなどに使ってな。花じゃから誰も傷つかず傷つけず。もともと墓に添えるような花じゃないんじゃ。だが、こやつの墓にはぴったりじゃろう」
「そうだな」
ロエンは立ち上がり、墓の主に一言断りを入れると墓に添えられた花の山からもう一本グラジオラスの花を取り出し、一本をキールに向かって投げた。
「キール相手しろ。剣の腕どれほど上がったか確かめさせて貰う」
そう言ってさっそく構えるロエンにキールが慌てた。
「ちょっと待ってくれ!お前から剣を習い初めてまだ三ヶ月……」
「問答無用!」
軽い笑みと共に打ち込んでくるロエンにキールとっさに掴んだ花で受けた。
「いい反応だ。今日こそ一本くらい取って見せろよ!」
「人の話を聞け!このっ馬鹿!」
ムッとして打ち返す。
「誰が馬鹿だ!」
声と共に次第に激しい打ち合いをするロエンとキール。
「はっはっはっ!いいぞ二人とも!レイスのアレにはぴったりだ!!」
「うむ、良き手向けじゃ」
「あらあら。しょうがない人たちね」
「……これでいいです。きっと」
「キール!頑張るよ!」
雲間から光が差し、青い空を広げてゆく。花が舞い風が動く。賑やかな友の声と優しき想いは何よりも彼への手向けになろう。
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友への手向けA 〜いつか会える〜
自由軍シルエシカメンバー、グランドフォールの際こちらに残されたインフェリア王国騎士数十名。あの戦いにより命を散らしたレイスを慕い、一周忌となるこの日みんながここ、バリル城跡へと集まっていた。全員での挨拶もすみ、今、皆がそれぞれの場所に帰っていく。グランドフォールから一年。皆、今それぞれの仕事や生活があり、帰る場所をもっていた。
だが、今なおこの城に留まる者達が数名。それは墓の主と少しばかり深い縁をもつ者達だった。
「キール大丈夫か?」
ぐったりとして荒い息継ぎをしながら地面に横たわるキールをメルディが心配そうに覗き込む。
「ああ」
何とか笑みをメルディにむけ安心させようとするキール。だが、それは次に覗き込んだ人物の存在に引きつったものとなった。
「なんだ、まだへばってるのか?」
「誰のせいだ?。基礎体力が違うんだから、ちょっとは手加減してくれ。ロエン」
二人の花での手合わせが終わる頃。あらかたの者達が帰ろうと舟場に向かった。帰る者達の見送りに行こうとしたのだが剣の手合わせにキールは体力を使い果たし、倒れるようにその場に横になったが、手合わせをしていた相方のロエンはそんなキールと心配するメルディを置いてみんなを見送りに舟場に行ったのだ。
「みんなは帰ったか?」
「ああ。あらかたな」
「そっか、ちょっと寂しいな」
言葉通り少し悲しげな表情を見せるメルディにこれまたいつのまに帰ってきたのやら、フォッグがふわふわの頭を少々乱暴にかき混ぜた。
「なーにまたすぐ会えるぜ。そんな顔すんな」
「そうかな……」
空を見上げて呟くメルディ。その視線はどこか遠くを見つめている。
褐色の肌の色をした小さな手に広い白い手が重なる。
ゆっくりと隣を向くと、青紫の優しい目がこちらを見つめている。
「会えるよ。会いに行こう……」
「キール……。そだな!会えるなきっと!」
どこまでも続く空を越え星を越え、信じる想いは友へ届くだろう……。
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友への手向けB 〜星へ続く道〜
「しかし、不思議なものだな」
「おう!アレか」
ため息をつくように吐き出されたロエンの言葉。その視線の先には青い空にぼんやりと浮かぶ白い星の影――インフェリアが見える。
「かつて自分が立っていた場所があんな風に見えるなんて、ましてこんな風にセレスティアに立ってインフェリアを見上げるなんて昔は思いもしなかったよ」
つられて見上げる男達。今この場にいるのはキール、ロエン、フォッグ、といった男達三人のみだ。レイスの墓の前、思い思いの様子で空を見上げている。
「ああ。手を伸ばしたら、掴めそうに見えるんだがな」
手を伸ばしまるで掴み取るかのような仕草をしてみせるロエン。だが、ゆっくりと降ろし開いたその手のひらには何もない。
「やっぱりアレか。帰りてぇか?」
「そうだな。生まれた土地だ。一生帰ることもできないと、一度は覚悟を決めた。だが、情けないが時々はな……やはり懐かしくなる。残してきたモノもある。果たさねばならぬ約束もある。しかし……」
ロエンは答えを詰まらせた。続く言葉がない。
「しかし?なんだ?」
先を促すキールにロエンは答えることができずただ少し微笑んでみせた。その目に宿るモノは懐かしさか、悲しみかキールには区別は付かなかった。それ以上訊くことに躊躇いを覚え黙り込むキールにロエンが逆に問い返す。
「お前はどうなんだ?帰りたいか?」
するとキールは少し笑っていった。
「……懐かしく思うこともあるよ。けど、僕にはもう帰る場所じゃない。僕の還る場所はメルディのそばだから。いつかインフェリアには行く。今は無理だけど、二つの星をつなぐ道を見つけたい」
普段なら照れまくるだろうキールはそう言って微笑んだ。どこか誇らしげで目には強い輝きがある。何ものにも譲れない強い思いと願い。偽りのない、偽りようのない想いが見て取れる。
「おう!俺様も協力するぜ!何たって俺たちゃアレだからよ」
「仲間、だな」
「おう!」
星へ続く道は果てしなく長いけれど、まず一歩、彼は歩き出す。友とそして最愛の人と共に……。
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友への手向けC 〜最良の日〜
「しかし還る場所があるってのはアレだな。アレ」
「いいものだ、か?」
少々自信なさげにロエンが言った。大分フォッグ語にも慣れたとはいえ、リシテアやアイラのようにスラスラはできない。
「そう!」
「確かにそうだな」
そう言って頷いたキールにフオッグが首を傾げた。
「そういやお前のそれはどうした?」
「メルディか?」
先程、フオッグが掻き回したため、ぐちゃぐちゃになってしまったメルディの髪を梳かし直すためリシテアがメルディを船に連れて行ったのだ。
「ああ、ついでにお茶にするって。アイラも強引に座らされてた」
ちなみにキールは女同士の話をするというのでこちらに帰ってきた。女性のおしゃべりと買い物に付き合うほど男にとって恐ろしいモノはない。
「よくしゃべるからな女ってのは」
「そこのところにインフェリアンとセレスティアンの大きな違いはないようだな」
「違いない」
笑みを漏らす男三人。
「まあ、男の語りにアレは必要ねぇだろ!ほれ!!」
と、一体どこから持っていたのか。フオッグはやたらどでかい酒瓶を唖然としている二人の前にドカッと置いた。
「……確かに言葉は不要だな」
「まあ、たまにはいいだろう」
「がははははっ!」
四つのカップになみなみと酒を注ぐフオッグ。キールが首を傾げる。
「一つ多いけど」
「ああ、それはアレだアレ。レイスの分だ」
「……あいつの分じゃ一杯じゃ足らんぞ。あいつはああ見えて底なしだった」
フオッグの気遣いにロエンは穏やかな笑みで答える。三人は笑みを持って杯を掲げ、打ち合わせた。
「「「乾杯」」」
銀の杯が高く澄んだ音を立ててその場に響いた。
空は高く、緩やかに流れる雲と優しい草木のさえずり、友と共に飲み交わすこの日は最良の日に違いない。
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友への手向けD 〜忘れえぬ人〜
「それで、レイスという人はどんな人なの?」
船着き場の片隅に組み立てられた簡易テーブルと椅子。四つある席の三つ埋まっている。よければ訊かせて欲しいとリシテアが入れ立てのお茶の入ったカップを持ち上げつつ言った。それにメルディが元気よく肯いた。
「はいな!とっても格好良い人だったな。背が高くて、肌が雪のように真っ白で髪はお日様みたいにきらきらした金色で、目は澄んだ青色で、とっても綺麗な人だったよ。ファラが言うには正統派の美形ってやつだな」
「まあ、そんなに綺麗な男の人だったの?」
「そうですね。私がお会いしたのは一度きりでしたが、優しく、誠実な方に見受けられました」
「それでな。すごい強かったよ。優しくて、強かった。とってもいい人で……」
言いながらだんだんと声に力をなくすメルディにアイラがはっとして息をのんだ。そうレイスはネレイドの操るメルディの母シゼルの闇の極光術からリッド達を庇い、結果命を落とした。あれはシゼル本人が望んでやったことではなかった。しかし、彼女の中からその全てが拭い落とされたわけではないのだ。
うつむけたメルディの悲しげな表情が膝の上でぎゅっと握り込んだお茶の入ったカップの表面にゆらゆらと映っている。
アイラが少し困った様子でリシテアを見ると、リシテアは少し考えた表情の後、何かを思いついたように傍らに置いてあった荷物の中から一冊のスケッチブックを取りだした。
「ねぇ、メルディ。ちょっと見てくれない?」
その言葉にメルディは少しばかり躊躇った後、素直に顔を上げた。淡い紫の瞳が揺らいでいる。リシテアは優しく微笑み、テーブルにスケッチブックを広げた。
「この絵は?」
そこに描かれているのは堤防に腰をかける二人の男性。大柄な金髪の男と長い黒髪の男。一人はフォッグだ。今より少し若い。だが、隣にいる男性に見覚えはない。メルディはアイラをちらりと見たが黙って首を振られた。
「ねえ、この絵どういう感じがするかしら?」
メルディが男性のことを訊ね返す前にリシテアがそう訊ねてきた。
「……二人とも笑ってるけど、何か寂しい感じするよ」
見た目は二人とも笑っている。しかし、その絵の色使いや印象は何やら冷たい、不安な様なモノがかき立てられる。メルディが見つめ返すとリシテアは微笑んでみせ、細い指でスケッチブックのページをめくった。
「うっ、……あの奥様。これは……」
「……ぷっ、この絵どうしたか?」
リシテアがめくったページに見開きで書かれた二枚の絵。その絵を見て二人は何とも言えない、いや、吹き出しそうになるのをこらえる表情になった。先程まで泣きそうになっていたメルディでさえ思わず笑みを漏らしてしまうような。
緑の絵の具で幼児が書いたようないびつな似顔絵と書き殴られた一つの文句がそれぞれ一枚の紙に書かれていた。描かれた一枚の似顔絵はたぶんフォッグなのだろう。髪型と大きく口を開けた豪快な印象が彼を連想させる。その横に書かれた『ふじみのフォッグ』という一文。そしてもう一枚の似顔絵これはかなりひどかった黒いクラゲのような物体にかろうじて判断できるような人の顔。その下には『ヴァンス』と書かれていた。
「おかしい?」
「これ書いたのフォッグか?」
「なんて言うか、ボスらしいですね……」
笑みを漏らし肯くメルディと素直に頷けないアイラ。
「あら?ですが、こちらは別の方が描かれたようですね」
アイラが指したのはフォッグの似顔絵に書かれたほうだ。。『ふじみのフォッグ』そう書かれた字体はフォッグ自身のモノではなかった。二枚の絵は同じ絵の具で書かれてはいるが、筆跡が違う。フオッグの荒々しい文字と好対照のような流れるような文字。『ヴァンス』と書かれた方がフオッグが手のモノなのだろう。
「描き合いっこしたか。このヴァンスって人は」
「私の幼なじみでシルエシカで参謀をやっていたの。もういないけど」
メルディの言葉を続けるように明るい声で告げるリシテア。だが、その横でアイラが少し目を伏せた。その名はシルエシカでは誰もが知る男だ。そしてもうこの世界には存在しない人物だ。
感受性の強いメルディは他人の心にひどく敏感だ。特に悲しみや怒りといった負の感情には。声や表情からそれをそれとなく悟る。いや、悟ってしまう。これは幼い頃の辛い体験から来ている。だが、今リシテアからそう言うモノは感じられなかった。哀しさもわずかにあるようだが、それよりも温かな懐かしいそんな気持ち。
「八年前。ペイルティの海戦で」
それはアイラが入る以前のことだが、そのことはよく話を聞いていた。リシテアがスケッチブックに書かれた絵を愛しそうに撫でつつ話し始めた。
この絵が描かれた忘れもしないあの日のことを。忘れえぬ彼のことを……。
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