友への手向けE 〜残されしモノ〜





 八年前。ペイルティの海戦の前日。
 あの日。リシテアは波止場で絵を描いていた。何やら楽しそうに話している二人の男性。幼なじみと友人。あまりにも楽しそうなので自分が声をかけるのは躊躇われ、物陰からこっそりと二人を描くことにした。が、しばらくするうちに見つかった。リシテアは自分では隠れていたつもりだったのだが、あちらからは丸見えだったらしい。
「そばにやってきた二人にこの絵をみせたの。そうしたら、フォッグったら私から絵筆を取ってこれを描いたの」
 そう言ってリシテアがヴァンスの描かれた絵を指さした。
「それで自信満々にどうだそっくりだろっ!って言ったの。そしたら、ヴァンスが怒って今度はあの人をかいて」
 その時の光景を思い出し笑いを漏らすリシテア。
「でも、こんなんでしょ。結局どっちの方が似てるかって、ウィスで決着をつけようって」
「何かそれ違わないか?」
 ウィスと絵に関連性は全くないだろう。
「そうなの。よく考えたらおかしいのに誰もそんなこと言わないで三人でウィスをしてたの。そしたらいつの間にかそこら中から人が集まってきて戦いの前日だって言うのに、ウィス大会になっちゃったわ」
 わけわかんないでしょと笑うリシテア。
「気づいたらみんなで大騒ぎして怒って笑って。……その日の夜、少しばかり疲れを感じた私は騒ぐ仲間達から離れて海を見ていたの。そしたら……」

「おう!どうした?」
「ちょっとね。あなたこそどうしたの?ヴァンスとの決着はついた?」
「おう六勝十七敗二引き分けだ」
 胸を張り堂々と答えるフォッグにリシテアが笑うと、フォッグが不意に目を細めた。
「おう。やっぱアレだな。お前はそうしてる方がいいな」
「えっ?」
 リシテアが反射的に聞き返した。
「おめぇ、朝からずっと気持ち強張らせていただろ」
 言われて思い返せばそうだった気がした。
「わりぃな。不安にさせてよ。その絵見てようやく気づいたぜ」
 抱えていたスケッチブックを視線で指し示された。そのアメジストの瞳は優しい。二人の体はいつの間にかささえあうように寄り添っていた。

「私の気持ちが絵に出ていたのね。不安や寂しさ……迷い。士気に関わるから口には出せなくて必死にそれらを紛らわそうとしていたのにね。二人はちゃんとそれが分かってこんな絵を描いてみせた。気持ちを隠すことなんか無いって」

「不器用なんですね。昔から」
「そうね。男は人はみんなそう言う所あるわね」
「キールは器用よ。お裁縫も料理も上手な」
 それはかなり違うだろうメルディ。
「……次の日、戦いに出陣する前に二人は絶対帰ってくるから今度はもっといい男に描けよ、ってそう言って出ていったの。私は新しい絵の具を用意して二人の帰りを待っていたわ。今度こそ、偽りのない二人の笑顔を描くために。……でも、ヴァンスは帰ってこなかった。敵の銃弾からあの人を守って、結局これが、彼を描いた最後の絵になったわ」
 残ったものは深い悲しみをおったあの人と叶うことのない約束と真新しい絵の具だった。








友への手向けF 〜自由なる願い〜





 リシテアは相変わらず微笑んでいる。亡くなった大切な幼馴染みのことを話しているにも関わらず。儚く散るようなモノでもなく、悲しみを隠すでもない。もちろん喜びに満ちているのでもない。不思議な微笑み。メルディとアイラはただ言葉もなく彼女の話に耳を傾けた。
「彼がいなくなって数年後、私はフォッグから離れて旅に出たの。使い道の見つからなかった真新しい絵の具を持って。旅が好きだったあの人に、あの人が好きだった景色を描くことが私があの人に出来る最後のことだったから。そうしたことが本当にあの人のためになったかは分からないけど、旅をしている間に気持ちの整理がついて、自分が今、何を書きたいのかはっきりとわかったわ」
「それって」
 リシテアは今度は少し照れくさそうな笑みでスケッチブックをまた一枚めくった。
 そこに描かれているのは金色の髪をした豪快な笑みを浮かべる男性。

「……ほんとにボスの笑顔そのままですね」
 アイラは眩しそうにその絵を見つめた。彼女が好きだった、例えどんな困難な時でも希望があると信じられるその笑顔。しかしこの絵に描かれているその笑顔は自分の知っているモノとは少しばかり違っているように感じられた。それは自分の気持ちがほんの少しばかり変わったせいでもあるし、ボスの心に喜びが加わったからだろう。奥様が傍にいるという、自分の愛した人が傍にいるそれは人に安らぎと強さを与える。
(敵わないですね)
 自分もいつかこの人達のように成れるだろうか。安らぎと強さを与え、与えられるような人を見つけられるといい。見つけたいとアイラは思った。

「メルディ」
「はいな」
「私のしたことは結局自分勝手な自己満足でしかないのよ」
「そんなこと……」
「彼がそうすることを望んでいたのかは彼以外分からないから。でも私はそれでいいと思ってる。だってね、彼があの人を庇ったのだってそう、庇われた人の気持ち考えて行動して」
「奥様それは……」
 アイラが躊躇いがちに遮る。いくらんでもその言い方は良くない。だが、リシテアがその言葉に頷いてみせ、アイラの言葉を止める。
「分かってるわ。悪いって言ってるんじゃないの。むしろそれでいいと思ってるの。例え考えて行動したとしても、あの人ならたぶん同じ行動をとったでしょうね。そういう人だったから……。人は皆、自由よ。それぞれが望んだとおり生きるべきだと思うの。例えそれが他人から見れば悲しく辛いことであっても」
「望んだとおり?」
「そう。レイスの望みはなんだったかしら?」
「レイスの望み……世界を、大切な人を守ること」
 思い出すのは、空から振ってきた闇の剣とそれを遮るように広がった光の壁。そして閃光に包まれたあの時。死の淵に立っているのも関わらずあの青い瞳は怒りも憎しみもなかった。優しげで労りに溢れた眼差し。
「彼はあなた達ならそれが出来ると信じていた。そしてあなた達はそれに精一杯で答えた。それでいいんじゃないのかしら。悲しい犠牲がたくさん遭ったわ。あんな結末を望んだわけではなかったけれど、もう時を戻すことは出来ない。だからこれから自分たちに出来ることをしましょ。これからも世界を、大切な人を守るために」
 アイラが頷いた。
「レイスさんの願いはレイスさんだけではなく、ボスやリッドさん、ファラさん、キールそしてこのエターニアにすむ人々の願いであり、これからもその願いはきっと変わらないでしょう。私もこの想いはきっと変わりません」
「メルディが守りたいよ。大切な人を」
「あなた達ならできるわ。きっと」
 リシテアは小さく、それでもしっかりと頷いたメルディに答えるかのように再びスケッチブックのページをめくった。
 そこには幸せに微笑む一組の男女の姿が描かれていた。
 真っ直ぐなダークブルーの髪とふわふわなライトパープルの髪を絡ませ、肩を寄り添い合い微笑むその姿はまぎれもなく幸せな恋人同士だ。
「羨ましいですね」
「そうでしょ。かいてるこっちが照れたわ」
 ふふっと笑うリシテアにメルディが絵から顔を上げた。
「ありがとうな!リシテア!」
 そういって微笑んだその笑顔は今まで見た笑顔の中で晴れ晴れしく輝いていた。そうして少しばかり残念に思う。この笑顔を絵に描けたら、留められたら、きっと後世に残せるだろうと。








友への手向けG 〜笑顔〜





「なあなあリシテア他の絵も見せて貰っても良いか?メルディ見たいよー」
 目の前に置かれたスケッチブックをうずうずとした様子で見るメルディにリシテアが少し照れくさそうに頷く。
「いいけど、笑わないでね」
「笑えるような絵があるか?」
「いえ、メルディそういうことではないと思うのですが……」
 困った様子でアイラが突っ込む。

 数冊のスケッチブックを次々と開くとそこにはメルディも見慣れた風景や人が描かれていたり、あるいは見たことのない風景があったりして、三人は新しいページをめくる度に楽しげに語った。
「あっ、これ給水塔な」
 何本もの棒や板がかけられその上に数人の職人が忙しく働いている。その中には棒を担いで立つ豪快さんや金髪のインフェリアンや図面を片手に何やら指示をしているらしい蒼い髪の青年がいた。
 復興途中のアイメンだ。そのほかに図書館や広場など様々な場所が描かれていた。そのスケッチブックはリシテアがフォッグ達と共に復興の手伝いに訪れた日に一枚一枚書き足していったものだった。シルエシカやアイメンの街と深い繋がりを持つ人々そして新しい住民達の手によってだんだんと元の明るさや前以上の美しさが作られていく様がそのスケッチブック全体を通してわかる。
「始めの頃はちょっと大変だったな。瓦礫をどけたり、運んだり、でもみんなで一緒だったから苦しくなかったな。キールが給水塔や家の図面を引いたり、たまに肉体労働するとよくこけてメルディがハラハラしたなー」
「そうですね。ロエンがあなた達を冷やかしてよそ見をしては自分もこけそうになってました」
「あの人は力入れすぎて必要ないとこまで壊すし」
 思い出してくすくす笑う三人。
「でも、残念なことにまだ途中なのよね。このスケッチブック」
「そうなのですか?」
「そうよ。まだ何枚か白紙があるでしょ」
 言われてメルディが最後の方をめくれば確かに白紙があった。
「ここには完成したところを書きたいの。給水塔や晶霊灯。みんなの絵も描きたいわね」
 街の復興は方はもう終わっているが、絵の方が追いついていなかった。
「それは素晴らしいな!とても楽しみよ!」
「本当にそうですね。しかし、ボス達が大人しくかかれてはいないと思いますけど」
 どうしてもあの人達が一ヶ所にじっとしていられるとは思えない。
「そだなー。キールなんか絶対逃げ出すよー」
 容易に想像がつき、再びその場に笑いがはじけた。

 パラパラと褐色の長く細い指がスケッチブックをめくる。ただ一つの絵を眺めるではなく一定にめくられるそれ。その手が不意に止まり アイスブルーの瞳が船にむけられた。
「遅いですね」
 先程なくなったお茶をつぎ足しにメルディが船に行き、それを後からリシテアが追いかけたのだ。船に馴染みのないメルディにお茶の場所は分からないだろうと。始めはアイラが行こうとしたのだが、たまにはのんびりしてるようにリシテアに言われたのだ。だが、一人きりというのもなんだか少し寂しい。隙をもてあまし再びスケッチブックをめくる。
「あら」
 ピンクのミアキス。幸運を呼ぶといわれているそれ。フォッグが見かけるたびに追いかけ回しているのだが、一度も捕まえられたことがない。絵に描かれているミアキスはティンシアにある地の大晶霊ノームの像の上で丸くなっている。何とも微笑ましい光景だ。
 だが、次にアイラの心に引っかかったのはいつか、ノームの像の前で見た彼の笑顔だった。

「ロエン」
 強い風に髪を揺らしながら地晶霊の力を利用したエスカレーターを登り切ると、大晶霊ノームの像の横に探していた人影を見つけることができた。
 長身を像に寄りかからせるようにして立っている青年。くすんだ金色の髪、エラーラのない真っ白な肌。どちらもセレスティアでは珍しい色だ。決して嫌いではない。それどころか最近はその色を見ると、ほっとする。いつの間にか顔が綻ぶのを感じ、表情を引き締めた。だが、駆け寄ろうとしたその足が止まる。
 彼は空を――空に浮かぶ一つの星を見上げていた。
 インフェリア。
「やっぱり懐かしいですか?」
「アイラ」
 こちらを振り向いた彼にゆっくりと歩み寄り横に並び同じように空を、インフェリアを見上げて見る。こうしているロエンを見るのは初めてではなかった。
 キールに聞いたことがあった。インフェリアに帰る手段が出来たらどうするのか。
 彼はセレスティアにいると言った。時々は帰りたいと思うかもしれないけど、骨はこちらに埋めるつもりだと。その後「セレスティアの方が性に合っている」とか「アイメンの復興や仕事がある」等なんだかんだと理由を付けていたが、本当の理由は聞くまでもなく分かっていた。彼女を見つめるその瞳。優しさと愛おしさに満ちたあの眼差し。それは先程かいま見た彼の眼差しとよく似ているように思えた。
 彼にキールに尋ねた問いをする気になれなかった。彼の答えは決まり切っていた。彼には親友から託された願いがあった。そして彼はその約束を果たすことを度々に口に出していたし、誰よりも熱心にインフェリアとの道を探していた。決まり切った答えだ。そう考えるとなんだか胸が苦しかった。覚えのあるその胸のもやを払うようにアイラは言っていた。
「大丈夫です。きっと帰れます。諦めなければ、必ず道は開けます」
「ありがとう、アイラ」

 その時に彼の笑顔。本当に嬉しそうだった。
 いつの間にかめくっていたページ。そこには笑いあう人々。その中にいる彼の笑顔が想い出と重なり、アイラは少しばかり悲しく、それでもそこにその姿があることを嬉しく思えた。








友への手向けH 〜変わるもの〜





「レイスか。一度で良いから会ってみたかったぜ」
 フォッグが手にした杯で酒をあおりつつ墓を見る。
「ある意味お前に似ているかもな」
「そうか?」
 ロエンの言葉にキールが首を傾げた。レイスの姿を思い出し、頭の中で目の前のフォッグと比べてみる。
「…………」
 キールにはまるで共通点はないだろうと思われたが、ロエンが苦笑いと共に再び、口を開く。
「そばにいれば何があろうとも困難には思えないこと。根拠があるようには見えないのに言い切られれば納得してしまいそうなはったりが得意なところ。そして誰からも好かれるところ、器だけは無駄にでかそうなところとか……そんなところか」
「ほっほっほっ、言われてみればそうかのう」
 これに頷いたのは先程やって来たガレノスだった。彼も杯を満たしちびちびとやっている。
「おう!そりゃアレだ!光栄だぜ!だがよ、ロエンお前も負けてねえぞ!」
「そうだな。大分変わったな。初めて会った時は権力を振り回すなんて嫌な奴だって思ったけど」
 キールは堂々と本人を目の前にしてそんなことを言う。
「ははっ、言ってくれるな。だが、そういうお前も変わったぞ」
「それはまあ……」
 キールはロエンの言葉に頬を赤らめつつ頷いた。酒のせいだけではない。自覚しているからだ。
「俺はあの頃、お前たちがどんな人間であるかなど考えもしなかったからな。ただ、王の命令に従い、敵と呼ばれるものを考えもせず排除する。国や家の人形のようだった」
「僕もそうだった。知識ばかりを追い求め、人の気持ちなんか考えなかった。考えようともしなかった。……不謹慎だと思うが、グランドフォールに感謝してる。あの旅が、メルディが教えてくれたんだ。グランドフォールがなかったら、僕とメルディは出会えなかっただろうから……」
 少しばかり困ったように微笑むキールにロエンが力強く頷いてみせた。
 フォッグは豪快に笑いキールに杯に酒を溢れるばかりに注ぐ。
「あんま、難しく考えんな。今俺達がここでこうしてる。それがアレだからな」
「大事だからな」
「そうよ!それ!」
「人は違う何かを知ろうとすることで変わる、人が変われば世界だって変わる。リッドの言った通りじゃな。ほっほっほっ」

 空を見上げれば、そこには白い星が見える。蒼天に輝く星は悠久に変わらぬ光を放つだろう。








友への手向けI 〜内なる思い〜





「リッド・ハーシェルか。今頃どうしているやら」
 ロエンの呟きにキールがため息をもらす。
「ここにリッドがいたら、旅の間のレイスのことが聞けたのにな」
「そうかお前は……」
「ああ、僕は正直言って、レイスとはほとんど面識はない。ファロース山の頂で一言二言交わした手度で、すぐに闘いになって。バリル城でのあの時も訳が分からないうちに……メルディ達は風晶霊の空洞で助けて貰って随分、好意を持っていた、ファラはともかく、リッドまで剣のことじゃ誉めてたし」
「そりゃ、アレだな。お前さん随分、妬いたろ?」
「そ、それは、まあ……」
 キールが目を逸らしつつ拗ねたように、歯切れ悪く言うと他の三人が笑った。
「仕方ないだろ!僕がいない間にみんなといて、僕と違って頼りになったなんて聞かされたら、それに……」
「それに?なんだ?」
 ロエンの続きを促す言葉にキールは少し躊躇いをみせた後、勢いをつけるかのようにコップに入った残りの酒を飲み干す。
「……メルディがやたら誉めるし……」
 拗ねたような口調で――ようなではなく十分拗ねているような気もするが――言いつつ、自分の杯に酒をつぐキール。そのあまりにも豪快なの飲み方にロエンとガレノスが少々あっけに取られている。フォッグは良い飲みっぷりだとばかりにどんどんキールに注いでいる。
 そんな、周りの様子はまったく気にもせず、キールが続ける。
「アイツ、レイスの髪がお日様みたいに綺麗だの、目が海みたいだの、いろんな事知ってるだの、かっこいいって……(以下略)」
「キール、酔っとるのか」
「ら、らいじょうだ」
 といったが、ろれつが回ってないし、目がだいぶ潤んでいた。顔色が随分赤いのはからかったためかと思ったが、どうやら酔ったらしい。
 見れば、空になった酒瓶が何本か地面に転がっている。
「おや、いつの間に」
「キールもうやめろ」
 ロエンはキールからまだ酒の入っている杯を取り上げた。が、その途端キールの体が傾いだ。慌てて体を支えたが、その体はぐったりとしている。
「おい、キール大丈夫か?」
「……うん……」
 顔を覗き込んで訊ねてみると何とか返事は帰ってきたが、キールのその視線は宙をさまよっていた。
「はっはっはっ、そういや話の間にもこいつ結構飲んでたな」
「笑ってる場合か」
「こりゃいかん。水を取ってくるとしよう」
 そういうとガレノスは立ち上がり、船の方へ歩いていく。彼も結構飲んでいたはずなのだが、足取りもしっかりしているし、あぶなかっしい所は見当たらない。
「まいったな。こんな状態を見られたら、あいつらになんと言われるか」
 ロエンの指すあいつらという言葉にフォッグが微かに顔を引きつらせた。
「お、おう、困ったな」
「何が困ったの?あなた」
 背後から聞こえたその涼やかな女性の声にぎくりと、男二人が思わず姿勢を正した。振り返らずとも分かる。分かりきっていた。

「バイバ!キールどうしたか!?」
 メルディがロエンに寄りかかっているキールを見て、急ぎ足でやってくる。体から力が抜けぐったりしており、いつもは真っ白い肌が赤く染め上がっている。事情の分からないメルディが驚くのも無理はなかった。
「え、いや、その」
 ロエンはちらちらととある一方を気にしながら言い訳を口にしようとするが、簡単には思いつかない。その視線の先には奥様に怒られる総領主の姿がある。本人あまりこたえてるようには見えないが。
 そうしているとアイラがすっとロエンの前までやって来てキールを見る。
「酔っぱらってますね。あなたが飲ませたんですか?」
「ホントな。みんなお酒臭いよー」
 キールは普段あまり酒を飲まない。付き合いで飲める程度ではあるのだが、まだ未成年だと言うこともあるし、基本的に好きというわけではないのだ。
「べ、別に俺達が無理矢理飲ませたんじゃないぞ」
 二人分の視線を受け慌てて弁解するロエン。
 じ――――っ。
 二人の無言の視線を受け、ロエンが怯むとそれを見るアイラがくすっと笑みを零した。
「分かってます。キールだって子供じゃないいんですから」
 そういって微笑するアイラの笑顔にロエンの頬には酒気とは違う火照りが点った。それに気づいて悪戯っぽく笑うアイラにロエンはさらに顔を赤くして、口をもごもごさせる。
「ロエン。あなたもだいぶ飲んだんですね。顔赤いですよ」
「だ、大丈夫だ」
(ここがインフェリアなら今頃は夕方の時刻で、海も空も夕陽で赤く染め上がっている。そうすれば、顔色なんて簡単に上手くごまかせたのにな)
 ロエンは頬を手で隠しながらそう思わずにはいられなかった。

 セレスティアの空に夜の帳が落ちようとしていた。








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