友への手向けJ 〜二人の距離〜





「……メルディ」
 微かな吐息と掠れたような呟きを間近に感じて、メルディは混乱していた。どうしようもなく。
(バイバ〜!どうしてこんなことなったか)
 薄暗い部屋の中に二人っきり。その上彼は――キールは寝台に腰を掛けていて、自分は彼の隣でいや、まるで子猫のようにすっぽりと彼の腕の中に収まってしまっている。
 背中に回された腕から普段より高い彼の体温を感じてメルディは心臓がばくばくしていた。
 白く長い指先が優しく薄紫の糸を梳く。熱い吐息が耳朶に掛かるたびにメルディの体が震えた。見上げれば、蒼い髪が美しい絹糸のように間の前にあり、小さな灯りに微かに光を返しているような気がした。
 ほんのちょっと前、二人の距離はこんなにも近くではなかったのに。といっても違いは五十センチちょっと。それだけの違いでこんなにも胸がドキドキする――

「う〜ん」
「おいおい、しっかりしろや」
 まるで浜辺に打ち上げられたトドのようにキールは与えられた船室の寝台に寝転がっていた。いや、正確に言えばたった今フォッグに寝転がされたのだ。
 バリル城のある島を出ることになり、船に最後の者達が乗り込んだが、酔っぱらったキールは自力で立つことも出来ずフォッグに肩を貸して貰った。乗り込むと同時にそのまま船室に運ばれたのだ。横ではメルディがロエンの差し出した水差しを受け取りながら、心配そうに寄り添っている。
「ティンシアにつくにはこの船だと2時間弱と言ったところだ」
「それまでゆっくり、アレしてろや」
「休憩してろ」
「はいな。二人ともありがとな」
 メルディがお礼を言うと、二人は黙って腕を上げ、部屋を出る。

「キール、大丈夫か?はい、お水な」
「悪い」
 キールは上半身を起こし、差し出されたコップを震えた手で受け取った。その為少しこぼれて胸に大きなしみが出来た。何やら手元が危ないので、メルディがキールのコップを持つ手に褐色の手を重ね支えた。手を支えたままゆっくりと飲ませてやる。
「しばらく寝てたら良くなるな」
 この船はさすがにフォッグ――シルエシカの持ち物だけあって、大きく安定しているので揺れも少なく、船酔いにもなりにくい。
「ああ、そうだな」
「バイバ!」
 どさっ!とキールが後ろに倒れ込むように寝台に横になり、手をつないだままだったメルディもつられてキールの上に倒れ込んだ。
「……びっくりしたなぁ、もう!キール!?」
「悪い。放すの忘れてた」
 キールはそういって今更メルディから手を放した。くすっと笑いメルディがそのままキールの胸に頬をすり寄せる。
「さっきからそればっかりな」
「……そうかな」
「『なは余計だ』な〜♪」
 いつも自分が言っているセリフを言われキールは鼻白んだ。無言で自分の前髪をかき上げ額をぽりぽりとかく。するとメルディはキールの胸から体を起こし、微笑む。
「キールなんだか女の子みたいな」
 そんなことを言われてキールは眉間に皺を寄せて見せた。
 キールは今、普段は後ろにくくった長い髪を解き、背中に流している。深く蒼い髪が海のように白いシーツに広がっている。
 中性的な顔立ち、長身ではあるが男にしては細い体、日に焼けず白い肌をしている。更に今は酔っているため目が潤みもち、頬が赤らんでいる。そんな様子なのでなんだか妙に艶っぽい。キールにしてみれば好きな女の子から言われても嬉しくとも何ともない。
「…………」
 なんとなく恥ずかしくなって黙り込み、キールが顔を背けるとメルディが顔を覗き込んでくる。
「怒ったか?」
 すぐ目の前で揺れる薄紫の髪にキールはどきっとする。
 枕元の小さな光がメルディの輪郭を縁取る。
 ふわふわと揺れる淡い紫の髪、少し細められた同色の瞳、白乳色の光をうっすらと放つエラーラ、体にかかるさして重くもない体重、肩にかかる手は小さくて、まるで全てが光に溶けてしまいそうに儚く美しい。
 キールはなんだかたまらなくなって、強い力でメルディの体を抱きしめた。
「え?キ、キール?」
 メルディが突然の強い抱擁に少しばかり驚き、キールの顔を見つめる。いつもなら真っ赤になって、「離れろよ!」……っていうのに。
 キールは少し目を細めメルディを見返すと、彼女の額に――エラーラにそっと口づけた。
「!?」
 今度はメルディが赤くなる番だった。
「キール、酔ってるか?」
「……酔ってない……」
「うそ」
「嘘じゃない」
 鼻先に近づけられた唇からはワインの薫りがする。
 気がつけばキールの形のいい唇がメルディのそれに重なろうとしている。
「やっぱり酔ってるなキール!」
 慌てて身を引こうとしたが抱きしめられたままでそれも出来なかった。
「キー……」
「嫌なのか?」
「えっ……ちがっ……」
 思わぬ問いかけにメルディは一瞬きょとんとした後、首を振りながらそう言いかけたが、キールの目を見て何も言えなくなった。
「嫌なのか?」
 再びの問いかけ。
 暗いセレスティアの海を思い出させる深い青紫の瞳。微かな熱に冒されるそれは今たゆたっている。
「キール……」
 そんなことは考えてもいなかった。嫌とかそんなことではなく、なんだかいつもと違うキールの様子にドキドキしただけ。自然と顔を赤くなって、そんな自分が恥ずかしくて。
「やじゃないな……」
 気がつけば顔を横に振っていた。
「キール、ずるいな」
 あんな目で見られたら嫌だなんていえない。それはまるで宝石のようでどんな物よりも綺麗だ。
 青紫。とても好きな色が混じり合った不思議な色、メルディの一番好きな色。この目で、彼に見つめられる。それだけで心臓がドキドキして、でもとても幸せな気持ちになる。
 初めて会った時はとても冷たかった。言葉が通じなくても嫌われているのだとすぐに分かるほど。でもその目の眼差しがだんだん優しくなって、旅の終わりの頃には他の誰よりも自分のことを思いやって、気遣ってくれた。今その眼差しは愛情と信頼に彩られ、自分を見つめてくれている。これ以上幸せなことなどありはしない。そう思えるほど。
 自分を捕らえて離さない。離れられない。
「離れたくないよ。離さないでキール」
「メルディ……」
 熱をおびた吐息と甘やかな囁きがメルディの唇のかかる。二人の距離がゼロに近づく、心も体も。メルディはそっと目を閉じた。
(大好きなキール……)

 二つの影が重なり一つになるとともに腰を掛けていた寝台に倒れ込んだ。
 そして部屋には甘やかな囁きが……ではなく、小さな寝息がやたら静かな部屋に響き渡る。
「すーすー」
「……キール……?」
 甘い口づけではなく、唐突に重くなったキールの体に押し倒されたメルディが目を瞬かせ、キールの顔を覗き込んだ。
 穏やかでこれ以上ないというくらい幸せそうな寝顔。
「……寝てるか?」
 問いかけても返事はない。ただの酔っぱらいのようだ。
 何で?どうして?ついさっきまで名前を呼んでくれてたのに。あんなに優しく抱きしめてくれたのに。キールがこんなに積極的に抱きしめくれたのは久しぶりなのに。まさか酔った勢いというやつなのだろうか?恥ずかしかったけど、メルディ頑張ったのに……。
「……………………………………………………………………………キールがバカぁ!!」
 当たり前というか何というか、沸きあがった怒りに身を任せて、メルディは自分の上に乗ったキールの体を寝台から落とした。
 ドスン!と音を立ててキールの体が床に転がった。
「うっ!いててっ……あれっ?」
「キールのバカバカバカぁ!もう知らないな!」
 メルディはすぐさま自分の体を起こし、きょとんとした表情で床に転がるキールを跨いで部屋を走り出た。
「えっ?メルディ?」
 捨て台詞を残し、メルディが部屋を後にする。その後には寝起きでいまいち状況把握が出来てないキールが一人取り残されたのだった。二人の距離は今、限りなく遠かった。








友への手向けK 〜騎士の誓い〜





 薄暗い船内。狭い廊下。それは今の自分の心のようだ。
 目の前には二股の道があり、どちらへ行けばいいのか分かっているのに、そちらへ行かず。行かなければいけない場所とは違うのに心惹かれるところがあって。しかし全てを捨ててそちらへ行くことに躊躇いがあり、結局どちらへも行けない。何とかどちらかの道へ進もうとはするが、同じところで足踏みをしている。

 廊下の壁に目を閉じ背を預け、ロエンはため息をつく。
 微かに火照りが残る頬にかかる前髪をかき上げながらぼんやりとする。キールのあてがわれた部屋の前でフォッグと別れ、酔い醒ましに水を貰った帰りだった。しかし、あまり変わった気がしない。飲んだその時は頭が冷めたような気がした。しかし時がたつにつれ再び頭に靄がかかってくる。
「どうすればいい?」
 答えを求めるかのように再び目を開くと微かな風の流れを感じた。冷めた風の感触が頬を撫で、髪を揺らす。風が吹いてくる方向に目を向け、思い当たる。
「甲板だな……行ってみるか」
 酔い醒ましにはちょうど良い。
 ざぁぁぁっ――……。
 一歩階段を上がるたび大きくなる波音に耳を傾けながら甲板に上がる。
 そこには既に一人の先客がいた。
 水色の長い髪を結い上げた、すらりとした姿勢の女性。手すりに両手をかけ、珍しく晴れた夜空に架かる月を見上げている。
「アイラ……」
 思わず呟きその姿に視線が釘付けになる。月を見上げるその姿は一枚の絵のようだ。美しいと思うだが、同時になんだか胸が苦しくなる。訳も分からず腹が立ち、わざと足音を立てるように近づこうとしたが、時折強く吹く風に髪を押さえながら彼女が少しばかり身を震わせるのが見えた。
「着てろ」
 ロエンは足早に近づき、自分の着ていた上着を彼女の肩に掛けた。ばさりと掛けられた上着とその足音に驚いてアイラが振り返った。
「ロエン、どうしたんです?船室に向かったのでは……」
「酔いを醒まそうと思ってな。迷惑だったか……?」
 少しばかりロエンが悲しげな表情を見せると、アイラがとんでもない!と、首を振った。
「迷惑だなんて、そんなことありません!そんなこと絶対……!?」
 猛烈な勢いで返事をかえされ、今度はロエンが驚いた。少し間をおいて吹き出す。
「くっ、ははっ……」
「あっ……」
 笑われアイラが微かに頬を染めうつむいた。
「もう!そんなに笑わないでください」
 なんだか、自分がすごい勢いでしゃべったことを自覚してアイラの頬が赤くなる。ロエンは笑いを抑えようとしているのだろうが、しっかり漏れていた。
 アイラは赤くなった顔をロエンから背け再び月を見上げる。
「すまない」
 ロエンがなんとか笑いをおさめて言った。アイラが振り向こうとする。しかしその時、突風が吹き抜け、二人の体を強く叩いた。
「きゃっ!」
 アイラは上着が飛ばないように慌てて胸の前を掻き合わせる。ロエンは顔を顰め、ばさばさになって目に落ちてきた前髪を無造作にかき上げた。
「すごい風だったな」
 風が収まりロエンがそういうとアイラが同意を示し頷いた。アイラ自身も先程の突風で結い上げていた髪もボサボサになっている。整え直そうと、髪をくくっている紐へ手を伸ばしたが、長く外にいたせいなのか手がかじかんでほどけない。
「手伝おう」
 アイラが大丈夫という前にロエンの声が近くでして、紐へ伸ばしていた手が大きなそれに包まれた。
 目の前に広い肩があり、月光からアイラの顔を遮った。程なくして耳に紐の擦れる音がして、アイラの髪がさらりと肩口に落ちた。
 癖のないまっすぐな髪をロエンの指が梳く。アイラの手は既に力無く下りてロエンにされるままになっている。
「水のようだな」
 小さなつぶやき。
(清らかで美しい……)
 整えるように優しく髪を梳く。何度も。指に絡まるその髪の感触を楽しむように。
 そうしていると、不意に手をつかまれた。
「ありがとうございます、ロエン。もう大丈夫ですから」
 アイラが気恥ずかしそうにロエンを見上げている。

 華奢な肩に自分の上着が掛かっている。それは彼女には幾分か大きくて、いつもより小さく見せる。手に添えられたその褐色の細い指。服の合間から見えるその肌は滑らかで美しい。こちらを見上げるその双眸は少しばかり潤んでいるように見え、本当に水のようだとロエンは思った。髪がエラーラが月の光を受けて輝いているように見える。
(参ったな)
 自分はまだ選んでいないつもりだった。道を前に立ちつくすように。
 インフェリア王家への忠誠、義務と権利、アレンデ姫、……どれも自分にとって大切な物でなくてはならない物だと思っていた。何よりも優先すべきだと、一日も一刻も早く、戻らなくてはと……。しかし時がたつにつれ、この地で過ごすうちに、気づいてしまった彼女への自分の思いに。彼女の傍にいる事を、彼女のそばを離れる日が永遠に来ないことを望む自分がいて。
 誰よりも何よりも目の前の女性がこんなにも愛おしくて。
 出会って一年。たった一年、それが今までインフェリで過ごした二十数年よりも重く感じられるなど。自分でも信じられなかった。
 だが……それでも亡き親友の思いを無駄にすることなどできない。決して。

「アイラ」
 ロエンは目の前に流れる水色の髪を優しく一房つかみ口づけた。これは誓いだ。
 目の前にはセレスティアの誰よりも愛おしい人がいて、見上げれば、遙か空に輝くインフェリア。
 どちらも大切で愛おしい。選べないと思っていた。それでも自分は選んでいた。自分にとって大切な物を。それは……。








友への手向けL 〜道と約束〜





「アイラ」
 優しい声音と眼差しでロエンがアイラを見る。
「はい」
 アイラはその真っ直ぐな眼差しを受け取り答える。
「アイラ。俺は必ずインフェリアに帰る。そして友との約束を果たさねばならん」
 風が流れる。聞き間違えようのないしっかりとしたその声と想い。
「……はい」
「アレンデ姫を守らねばならん。アイツの代わりに」
「ええ、分かってます」
 そう答えながらアイラは信じられないくらいの動揺を自分に感じていた。

 分かっていたことだ。彼はいつかインフェリアに帰る。自分がシルエシカを、ボスを大切に思うと同様に彼もまたインフェリア王家に、アレンデ姫を大切に思っていることを。
 分かりきっていたことだ。とっくの昔に分かっている別れだ。こんな事を言われるのは今更だ。なのにどうしてこんなにも胸が苦しいのだろう。悲しみに胸が張り裂けそうだ。
 たった一年前に出会い、その時は敵同士で。それからは共通の敵を持ち立ち向かう同志で。戦いが終わると、かけがいのない仲間でずっと傍にいた。いつの間にか彼と並んで立つことに安らぎを感じていた。いつからだろう。それと同時に自分が一人でいることに寂しさを感じるようになったのは。今、彼はここにいるそれでも、その先を想像すると恐かった。先程自分の手を包んだ大きく温かい白い手。例えようのない嬉しさと想いが溢れてしまった。その手がなくなってしまったら、まるで、赤ん坊のように立てなくなってしまうのではないか。
 それでもアイラは笑って見せた。なぜなら自分は知っている。例えそばにいなくても人の心が想いが通じることを。例えどんなに離れていてもその心は決して消えはしないことを。ボスや奥様、あの人達のように
「いつかその約束が果たせたら、その時はまたセレスティアにも来てください。私……私たちいつでもここにいますから」
「ああ、必ずお前に会いに来る。その時はインフェリアにも来て欲しい。俺の故郷をお前に見せたい」
「ええ。必ず」
「その時は……」
 ロエンはそこで一瞬躊躇い口ごもったが、意を決したようにいう。
「……俺の両親にもあって欲しい」
「ええ。楽しみです」
 アイラは微笑んだままそういった。

(……やっぱり通じてないか)
 セレスティアとインフェリアでは結婚に対する風習がだいぶ違う。無理もないだろうと思うが、今更ながらに恥ずかしくなって、通じてなくて良かったような気もするなとロエンは思った。
「ロエン?」
 急に黙りこくってしまったロエンにアイラが首を傾げた。そんな彼女の可愛らしい仕草を見て、何でもないと言いながら、思う。絶対に他の誰にも渡したくないと。
 先程、月を見上げる彼女を見て他の誰かをあんな風に見つめられたらと思うと苦しくなった。
 インフェリアも大事だ。それでも彼女は他の誰にも渡したくない。どちらを捨てることもできはしないのなら、どちらも選ぶしかないではないか。なんて自分は欲張りなのだろう。
 レイスの遺言を果たすためインフェリアに帰り、アレンデ姫を誰か託すことを出来たなら、その時はまたセレスティアに戻ろう。その時こそ、はっきりと言いたい。彼女に自分の思いを。今ここで言うことは出来ない、彼女を縛ることになってしまうから。
 背筋をしっかり伸ばして、自分の隣に立つ女性。これからも二人で並んで歩きたい。
 その為にはまず自分がすべきことをしなくては。
 レイシス、お前は俺のこんな答えをどう思うだろうか。我が儘だと怒るだろうか?呆れるだろうか?それとも……。

 その答えも未来もまた遠く果てない道ではあるが、まず一歩、彼は踏み出した。自ら選んだ道を。 








友への手向けM 〜希望が見える〜





 惜しみなく振る月の光に照らされた二人の男女。
 廊下を足早にあるく少女と追いすがる青年。
 そして――

 うっすらと月明かりが差し込む操舵室。
 金色の髪を揺らし隣に立っていた女性が窓辺による。操舵室は船の一番高いところにあるのでそこから眼前に広がる海と甲板が見下ろせた。
 そうするとそこには惜しみなく振る月の光に照らされた二人の男女が見える。少し視線を外せば甲板から船尾へ続く通路を足早に歩く少女と追いすがる青年がいる。どちらも生き生きとして見え、今にも声が耳に飛び込んできそうだ。
「仲がええのう」
「ええ、とても」
 いつの間にか横に立っていたガレノスの言葉にリシテアが頷く。
「不思議ね。あの子達を見てるとなんだかとても幸せな気分になる」
「おう!」
「インフェリアンとセレスティアン。たった一年前は啀み合っていたのにこんなにも愛おしく思えるのね」
「おう」
 もちろんこれがすべてではない。どちらの世界にもまだわだかまりが残っている。二千年間の時間背を向け合ってきた。その時間を比べ合うと理解に至るのはあまりに短い。短すぎるのだ。
 まだまだ問題はたくさん出てくるだろう。外見、文化、気質、身分や宗教に対する考え……細かいところにまで上げればきりがない。そして何よりも今二つの世界の距離は遠すぎた。
「それでも」
「失いたくねぇ」
 力強いフォッグの言葉にリシテアが微笑む。
 それを力ずく押すようにガレノスが言う。
「二つの世界はもはや二つではない一つの世界なのだ。人が人を知る。それは小さな世界なのだ。途切れることもあるだろう。離れることもあるだろう。だが、望めばきっと歩みよえる。数え切れない幾つもの世界が重なりエターニアという世界を形作っているのだ。大丈夫。今そこに希望が見えるのだから」
  
「メルディ!いい加減機嫌直せよ。悪かって言ってるだろう」
「……メルディもう怒ってないよ」
 ぶすっと頬を膨らまして、目線を合わせないでそんなことを言ってくる。怒っていることは明らかだ。そんな表情も可愛いと思うが、今はあまり嬉しくない。
「嘘つけ」
「メルディ、嘘言ってないな」
「嘘だ!」
「嘘違う!!」
 ――以下数分繰り返しにより省略――
「……ああ、わかったよ。だったら証拠を見せろ」
「証拠って何か?」
 少しばかり据わった目のキールに言われ、きょとんとするメルディにキールはこうするんだと言い、彼女の体をぐいっとを引っ張った。
 あっという間に抱き寄せられ、驚く間もなく重なった柔らかなそれにメルディは真っ赤になった。
「バイバ!」
「まだ怒ってるか?」
 いたずらに成功したみたいな子供の顔でキールに覗き込まれメルディは次の瞬間、彼の耳元で叫んだ。
「怒ってるよ!キールのバカー!!」

「賑やかね」
 二人きりになった操舵室で寄りそいながら、リシテアは聞こえてきた可愛らしい少女の怒鳴り声にくすくす笑みを漏らした。
「おう。だが、アレだな。来年の墓参りはもっとアレになるぜ!きっとその頃にゃあいつらもアレだからな!」
「一緒ね」
「おう!」
 懐かしい仲間もきっと。
「ええ、会えるわ。リッドやファラやチャット、そして……」
 微笑みながらフォッグに寄りそうリシテアは自分の腹部を優しく撫でた。
「この子にも……ね」
「おう?」
 
 月明かりに輝く花々が揺れる。剣が月明かりに反射をして輝く。
 それは彼の心のように。

――待っているよ。また会える日をいつか…………。







終――




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紫雲英の戯言。
……はい! 某サイトさんに投稿されていた螺旋さんの小説でした〜。
図々しくも転載願い出て、オッケイとのことだったのでもらってきちゃった〜。
だって、まとめ読みするのに、投稿サイトでCGI検索するのめんどいんですもの…(なんという外道か)

ええ、毎回続きが楽しみで投稿されるたびに悶えてましたのことよ(笑)。
「キールー!」とか「ロエンー!」とか絶叫しまくってたので、…隣に住んでた人は…すんまそん。
いやだってもう。細かいところいちいち突っ込んで感想書くとものすごい量になりそうなので
ここでは控えておきます(笑)。
とにかく好きということでv

ありがとうございます〜vv