春、昼下がり(後)
「それで? そのあとどうしたの?」
「街ついたらな、いきなりキール凍ったよ」
「凍っちゃったの!?」
研究室に残ったメルディは、サンクとアニスに頼まれ、セレスティアでの旅路を語って聞かせていた。キールに比べるとずいぶん反応が穏やかで物静かではあるものの、きらきらと子供のように瞳を輝かせながら質問してくる様は本当によく似ていて、知らず笑いがこみあげてくる。
「それでな、そのあと……」
いきなりくすくすと笑い出した二人に不思議そうな視線を向けると、アニスは笑いすぎて目じりにたまっていた涙を指でぬぐって「ああごめんなさい」と言った。
「本当に仲がいいのね、四人。聞いててこっちが楽しくなってきちゃう」
「あー、まあなー」
メルディはぽりぽりと頭を掻いた。
「最初はそうでもなかったなー。ファラは優しかったけど、キールがめちゃめちゃ怖かったよ。メルディ、かみつかれるか思った」
「かみ……かみつくって……」
「今は優しいけどなー。キールは怒ってるがフツーだから、ここんとこずっとへん」
でもな、とメルディはクィッキーを抱きしめた。はずみでクィッキーの口から「クキュ」と鳴き声が漏れる。
「へんなキールはいいな。優しいとメルディうれしい。なんかぎゅーってなるよ」
微かに頬を染めて幸せそうに微笑むものだから、見ているほうが照れてしまう。
サンクはなんとなく気恥ずかしくなって、話を逸らすことにした。
「そ……それでさ、さっきの話のとき歌ったって歌……」
「聞きたいか? いいよ、聞いててな」
狙いどおり彼女の思考はさっさと切り替わってくれたらしい。透き通った声で風変わりな節回しの歌を歌い始めた。
学部長がまさか応じてくれるとは思っていなかった。
これがキールの正直な感想だった。
思ったよりも緊張していたらしく、途中から自分が何を口走っていたのかおぼろげにしか覚えていないが、とにもかくにも承諾の返事が得られたということは役目を果たせたということだ。重くのしかかっていた責任感から開放されて、足取りも軽くメルディがいるはずの研究室へ向かう。
研究室の前には数人の人だかりができていた。思わず足を止めかけるが、入り口にかかっている札には確かに『光晶霊学部学生研究室』とある。恐る恐る中をのぞくと、まずサンクの戸惑ったような視線とぶつかった。ついで彼がその視線を流した方向を見やると、机に腰掛け上機嫌で歌っているメルディと、彼女の周りを跳ね回っているクィッキーの姿が目に入った。
メルディのそばにいたアニスがキールに気づき、やはり戸惑った様子で近寄ってくる。
「キール、あの子、なんだか変なの。酔ってるみたいな……」
「うん、酔ってるなあれは……」
能天気な振る舞いはいつものことだが、メルディはその言動とは裏腹に聡明な少女だ。研究室を後にする前のキールの態度から、彼が目立ちたくないと思っていることは察していたはずだし、そうでなくても自分から人目を引くようなことはしないだろう。そのはずが、いかにも気持ちよさそうに歌っている。よく見ると体もリズムに合わせて小さく揺れている。そのうち踊りだすかもしれない。
……明らかに酔っぱらっている。
「でも、どうして? お酒なんか飲ませてないのに……」
ねえ、と二人が顔を見合わせる。
「何か食わせたか?」
「え……っと、歌を聞かせてもらったの。それで、ちょっとしたお礼のつもりでのど飴をふたつ三つ……」
「成分は?」
問われてアニスが懐をまさぐって袋を取り出す。
「……オーロックスの肝臓とセンジュソウをいっしょに煎じて、砂糖楓で甘くしてあるやつ……」
「……それだ」
キールはため息をついた。
「前にも一度、オーロックスの肝臓を煎じてつくった腹痛の薬を飴玉と間違えてたらふく食った挙句、べろんべろんに酔っぱらったことがある」
オーロックスはインフェリアのいたるところで飼育されている一般的な家畜だ。卵が万病に効くとされているエッグベアなどとは違って危険をおかしてしとめる必要もなく、安全確実に手に入る。そのうえどの部分をどの薬草と一緒に煎じるかによって実にさまざまな症状に効果があるため、薬の原料としてよく使われているのだ。
「ええ? ごめん、なんか……」
瞳を曇らせる二人に、キールは軽く息を吐いて肩をすくめてみせた。
「別に謝るようなことじゃないさ。言っておかなかったぼくも悪いし、何にも考えずに食べたメルディも悪い。まああの時も次の日には元に戻ってたし、そんなに心配するようなことじゃ……」
「あっ! キール、キール来た!」
「クィッキー! クキュルルルル!」
突然あがったやけに明るい一人と一匹の声に、キールはぎくりとして身を強ばらせた。次の瞬間、ものすごい勢いで突進してくる華奢な身体をなんとかよろけずに受け止める。
「……だから、心配するようなことはない」
きっぱりと言い切り、それでも困惑顔を崩さない二人に、彼は訝しげに眉根を寄せた。
「……どうした?」
「……なつかれてるんだな……」
「は? なんのこと……」
キールは苦笑混じりにかけられたサンクの言葉にきょとんとして下を見下ろし、裏返った声をあげた。
「……ってうわ! なにくっついてんだメルディ離れろ! だああー! クィッキーも! 人の頭の上で跳ねるんじゃない!」
真っ赤になって引き剥がしにかかるが、意外なほどの力でべったりくっついて離れない。いつもなら聞き分けがいいものを、ひたすら笑いつづけていて聞く耳持たない。
酔っぱらいとはある意味最強の存在である。
「あはははははふわふわー。なんかキモチいーのー」
「クキュークキュルルル」
「聞いてるのかおまえらあぁっ!」
思わず怒声を上げてしまってから、キールははたと我に返った。
傍らにはサンクとアニス。
研究室の前には何事かと学生たちが集まってきている。
全員の視線は間違いなく自分たちに向けられていて。
「――――――――――――っ!」
キールは額に手を当て、天を振り仰いだ。
そして次にはクィッキーごとメルディを抱えあげ、それこそ風のようにと形容するのがふさわしいほどの素晴らしいスピードでもって、入り口に群がっていた学生たちの間をすり抜けて走り去ってしまった。
後には、呆然と立ち尽くす友人たちがとり残されていた。
宿の食堂で他愛もない話をしていたリッドとファラは、駆け込んできたキールの姿を見て、それぞれ違う反応を示した。
「おー、すげえ。オマエここまで走ってきたの?」
リッドがのんびりした口調で椅子の背もたれに体重をかけて言うと、
「そんな場合じゃないでしょ! キール、メルディどうしたの? 具合悪くなっちゃったの?」
ファラがリッドを一睨みしてあたふたとキールに駆け寄ってきた。
ぜいぜいと今にも倒れそうな息遣いのまま無言でファラにメルディを預け、食堂のカウンターから水の入ったグラスをふたつ持ち。ソファに座らされたメルディの目の前にどん、と置く。
「飲め」
「……キール?」
隣のファラが遠慮がちに名前を呼ぶ。
「いいから飲め」
「はいな〜」
えへらえへら笑いながらもメルディが素直にグラスに口をつけると、彼は持ってきたもうひとつを手にとり、一気にあおった。
ようやくひとごこちついてから、リッドとファラの物問いたげな視線に気づき、腕を組んでメルディのほうを見やる。
「酔っぱらいには水分だ」
大学で先輩学生たちに散々飲まされ、新入生たちを介抱し、なんだかんだで対処法のいくつかは頭に入っていたりする。
次の日目を覚ましたメルディが何も覚えていないであろうことも、まあ、予測のうちだ。
--END.
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あとがき。
書きたかったモノ。こけるキール。のろけるメルディ。
姫抱き(してたかどうかは謎)ダッシュ。…でした。
私どうにも詰め込みすぎて冗長になる傾向があるみたいで。
元ネタはキャンプスキットです。
最初私オーロックスが何なのかわからなくて、本文中に「しとめる」とか書いてたんですよ(笑)
でも攻略本見て爆笑。牛さんじゃん!!
ついでにセンジュソウとかいうのも思いっきりいい加減です。適当適当(笑)
それがなんなのかは私も知りません。
で。酔っぱらった場合はやっぱり水とか飲んでさっさとアルコールを流しちゃうのがいいんですな。
メルディみたいな酔い方の場合は、ですがね。
もっとひどい状態のときはまた別の適切な方法があります。
キールは飲酒経験者です(笑)。未成年ですが、土地によっては子供でもお酒を飲むところはあるしね。
でもインフェリアの道具屋さんにも「リキュールボトルは二十歳から!」なんて貼り紙ありましたな。
ファンタジー系ゲームだと、成人は十代だったりすることが多いので、インフェリアもそうだと思ってたんだけど…日本も飲酒喫煙は二十歳からだから、その辺スタッフの気遣いなのかしら。
ちなみ、うちのキールはED後メルディにゲロ甘です。それこそ妹を甘やかすバカ兄のごとく!(笑)
2002年11月、本文一部改稿(笑)。オーロックスの記述のところをね…
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