手探りで(6)





「キ……」
 ほっとしたように微笑むその表情。肩越しにリッドとファラの姿をみとめて、それからもう一度メルディは目の前の人物を見上げた。
 食い入るように。
「メルディ?」
 あまりに顔を近づけたからなのだろうか、キールはわずかに顔を赤らめたが、目を逸らそうとはしなかった。
 青紫の瞳に自分の泣きそうな顔が映って、揺れている。
 震える手で頬をなぞり、それから彼女はがばっと彼に抱きついた。
「わ!?」
 先ほどのささやきより数段高い声――動揺している証拠だ――が聞こえたが、かまってなどいられない。
 ここにいる。夢じゃない。
 張りつめていたものが一気に緩むのを感じて、メルディは大声で泣き出した。
 頭に大きな手のひらを感じる。優しく、なでてくれる。
 この上ない安心感に足の力が抜け、彼女は自分でたつこともできずそのままキールに支えられて泣きつづけた。






「じゃ、オレら先に行ってるぜ」
「ロエンたちとゆっくり追いかけてきてね」
「え、ちょっと……」
 さっきとは比べ物にならないほどすっきりとした表情で手をあげ、リッドとファラはさっさと洞穴の奥に向かって走っていってしまった。
 メルディは未だ彼自身の胸にすがりついて大泣きしている。あれはひょっとして気を利かせたつもりなのだろうかとぼんやり見送り、キールは淡紫の頭にあごを乗せた。
「無事でよかったよ」
 長い息を吐いて背中をさすってやる。彼の服をつかむメルディの手に力がこもった。
「歩けるか?」
 できる限り優しく尋ねると、間髪いれずに返事が返ってきた。
「……歩けナイ」
「……は?」
 その声になんだか含みを感じてメルディを見下ろす。顔を上げた彼女の頬はまだ濡れていたが、その表情はすでに泣き顔ではなく、いたずらっぽい笑顔だった。
「歩けナイ。からキール運んで♪」
 本気ですか。
 おもわず敬語で問い掛けたくなってしまったが、ここで拒否すれば泣き落としが待っているのだろう。地面に降り立っていたクィッキーはすまし顔で前足を舐めている。どうぞご自由に、といわんばかりだ。
 わかりました、わかりましたよ。
 顔を真っ赤に染めながらも、キールはメルディを抱きあげた。彼はそれほど力の強い方ではない。が、メルディの身体はあまりに軽いため運ぶのはそれほど苦ではない。
 ないが。
 ちょっと待て。この体勢でロエンに会えと……?
 恐ろしい考えが浮かんでキールはぶんぶん首を振った。まわされたメルディの腕に阻まれて、実際は揺らしたと形容するのがふさわしいのだろうけれど。
「前途多難だな……」
「ほえ? なに?」
「……なんでもない」
 キールは肩を落として入り口の方へ歩きだした。
 二人の後ろを、クィッキーがちょろちょろジグザグに(遊んでいるつもりらしい)追いかけていった。








 窓の外は相変わらずのさわやかさ。
 思ってもみなかった事件のせいで、四人は三日ほどセレスティアに発つことができずに足止めを食らった。
「処刑にはいたしません」
 アレンデ王女はそういったが、小刻みに揺れる肩は深い怒りをうかがわせた。
「けれど、あの者たちが自身の真心にかけて二度とあのようなまねをしないと誓うまでは、釈放してさしあげるつもりもありません」
 一体いつの話になるのでしょうね、と遠い目をして王女はつぶやいた。
 ほんの一年程前までただひたすら純真な「お姫様」でしかなかった彼女にとって、いくら精神的に成長したとはいえ他人を裁くのはつらい仕事だ。
 それでも、逃げない。
 それが最愛の人へ向ける唯一の真摯な想いだ。
 結局、メルディを連れ去ったものたちは、熱狂的なセイファートの信者だということがわかった。ロエンの説明によると、セイファートの教義を教会よりもさらに厳しくした少し特殊な集団で、ここ最近ちらほらと研究資材運搬の妨害やミンツからの学生への恐喝などを行い、かなりの件数の被害届が出されていたらしい。セレスティアとの交流を試みて研究を続ける人々を見て危機感を強めたというのがその理由だそうだ。
 セレスティアを知る者たちからすれば、なんとも愚かしい理由だが、彼らは彼らで真剣だったのだろう。その手段は決して容認されるものではないけれど。
 きっと皆が皆すんなり異世界の存在を受け入れられるわけではないのだ。
 リッドたちだって、最初はセレスティアに対する恐れの気持ちばかりが先にたった。
 これからみんなで、手探りで探していくのだ。
 共存の道を。




 メルディは結局王城の客室に戻るまでキールにくっついて離れなかった。
 後日彼女はそのことによる手痛いしっぺ返し――というべきかどうかは知らないが――を受けることになる。
 どこから見ていたものやら、次の日中庭を通りかかると、集まっていた貴族の令嬢たちに散々からかわれたのだ。いつもならこういうときに集中攻撃を受けるキールは、さっさと天文台に逃げてしまっていた。


 せめて横抱きではなくおんぶにしておけばよかったと、メルディはしみじみ思ったのだった。







--END.




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あとがき。
おんぶでも大して変わんないと思うよ、メルディ(笑)
ふー、終わりましたあ。
一話一話が短かったですが、場面転換が多いとどうしても、ね。

書きながら思ってたこと。
グランドフォールに関して少しでも知識をもっているのは、インフェリアとミンツの人くらいだろうなと。
ほかの町の人は、きっと何が起こってるかすらわからなかったと思うのです。
テレビだの電話だのなんてないし、情報なんか入ってきませんもん。
何が起こっているかもわからずに、でも異変は目に見えるわけですから、暴動とか起きなかったのが不思議なくらいだと思います。
治安が悪化するときはものすごいですからね。
その辺は王家の権威が強いおかげで回避されたのかもしれないですけど。
で、やっと大丈夫らしいって思ったら、今まで敵対・蔑視していた世界と交流します、って。
混乱するなっちうほうが無理ですわね。
人生〜いろいろ〜価値観も〜いろいろ〜♪(歌)
まあ、この話に出てきた悪役さんたちみたいなタイプの人間は嫌ですけども(笑)
当然すんなり行くはずはないんだよなあ。
少しずつ、少しずつ受け入れていくのでしょう。