手探りで(5)





「美味そうだったのになあ……」
 ため息をついてこぼす仲間に、彼はいらいらして卓にどん! とこぶしをぶつけた。
「女と見れば手を出すなどと、貴様はそんなことだからセイファートの声も聞こえぬのだ! あのような容姿で王女殿下を抱き込み、侵略の足がかりを作ろうとしている重罪人だぞ。少しは自覚を持て!」
「わ、わかった、わかったから落ち着けよ」
 ほれ、と差し出された杯を奪うように手にとり、一気にあおる。それでも気持ちは完全にはおさまらなかった。
「明日には王城にセレスティア人の首を伴って使いを出す。一応鍵はかけてあるが、扉の前で寝ずの番をしていろ」
「へいへい」
 立ち上がった小男の投げやりな様子に彼の額には再び青筋が浮かんだが、なんとか呼吸を整えて室内を見渡した。
 奥には祭壇がしつらえてあり、昼も夜も蝋燭の火が衰えることはない。その光に照らされて、セイファートの像が神秘的な影とともに暗闇に浮かび上がっている。
 大男は深い満足を覚えて鼻の穴を膨らませた。明日になれば王城に掛け合える。そうすればあの忌まわしい蛮族とともに異世界の脅威は去り、光あふれる未来が広がるのだ。彼はうっとりとして見えるはずのないセイファートリングを見上げた。
 もうすぐだ。もうすぐ……――

 ドド――――――ン!!

 突然の振動とともにぱらぱらと土が降ってくる。
「なにごとだ!?」
 怒声を上げて立ち上がった彼のもとに、仲間の一人が扉を蹴破りそうなほどの勢いで飛び込んできた。
「た、大変だ! なんだかしらねぇけど、ヘンなガキ共が武器もって突入してきやがった! セレスティア人も見あたらねえ!」
「なんだと!?」
 彼は杯を床に叩きつけて叫んだ。






「そこか!?」
「みつけたぞガキ共!」
 一体どこにこれほどの人数が隠れていたものか。
「ああもう鬱陶しいなあ!」
 ファラはつかみかかってきた男を力任せに投げ飛ばした。ひゅう〜、とリッドが口笛を吹く。
「まだまだ現役だな」
「あったりまえ! 今も訓練は欠かさないんだから!」
 そう笑いながら背後の別の男に足をかけて転ばせる。自分の方に倒れてきたその男の身体を慌ててよけて、キールが声を裏返した。
「うわっ! ファラ、周りもちゃんと見ろよ!」
「ははっだいぶましになったじゃんか」
「うるさいっ」
 軽口を叩き、ときおり笑いあいながらも、三人の思考はただ一箇所に向かっていた。襲い掛かってくる男たちの首筋に手刀を叩き込み、みぞおちに突きをくれ、ひたすら奥へと突き進む。
 どこにいるのか。
 無事でいるのか。
 キールはぐるぐる回る思考と洞穴の薄暗さに息を荒らげて壁に手をついた。
「おい、大丈夫か?」
「キール?」
 心配そうに声をかけてくる二人を見上げて、うなずく。
「……大丈夫だ。行こう」
 一刻も早くメルディを見つけてやらなければならない。
 とにかく早くこの腕の中に、取り戻したい。







 肩の上にクィッキーを乗せて、メルディはひた走っていた。
 気づいたのが早かったおかげで、洞穴の構造はだいたい頭の中に入っている。最初は一本で、一度二股に分かれる。それからまた合流し、閉じ込められていた最奥の部屋に至る。警備が薄いだろうと踏んでいた道は思ったとおりで、ときおり現れる男たちは晶霊術でやりこめた。
 息があがってきたけれど、立ち止まるわけにはいかない。
 絶対に、負けない。

 どんっ、と誰かにぶつかった。倒れそうになるのをひきよせられ、抱きすくめられる。
 背中に回された腕を感じて、メルディは身体を強ばらせた。ここに連れてこられたときの髭面の小男の目つきを思い出す。
 い、いやっ!
 彼女は声にならない悲鳴をあげて身をよじった。けれど力は緩まない。
 やだっやだ!
 キール、助けてキール!
 涙がにじむ。あんな奴らに自分の弱い姿を見せるなんて、嫌なのに。
「メルディ」
 次の瞬間耳朶を震わせた低いささやきに、メルディははっと顔を上げた。
 気がつくと、キールの腕の中にいた。








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あとちょっと。
あ、私は別に宗教否定派ではないです。
価値観いっぱいで、基準もいっぱいだよねってこと、要するに。