求めること(6)









 途切れることなく愛撫は続く。



「ぁんっ!」
 刺激に正直に反応する身体。先ほどの笑いの余韻がまだ残っているのか、彼はくすくすと笑いながらなだらかな曲線に沿って唇を滑らせた。
「……それで? 腹が出てたらぼくがおまえを捨てるとでも思ったのか?」
「そ、こまでは……っ! おもって、ん、ない、けどっ……!」
 否定の言葉の合間に洩れ出る甘い喘ぎ。赤子のふくふくとした手に触れられることに慣れていた肌は、男の節高い指にまさぐられてたちまちのうちに薄紅に染まる。ちいさなつぼみを舌で探ると、耐えきれなかったのか高い悲鳴があがった。
 甘い香りが強くなる。
「あ……そうか」
「…………は、ぁ……なに……?」
 ふとあげた声に律儀に問いが返ってくる。潤んだ瞳ににこりと微笑み返して、キールはもう一度同じ場所を吸った。
「……っ!」
 反射的に逃げ出そうとする肢体を抱きしめて耳元に口を寄せる。いったいどんな反応をするものやらと思うとどうしても声に笑いが混じってしまう。
「ミルクの匂いなんだな、これ」
「っ!」
 ささやくと、メルディはびくりと硬直した。
 なんだろうと思っていたのだ。身ごもる前に彼女がまとっていた花のような香りとは違う、けれど甘ったるいにおい。
「なんでそんな声出すんだ?」
 シフィルのときは平気なくせに。
 言外にそう匂わせたのが伝わったらしい。振り下ろされたちいさなこぶしがごつ、と肩甲骨に当たったが、それは無視して顔を近づける。
「やっ……だっ……て、キールと、シフはちが……っ!」
「何がどう違うんだ?」
 意地の悪そうな笑い声とは裏腹に顔中に降り注ぐひどく優しい口づけ。理性はまだ確かにあるはずなのに、全身を支配する甘い痺れのせいで言葉など浮かばない。
 わかっているのだろうに、答えを待つようにじっと見つめてくる視線を感じる。
「なあ……ずっと、いっしょに、いてくれるか?」
 自然にするりと口から滑り出た言葉は関係ないもののようにも思えたけれど、いざ口に出してみるとそれこそが彼の問いに対する答えなのだと、根拠のない確信が彼女の中に芽生える。
 キールは軽く目を見張ったが、即座にうなずいた。
「当たり前だろう?」
「ずっと……すきで、いてくれる?」
「ああ。ただし」
 途端にあふれた涙を唇を押し当ててすすってからキールが一旦言葉を切る。不安げに見上げると、彼は笑ってメルディの前髪をかきあげた。
「おまえもずっとぼくのことを好きでいること」
「うん。……うん」





 瞼裏に揺れる蒼を抱きしめたまま、メルディは意識を手放した。

















 暗闇に慣れた目には寝顔に残る涙の痕を判別することなど容易かった。はれぼったいまぶたを指先でなぞるとじわりと新たなしずくがにじみ出てきて、キールは慌ててシーツの端を引っ張ってその湿り気を拭い取った。安らかな表情から、旅の直後連夜に渡り彼女を襲った悪夢が引き返してきているわけではないのだと知れたが、それでも油断はできない。
 もう大丈夫なのだと思っていた。誰が何と言おうとも、時が心の傷を癒すというのは動かしようのない事実だ。あの大惨劇から数年が経ち、今では自分たちはまったく違う生活の中に身を置いている。愛する相手と結ばれ、子をもうけ親となり。何があろうともゆらぐことはないのではないかと思うほどの安定感で育ての親を感嘆させたのはつい先日のことではなかっただろうか。
 それなのに。
 あのとき。自分のことが嫌いになったのかと震え声で尋ねてきたあのときの彼女は、少女のままだった。母親になったはずの女は、けれどいつ訪れるとも知れぬ孤独におびえる少女のままだった。
(くそ……)
 キールはぎりりとくちびるをかみ締めた。わずかに鉄サビの味がする。
 気づかずに追い詰めた自らの浅はかさが恨めしい。その傷はふさいだのだから、などと言い訳にもならない。心のままに華奢な身体にまわした腕の力を強めると、メルディが腕の中でもぞもぞと身じろぎした。
 薄く開かれたまぶたの間から紫水晶の瞳が見え隠れする。
「……………………ふや…………?」
 寝ぼけているのだろうか、焦点が合っていない。それでも目の前にいるのが彼だということは疑っていないようだ。
 幼子をあやすように背中をなでてやると、彼女はまるで警戒心を感じさせないふわふわした笑みを浮かべてキールの胸に頬をこすりつけた。
「…………きーる…………」
「……っ」
 彼は息さえも詰めてメルディをかき抱いた。耳を打った声の甘さが、含まれる全幅の信頼が、彼の中に熱いものを広げて今しがたの思考を押し流す。
 彼女が欲しがっているのは、自分。
 キールは切なさと嬉しさが入り混じって、なんともいえない表情になってしまった面をシーツにうずめた。
 そう、どんなにふがいなくても、彼女が求めているのはほかならぬ自分なのだ。それならば与えることができる。もっともっとと望まれても、与えつづけてもきっと終わりは来ない。
 彼女は求めることを学んだ。どうせ手に入らないのだからとあきらめてしまうのではなく、おびえ泣きながらも手を伸ばすことを選ぶようになった。




 求められたら応じるだけ。




 応じるだけ、だ。















--END.







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