手探りで(2)
「リッドぉ、早く早く!」
元気いっぱいに手を振る幼なじみに、彼はうんざりしながらも歩調を速めた。
海が見たいと言い出したファラにつきあって王城を出てきてそろそろ一時間ほどたつ。昨夜もキールの帰りを待って遅くまで起きていたメルディは、あまりにも気持ちよさそうに寝ていたので置いてきた。王城は出入りするのに昔ほど難儀することはなくなったが、それでも多くの警備の兵士たちが詰めている。王都もさすが王国のお膝元だけあって治安はいい。一人にしておいてもさほど心配はないだろう。それより目が離せないのはファラだ。
久しぶりにキールやメルディにも会いたいというのはリッドの本心でもあった。しかし、なによりファラを「野放しに」するわけにはいかない。何しろファラときたら、どう考えても火種などなさそうなところから器用に騒動を運んでくるのだ。その才能はまさに神業。自分が見張っていてもそうなのだから、ほうっておいたら何をするやらわからない。
はあー、と深いため息をついて顔を上げる。
「なあファラ、んなに急がなくても海は逃げねぇよ。夕方までに戻りゃいいんだからよ、ゆっくり行こうぜゆっくり」
「だぁって、早く見たいんだもん!」
腰に手を当ててファラは頬を膨らませた。いつまでたっても変わらないその態度につい口元が緩んでしまうのを、リッドは慌てて引き締めた。追いつく。
「わぁった、わぁったよ。とにかく行くぞ」
「うん!」
二人は青い空の下をまっすぐ港に向かって歩いていった。
「ん〜美味だな♪」
「クィック、クィック♪」
そろそろ日が傾きかけてきた頃、屋台の親父に勧められた焼き鳥をパクつきながら、メルディはクィッキーと顔を見合わせてにっこりした。インフェリアの料理は全体的に味が薄いが、彼女はもうずいぶん慣れていたし、これはもともと味付けが濃い目のものだ。甘辛くて、とてもおいしい。
「どうだい嬢ちゃん、うまいか?」
人の良さそうなおやじが嬉しそうに顔をほころばせて聞いてきた。うなずく。
「はいな! とてもおいしいよ。またあとでトモダチと食べにこよかな」
「おう、来い来い! ほかにもいろんなメニューがあるからな、きっと気に入るぞ」
メルディは食べ終わった串を彼に渡して手についたたれを舐めた。クィッキーの口の周りをごしごし拭いてやり、
「じゃあな!」
と手を振ってほかの店を見にまた通りの真ん中にへ戻る。
市場は朝もにぎわうが、これからもなかなか面白いものが出てき始める時間だ。自然心も弾む。
「ほかにおいしそなとこは……」
きょろきょろとあたりを見回していると、誰かと肩がぶつかった。弾き飛ばされて尻餅をつく。見上げると、頑強な男だった。メルディよりも優に頭三つ四つほど身長が高い。
この体格差では飛ばされても仕方がない。彼女はすばやく立ち上がってぴょこんと頭を下げた。
「ごめんなさい! ぼっとしてたよ」
あやまって、そのまますれ違おうとしたとき。
腕をつかまれた。
「おまえが、セレスティア人か」
「へ? なにいって……」
早口だったのだろうか、聞き取れなかった。
ぽやっと緊張感のないメルディの表情に男が顔をゆがめる。
「なるほど、これでは仕方がない。皆だまされるはずだ」
「……? 聞き取れないよ。もちょっとゆっくりしゃべってほしい……ふやっ!」
いきなり抱えあげられ、メルディは悲鳴をあげて手足をじたばた動かした。
「なにするかー! えっちー! ひとさらいー!」
「クキュルルルル!」
彼女が転んだ拍子に地面に降り立っていたクィッキーが牙をむいて男に飛びかかったが、腕の一振りであっさり振り払われる。
「ああっ! クィッキー!」
手をのばすメルディを一瞥して、男は彼女のみぞおちに一発こぶしを見舞った。くたり、と力を失う身体を担いで歩き始める。悠然と。
市場の真ん中で、人通りもまだまだ多い中で、けれど誰も何もできなかった。
男の瞳の中にあった底知れぬ暗い光に気圧されて。
見守ることしか、できなかった。
「ねえ、ちょっとあれ」
研究の合間に休憩がてら連れ立って王都の城壁のそばで空を眺めていたとき、ひそひそとあたりをはばかるように話し掛けてきた研究室仲間に、サンクは閉じていた目を見開いて彼女を見下ろした。指差す先に視線を送ると、遠くに人間の姿が見えた。
「……へえ、背が高い人だなあ。あんなにでかい人はじめて見た」
緊張感のない声で感想を述べてから、で? ともう一度顔を戻す。
隣にいた若い娘――アニスは、無造作に背中に流した金髪を珍しくいらだたしげに揺らして彼を睨みつけた。
「肩! 肩の上!」
言われて見やり、眉をひそめる。
「……メルディ?」
サンクはぼそりと自信なさげにつぶやいた。淡紫の髪はインフェリア人にはありえない色だし、着ている服もどうやら見覚えのあるラシュアン染めだ。
「やっぱりそうよね……なんなのかしらアイツ。知り合いならあんな運び方しないわよね? あんな、荷物みたいに……」
「ぼくが後を尾けるよ。アニスはキールに知らせてくれ」
そういって立ち上がるサンクの背中にアニスは声をかけた。
「クレーメルケイジは?」
「持ってるよ」
「気づかれないように、刺激しちゃだめだからね。どこに連れてかれるのかをつきとめるのよ。場所がわかったらここに戻ってきといて」
「了解」
片手をあげてうなずきを交わし、二人は反対方向へ駆け出した。
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サンクとアニス再登場です。ちょうどよかったんで。見せ場はないけど。
だってリッドとファラだったらその場ですぐ助け出して話終わっちゃうから。
ちなみにこのふたり、恋人同士ではありませぬ。仲はいいけどあくまで友情ね。友情。
メルディはラシュアン染めのワンピース気に入ってるようです(勝手に決定)
ファラから着られなくなったお古を何枚かもらって普段着として使用。とか?(いいんか)
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