修学旅行(3)





 三日目、自由行動。ただし京都市内に限り。
 京都って、やっぱりはばたき市とは違うね。見た目の美しさだけじゃなく、無駄をはぶくことも考えて建設された新興都市と、計画的に区画されたとはいえ千年以上も主要都市として機能していた土地の違いだろうか。もちろん両方にいい面はあって、どっちのほうがいいとは一概に言えないんだけど。
 わたしは志穂にたしなめられるのも気にしないで、まるでおのぼりさんよろしく辺りをきょろきょろ見まわしていた。
 いいの、おのぼりさんなのは本当のことだし。だいたい秋の平日、真っ昼間に集団でうろうろしている制服の高校生なんていったら修学旅行生以外のなにものでもないじゃない。
 さすが観光地、住んでいる人も慣れてるのかわたしたちのことじろじろ眺めたりはしない。かといって無関心でもないみたいで。通りを行く着物姿の上品なおばさんは、目が合うとにっこり笑ってくれた。
 きっと微笑ましいなって思ってるんだろう。そうだな、わたしたちが市内自由遠足をしている小学生を眺めるみたいな目。……すこし次元が違うかもしれないけど、たぶん根っこにあるものは同じ。
「あんまりきょろきょろしてはぐれたらダメだよ〜。特に深悠!」
 店先に並べられていた七宝焼きのブローチに目を奪われていたわたしは、はっとして顔を上げた。数メートル行った先で瑞希ちゃまが腰に手を当ててこっちを見てる。よっぽどぼうっとしていたのかな、珠ちゃんがなんだか心細そうな表情でわたしの背負ってるリュックの紐をつかんでた。まるで手を離したら、わたしがそのままひらひらどこかに飛んでいくんじゃないかって思ってるみたいに。
 ちなみに、まだ最初の目的地にすらついていない。
 わたし、ぼんやりしすぎなのかもしれない。わざわざ指摘されるまでもなく。
 ……うう、気をつけよう。昨日の団体行動だって、珪くんが時機を見計らってうながしてくれなかったら、襖の絵にみとれていつまでも突っ立ったままでいたに違いないもの。
 珪くん、どうしてるかな。実質まとめ役の姫条くんは面倒見がいいし、守村くんもいるからあんまり心配はしてないんだけど。大人数でわいわいやるのはきっと慣れてない。いつも一人だったから。
 今ごろものすごく独特な思考回路の色サマにいきなりモデルになれとか言われてぶすっとしてるかもしれないな。それで、守村くんになだめられるの。まあまあって。
 そんな光景が簡単に想像できてしまって、わたしは一人でちいさく笑った。わたしの腕をひっぱるようにして歩いていた奈津実が「なに?」って聞いてきたけど。
「なんでもないよ」
 って答えておいた。






 深悠はどうしてるだろう。
 秋らしく蒼く高く晴れ渡った空をあおぎながら、俺はふと考える。
 いや、『ふと』なんかじゃない。さっきからずっと、同じことばかり考えてる、俺。
 姫条と鈴鹿が何かを話しながら少し先を行ってる。守村は隣を歩きながらあそこの桜が、とかあそこの楓が、とか、やっぱりやけに嬉しそうに俺に話しかけてくる。別に嫌いな話題じゃないから、俺も適当に相槌を打つ。後ろのほうからはつかず離れず三原の気配がして――なんだって一人大声でわめきながら歩いてるのか。かなり不気味だけど振り向くと終わりのような気がするから無視。いわゆる創作活動の真っ最中なんだろう。他のメンバーを放ってアトリエとやらに帰ってしまわないだけ誉めてやるべき…………なの、か?
「ああ、あの楓の枝振りはみごとですね……紅葉のシーズンじゃないのが惜しいなあ」
 一割くらいが紅く染まりはじめている楓の木を見て、守村がうっとりした声を出した。はばたき市にも、紅葉が見事な場所はいくらでもある。新興都市とはいえもとからそこに生きていた木々は確実に年月を刻んでいるから、美しさも同じようなレベルのはずだけど。
 でもやっぱり、鑑賞用に植えられて長い間美意識に厳しい連中の視線に磨きぬかれてきたからだろうか。威厳すら感じさせるたたずまいで、完成された構図がそこにある。
「ピークまでもう少し……ってところだな」
「ええ、残念です。これはこれでとっても綺麗だけど」
 確かに。俺は出発前に想像していたよりはずっと穏やかな気持ちでうなずいた。ここに深悠がいたらくるくる踊るみたいにして喜ぶんだろうな。で、地面にはいつくばるんだ。何してるってたずねたら、綺麗な葉っぱを探してるの、って返ってくる。きっと。
 何枚も集めてちょっと得意げな顔して、「これが一番きれいなやつだよ」って言いながら勝手に俺のセーターに落ち葉を差すんだ。あんまり嬉しそうに笑うから、差された葉っぱずっと抜けなくて。水分がぬけて葉がしおれるまでそのセーター、ハンガーにかかってた。
「もうちょい行くと寺見えてくんでー」
 姫条が振りかえって手を振った。ふっと現実に引き戻される。のんびり歩いていたせいか、俺たちは二人とかなり距離があいてしまっていた。さらに背後にいる三原が気になるが、できることなら関わりたくないからやっぱりパス。勝手についてくるだろ。
 足早に木々の間を抜けていくと、ぱっと視界が開けて金色に光る寺が見えた。
 ……派手、だな。
 理由はわからないけど、ため息が出た。






 一口に京都といってもやっぱり広くて、バスとかタクシーとか、交通機関を駆使して名所をまわるんだけど。
 新幹線と違ってそっちの交通費は手持ちのお金から出すことになっていたから、わたしたちは極力歩きで移動していた。
 奈津実と珠ちゃんは、まだ元気。普段から鍛えてるしね。でも、運動が苦手な志穂や歩くのに慣れてない瑞希ちゃまはもう相当つらそうだ。最初はあの二人がみんなを先導していくかたちだったのに、いつのまにか逆転してしまってるもの。足にまめとかできてなければいいけど。
 かく言うわたしも、疲れたってほどじゃないけどそろそろお腹がすいてきた。京都って、和菓子がおいしそうなイメージあるんだよね。歩いてるとちょこちょこちいさな和菓子司や甘味処をみかける。有名な生八橋とかもいいけど、隠れた銘菓っていうのはないのかなあ。ガイドブックにも載ってないような、ちいさいけれど素敵なお店を発見できたらいい思い出になるのに。
 そんなこと考えてたら、通りの角に甘味処をみつけた。もちろんみんな、今は次の目的地に着くことしか頭にないみたいで。もくもくと歩いてるんだけど。
 せっかく女の子だけで行動してるんだもん、こういうとこにも入っておきたいなあ――……
 ――きゅるるる……
 あ。
「あ」
 奈津実が口をあけて振りかえる。奈津実ってば、女の子がそんな大口開けちゃだめだよ。中まで見えちゃってるよ。あんまりおっきく開けてたら蚊が入るかもよ。
 そんなこと言ったら、奈津実はあきれた顔してすごい勢いでこっちに走ってきた。珠ちゃんも慌てて戻ってくる。
「ああああ、アンタはあぁ〜! そんな大きな腹の音させて恥ずかしくないわけ!?」
 やだな、そんなはずないじゃない。わたしたち、距離にして五メートルくらいは離れてたんだよ? それなのにはっきり聞こえるくらいってことは……かなり、なはず。
「珪くんいなくてよかったなあ」
 今日初めてそう思ってそのとおりにつぶやくと、志穂が追いついてきて眼鏡の端をくいっともちあげた。
「……一応恥ずかしいと思ってはいるのかしら?」
 あれれ、志穂にも聞こえてたんだ。人通りの少ない場所でほんとによかった。ついでに珪くんがいなくてよかった。うん、べつにね。珪くんはわたしのお腹が鳴ってもちょっと笑って「……なんか食うか?」の一言ですませてくれるけど。実際そうだったんだけど。やっぱり……ちょっとね。
「青蓮院はすぐそこだから……拝観したあとで入りましょうか」
「え、いいの!?」
 自分でぱっと顔が輝いたのがわかる。やっとおいついてきた瑞希ちゃまが看板を見て首をかしげた。
「ミズキ、こういうところは初めてよ。クリームあんみつ……で、よかったかしら?」
「基本だよね!」
 奈津実が笑う。
 結局そこでは、全員でクリームあんみつを頼んだ。食べてる最中思ったことだけど、違うメニューにしてみんなでつついてもよかったんだよね。
 おいしかったよ、クリームあんみつ。
 お店の中も雰囲気があったけど、青蓮院の中で庭を眺めながら食べられたらもっとよかったな、なんて。
 人は少ないし、さわさわ葉ずれの音がしてすごく気持ち良かった。
 珪くんがいたら絶対に寝たいっていうに違いない場所。
 ……ああ、気づいたらわたし、珪くんのことばっかり考えてる。
 あせらなくてもいいの。明日は同じ班で回れるし、明後日は二人だけで行こうって約束した。

 わたし今すごく楽しいよ。
 珪くんはどうですか?
 笑ってるといいな。思いっきりは無理でも、少しでも。








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ばかっぷる。
が、表現したかっただけです(笑)
一人称…さくさく進むなあ。視点入れ替えようがないのが原因でしょうか。さくさく行く〜。
つかそういやお嬢テニス部…運動部。忘れてた!(阿呆)